目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第12話 緊急発進

 暖気は必要ない。

 ライブ視聴を始める前の段階で、メインエンジンに火は入れていた。

 すぐにでも駆けつけようという魂胆なのに、出撃準備で無駄に手間取るわけにはいかない。ヒューガの心配性が役に立った。

「隔壁はまだ動かせないわよー。まあどうしてもとなったらヘルブレイズそのコなら蹴破って出られるけどー」

「そこまで焦っちゃいない……でもルティおまえがピンと来るってことは、司令部の分析班も勘付いてるよな? 観測データは全部あっちに行ってるんだろ?」

「ピンと来るってゆーかー……所詮数字一個で断言はできるもんじゃないわよー? 不確定要素入りやすい数値ではあるしー」

「だけど、お前はそう思ったんだろ?」

「本気で身構えてもバチは当たらないって程度にはねー」

 空間魔力は、放散する個体が大きいほどに遠距離まで影響が出る。

 たとえば初心者ハンターが狩るような小型のモンスターでは、至近距離まで寄らなければほとんど針は振れない。

 だが、数十メートルの災害級ディザスターとなると、1キロも離れた場所でも数値に表れ始める。超越級オーバードとなればその数十倍の影響範囲を誇ることもザラだ。

 とはいえ、空気より流動しにくい性質も持ち、また何らかの形の「魔法」の発動によっても増減するために、ただ数字を眺めただけで何がいる、何が起こっている……とは言いづらいのも事実ではあった。

 それでも、危険な兆候には違いない。

 幼馴染をみすみす尊い犠牲すていしにするわけにはいかない。

「お望み通りの臨戦待機だぜ、お偉方。文句は言わねえよな」

 システムの最終チェックを続けながらヒューガは学生服のネクタイを緩める。

 リューガが、首周り、背中回りにまず影響が出る。ネクタイがきついと困るのだ。

「さーて、それじゃー張り切ってるヒューちゃんのために、私もとっておき用意しちゃうかなー♥」

「え、何、なんかあるのルティ。機体いじれないだろ、今」

 ハッチから顔を出して彼女の行動を確認するヒューガ。

 ルティは無意味に腕まくりをしながら低機能ゴーレムの背によじ登り、乗り物代わりにして資材庫の奥に向かう。

「要請は臨戦待機。つまり、いつでも出られるようにしておくだけー。なら多少派手なことしても違反ではないからねー☆」

「お前が派手って言うと、すっげえ嫌な予感するな……」

 ヘルブレイズの存在だけでも、かつてないほど派手なのだ。そんな彼女の言う「派手」とは一体どういうレベルなのか。

「気に入らなきゃ使わなければいいだけよー♥ 実際に操縦桿握るのはヒューちゃんなんだしー☆」

「……つまり使わざるを得ないことになるんだろ」

 ルティが本気で無駄なことのために動くとは思わない。

 だからこそ、頼るような状況にいずれ追い込まれる。そういう鋭い読みをする女だ。


 ヒューガたちのそんなやり取りをよそに、スマホの画面の中ではジュリエットたちのハンター初体験配信が続いている。

「え、これそのまんまで給料出るの? なんかしないといけなくない? 首持ってくとか」

「ジュリちゃん……さすがに生首持ってこうっていうのはちょっと……」

「それと給料ではありません。報酬です」

「と、とにかく! どうやってお金にすんのこれ!?」

「それはハンターの動画でよくやってるでしょ。ハンタースマホで計測値取って送信すれば、当局で不正とかないか確認してから支払いが出るんだよ」

「私が見てた配信者ヒト、そういうグロそうなとこ飛ばすタイプだったから……」

「はぁ。まあ大丈夫だよ。今回は僕が撮ってるから、こいつは僕らの功績ってことで確定。あとはパーティで山分け」

「今回ジュリひとりでやっちゃったのに、私らまで山分けもらっていいのぉ?」

「ルールはルール。手柄で取り分変えたら、サポート誰もやらなくなるよ。雑魚相手ならともかく、大物相手になったらみんな突っ込んでばかりじゃ勝てない」

「でもなんか悪いよねぇ」

「私だって、びっくりして蹴っちゃっただけだから何もしてないようなもんだよ? トドメはラダンだし」

「いやそれはない」

「それより、進むか戻るか決めましょう。一応は戦果を挙げましたから」

 足取りは軽率なわりに、血気に逸って無茶をする気配はない。

 その冷静さが頼もしくはあるが、戻らせるにしても伝える手段が難しい。

 ルティの言ったことをそのまま伝えようか。

 いや、ルティがどんな見識を持った人物なのか……というより、ヒューガの家庭環境自体、彼らの誰にも説明したことはない。

 それを通話でグダグダと説明するのは骨が折れるし、機密に触れて大問題になる可能性もある。

 ではルティのことは抜きにして「とにかく戻れ」と伝えるか?

 それだと説得力が低い。ジュリエットもヒューガの無理解を嫌って、かえって頑なになるかもしれない。

 ではルティのことを伏せ、災害級ディザスター超越級オーバードの情報にも触れないままで、どうやって彼らに強制力のある言葉を与えられる?

 いっそ配信へのいちコメントとして「この数字の上がり方はまずい、大物がいるぞ」とでも書くか?

 ……読まれる気がしない。

 というか、クライスは今現在もどんどん入っているコメントを、ロクに読んでいる気配がない。

 クライスにはそもそも配信者として経験がないのだ。この配信をそそのかしたのもヒューガの思い付きであり、クライス自身はそこまでファン稼ぎを気負っているわけでもない。視聴者の反応への意識は薄いのだった。

 ではどうする。

(地道に「帰ったほうがいい」ってコメ書きまくるしかないんではないかのう)

(だからアイツら読んでないって)

(読むかもしれんじゃろ。なんもせんより多少マシじゃ)

(短気担当のリューガおまえにしちゃ悠長だな……)

(癇癪起こしてどうなる状況でもない。むしろヒューガおまえが焦り過ぎじゃぞ)

(そうは言うけど! この間の災害級ディザスターの被害者だって……見ただろ!?)

 超巨大芋虫の粘着弾で潰されたパーティのリーダーの遺体は、鋼像機ヴァンガード隊によって回収された。

 叩きつけられた数トンの粘着弾に押し潰された彼は、人間としてふさわしい形をしていなかった。

 巨大な怪物と殺し合うというのは、そういうことなのだ。

 あんな風には死にたくないと思ったし、ジュリエットにもそうなって欲しくない。

(どうしてリューガおまえは焦らないんだよ! リューガおまえにとってもジュリは幼馴染だろ!?)

(構え方が違うだけじゃ)

 心に聞こえるリューガの声は、奇妙に落ち着いている。

 いや。

 研ぎ澄まされている。


(我にできることは、戦うことぞ。誰よりも激しく。誰よりも速く)

(…………)


 リューガは、画面に向かって駄々をこねるようなヒューガの方法に、何も期待していない。

 最初から、自分がやれることは一つ。パイロットとして尽力することだけだ、と割り切っている。

 そのうえで、小賢しく策を弄するヒューガの右往左往を、呆れながら眺めているに過ぎないのだ。

(くそっ)

 幼稚で無様な自分を恥じたくなる。

 だが、それもまた自分の役目、と思い直す。

 ヒューガと、リューガ。二つの心に、同じ動きは必要ない。

 違うことを考えられるからこそ、のだ。


(そら、始まるぞ。小細工はそこまでじゃ)


 リューガの言葉通り、画面の空間魔力値が無視できないほどの高まりを見せ、視界が薄い白を通り越して薄暗くなる。

 ルティの読みは当たった。

 そして。


『こちらノーザンファイヴ司令部。兵器研究所へ要請。ヘルブレイズ、緊急発進スクランブルされたし』

「隔壁開けろ! いつでも出られる!」

『目標地点L44-D166。識別、タイプアメーバ。所属鋼像機隊ダイアウルフでは到着に22分かかるが、貴機なら4分あれば交戦できるはずだ』

「……ん?」

 ゴゴゴゴ……と何も聞こえなくなるほどの轟音を立てながら開いていく隔壁を前にして、ヒューガはもう一度、スマホ画面を見る。

(……場所、全然違わんかこれ)

(10キロ以上離れてるな……)

 一拍置いて、司令部に問い返す。

「ノーザンファイヴ! 座標は合っているか!? L41-D150周辺じゃないのか!?」

『座標は間違いない。……照会した。そちらの示した座標周辺にも危険度の高い反応は確かにあるが、映像による確定情報がある方が優先だ』

「なっ……!」


 つまり……この発進要請は、ジュリエットたちを守るためでは、ないらしい。

 発進ルートは開ききり、ヒューガは頭が真っ白になった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?