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第11話 ジュリエットの初陣

 ルティは何やら芝居がかった決めポーズを取って、言い放つ。

「エンジニア界隈にはこういう格言があるのー。『どんなに可能性が低くとも、起きうる事象はまず起きると思え』ってねー☆」

 幼児体型だが、顔だけ見れば超美少女なので妙にサマになる。

 それがまた腹立たしいが、つまるところヒューガの願望交じりの気休めを茶化しているのだった。

「縁起でもないこと言うなよ」

 嫌な顔をしつつ、研究室いえでスマホを眺めるヒューガ。

 学校が終わったらさっさと直帰して、いつでも出撃できるように備えている。

 そしてスマホに映しているのはクライスからのライブ配信。

 学生新米ハンターの放課後ハンティングなんて、大抵小物相手にドタバタして終わりだ。誰も見たがるものではない……と思っていたが、どうやらそういう配信こそ愛好する層もいるらしく、視聴者は3桁ほど集まっていた。

 動画サムネイルに「ジュリエットのキメ顔」をつけたクライスの戦略勝ちの側面もあるかもしれない。見た目は抜群に可愛いというのはヒューガも異論はなかった。

 まあ、ジュリエットたちが配信者として人気を得るのはヒューガにとっては二の次の話で、本題としては、彼らの配信から災害級ディザスターの出現兆候を見逃さないために配信をそそのかしたのだ。

 カチ合うとしても、軍からの二次的な通達を待って出撃準備に入るのと、ライブ配信から嗅ぎ取って動くのでは、軽く見積もっても行動に数分の違いが出る。

 その数分は、生死を分かつには充分な数分間だ。

「並行モニタリングオプション、ちゃんと入れてるな……よしよし」

「へー、ちゃんとその機能使ってるんだー? 初めてでチェック入れる子滅多にいないのに」

 ソファの背後からヒューガの肩に覆いかぶさるようにしてスマホを覗き込むルティ。

 一見して恋人か夫婦のような動作に見えるが、たぶんこの女はヒューガが幼児の頃から認識が変わっていないだけだ。長命種族エルフだし。

「俺が教えた。臨場感出るからって言って」

「普通、査定計測の時以外切っちゃうもんねー。昔は魔力観測素子がヘボで、起動しとくと熱くなっちゃったしー」

「その時のtipsがまだネットで幅利かせてんの困るよな……」

 公式説明書ヘルプよりも、素人の作った「ハンタースマホ使いこなし五か条!」みたいなページの方が断然閲覧率が高い。

 数年前に修正された不具合も、現役のハンターはおろか新米でさえ、まだ存在すると信じていたりする。

 当局側も不具合発生当時の大不評を気にして、きちんと修正された今も機能オフ状態で貸し出される始末だった。

「さて、お手並み拝見……と」

 ヒューガはいよいよ街を出るジュリエットたちのパーティを画面越しに眺める。



 幾人かのメンバーは、アウトドア用の動きやすい服の上からプロテクターとザックを装備する、基本通りの服装をしていたが、ラダンとジュリエットだけは少し様子が違う。

 ラダンは隆々たる筋肉を見せつけるように半裸であり、錆び付いた古めかしい巨大金棒を担いでいる。近代的な魔力装備ではなく、純粋な物理武器で戦うつもりのようだ。

 そしてジュリエットは高校の制服に直接タクティカルハーネスをつけ、弾倉やらマグライトやら、簡易回復パッチやらを収めている。手にはもちろん属性銃エレメントライフル

「え、もう撮ってるの? 早くない?」

「君の兄貴分のオススメ。この方が安全なんだってさ」

「へー。なんだかわかんないけど……あ、じゃあ見てるかな。ヒュー兄、おーい♥」

 クライスのスマホに両手を振ってアピールするジュリエット。

 いい笑顔だが、これから曲がりなりにも生き物を殺しに行くという自覚があるんだろうか、と心配になる。

【かわいい】

【ヒューニーって何】

【兄貴分って言ってたでしょ】

【いい笑顔だゾクゾクする】

【こんな笑顔が1時間後に…】

【おいやめろ】

 早速コメントがワッと入る。

 暇な奴らが多い。元はと言えばクライスをそそのかして見世物にさせたのは自分だが、なんとなく不愉快なヒューガ。

(だいたい何で制服なんだ? あんな恰好でいつもの調子で飛び跳ねたら)

(パンツ見えるかもしれんな)

(ちょっ……リューガお前)

(おおかたクライスの奴もそういう魂胆じゃろ。隙をチラつかせれば視聴者寄せになる。大人しそうな顔して、妙なところで計算高いからの)

(怒られろ、あいつ)

 といいつつもジュリエットの下半身が気になって仕方がないヒューガ。

 視聴者からの反応は今のところ、ジュリエットの服装には集まっていない。それより、一人だけ古代戦士のようなラダンの方を面白がる反応が目立つ。

 いやいや。

 そんなところを気にするために配信させたのではない。魔力濃度のモニタリング数値を見るためだ。


「結構進みが早いな……」

 ヒューガの呟きをよそに、パーティはずかずかと障域に入り込んでいく。

 ハンターパーティの進行速度は、普通はもっとゆっくりしたものだ。

 ただでさえ障域は視界が悪い。そんな中で小型中型のモンスターが急に飛び出してくるかもしれない、という懸念が、動きを慎重にさせるのだ。

 ハンティングとは、モンスターとの不意打ちの仕掛け合い。

 相手が気付く前に仕掛ければ、勝負はそこであらかた決まる。それは逆に、モンスターから見てもそういうものだ。

「やられない」ことが、まずハンターの最低条件である。ならば当然、無防備に踏み込み過ぎるのは愚行だ。

 初心者ならではの軽率さが早くも表出している。

 と。

 先頭を行くジュリエットの横合いから、矢のように何かが飛び出してきて……ゴッ、と派手な音を立てて、宙に跳ね返った。

「!?」

 いきなりだったのでよく見えなかった。

 スマホを構えるクライスも一瞬慌てて画角が乱れ、余計に状況がわからない。

【なんだなんだ】

【今ポニテ子ちゃんが襲われてなかった?】

【はじまった】

【やばい】

 騒然となるコメント欄。

 クライスがスマホを構え直し、視線の邪魔になっていたラダンがそこからどくと、何かが起きたはずのジュリエットは平然と突っ立っていて、10メートルほど先では大きめのイノシシに似たモンスターが伸びている。

「リーダー! 無事ですか!」

「あ、うん。急に出てきたから蹴飛ばしちゃったけど……コレどうしよう。クライスくん、トドメに撃つ?」

「……いや、一応タマも有限だしそこそこお金かかるから、使わずに済むなら……ラダンくんやってくれる?」

「私が普通にもう一回蹴ってもいいよ?」

「ジュリちゃんだと絵ヅラ悪いから。ラダンくんのほうが若干マシだから」


【蹴って倒した? あれ100キロぐらいありそうだったよね?】

【うちのブタよりでかく見えるから、多分もっとある】

【いやその突撃食らって平然としてるのおかしいだろ大型トラックかよ】

【てか飛距離やばい】

【逸材すぎねえ?】


 ラダンの金棒がモンスターの頭部を叩き潰し、初討伐は予感も余韻もなくあっさりと達成された。

「…………」

(ジュリならそんなもんじゃろ)

(いや、わかってるけどさあ。フィジカル的にはそうなるだろうけどさあ。あいつ一応生き物殺すってのに、ケロッとし過ぎじゃねえか?)

(我らが思っとるほど浮ついた気持ちではいなかった、ってだけじゃ)

(それにしても……)

(ええい、面倒な。いつまで幼稚園児のイメージで見とるんじゃ)

 リューガと脳内で肘打ちの応酬をしていると、ずっと肩越しにライブ配信を覗き込んでいたルティが「んー?」と唸ったので、慌ててその横顔を見る。

「空間魔力、じわじわ上がってるー……」

「!」

「移動はしてないよねー? ……こりゃ、ひょっとするかもー」

 ヒューガは黙って立ち上がり、搭乗用ゴンドラに飛び乗って、起動スイッチを入れた。

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