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第10話 学生ハンター

「いや、今!? 今デビューすんの!?」

「今っていうか今日明日にもって感じかな。どうしてもパーティのみんなの都合が合わないとかなければ、今日の放課後にでも実戦に出ようかって話で。もう当局に申請してハンタースマホも借りたよ、ほら」

「いや別に見せなくていい。しまっとけ」

「まあヒューガの家は軍関係だもんね。見慣れてるか」

「若いハンターは戦闘以外で傷つけて返す奴が多いって調達係のスミスさんがボヤいてた……いやそうじゃなくて」

 ヒューガは頭を掻きむしる。

 何でよりによって、と言いたいが。


 ヒューガの握っている情報は、あまり一般にリークしていいものではない。

 まず、超越級オーバードが数日前に出現したという情報も、まだ一般には公開されていない。

 その死体は生き残った鋼像機ヴァンガードや専用の低機能ゴーレムによって速やかに解体・焼却処理され、いくらかの器官は研究用に収容されたものの、今やそのほとんどは痕跡も残っていない。

 本来ならば歴史的大勝利であり、都市を挙げての祝勝パレードをやってもよさそうなものだが……未だ軍としては承認していない秘密兵器であるヘルブレイズに頼っての勝利であることと、「n147障域」が未だ解消されていないのが問題だった。

 そんな大物を倒しても、まだ障域が広く残っている。

 つまり、また何か

 浮かれている場合ではない。そして、ハンターという「目」が動いてくれなくなるのは困る。

 せいぜい生身のハンターで相手取れるような小型のモンスターが、想像以上に多く生息している……というだけなら、それをハンターたちが狩ってくれるのは良し。

 個々の戦力は低くても、数百パーティがそれぞれに積極的に動けば、鋼像機や陸戦兵が戦うよりも効率よく、安上がりに済む。

 そしてもちろん災害級ディザスターがいた場合には、その遭遇記録が鋼像機を出動させる法的根拠になる。

 そういった戦略があるからこそ、ハンターたちの活動に待ったをかけるような情報は厳に戒められている。

 今、ヒューガが災害級の可能性について言及すれば、それは重大な機密漏洩として軍に睨まれる危険があった。


「……もう少し特訓した方がよくないか? ほら、ジュリ以外の奴ら、そんなに熱心にやってなかっただろ?」

 ヒューガは頑張って理由を探す。

 クライスはそれを聞いて、少し難しい顔をする。

「うーん。まあ確かにあんまり……でもフィールドに出ないでできる練習って少なくない?」

「結構あるはずだけどな。属性銃じゅうの整備とか、ドローン使った模擬戦とか……」

「銃なんて市内で撃つの基本禁止じゃない。撃ったこともないのに整備とか、まるでやる気にならないよ」

「逆に整備法知らずに銃撃つって、有り得ないことなんだけどな。軍隊プロ的には」

「そういうの、僕たちあんまり関係ないからねぇ」

 素人は怖いなぁ、とは思うものの、あまりしたり顔で色々言うのも気が進まない。

 ハンター稼業とはあくまで距離は取っていたい。詳しいようなそぶりをして、変に頼られたり引き込まれたりするのは困るのだ。体質的にも、パイロットという立場的にも。

「てか、属性銃エレメントライフル用意できてんのか。そこそこ値が張るはずだけど」

「みんなには貸しってことでね。パーティで僕自身の分含めて4丁ある」

「……お前が全部買ったのかよ」

「ケチって誰かが電槍ショックスピアとかで出ることになったら、かえってこっちの身も危ないじゃない。みんな攻撃力あるに越したことないよ」

 1丁ぶんだけでも、下手な職種ならひと月分の稼ぎに近い値段がするはずだが、さすがと坊ちゃんとしか言えない金遣いだ。

「そんな金ポンと出せる学生とか……お前なんで一般庶民に混じってんだろうな……」

「ただの成金の親のスネかじりだよ。それでもって、仮にも命がかかってるんだ。ケチなことして酷い目に遭いたくはないってだけだよ」

「いやまあ……そこまで考えるならなおさら道具の手入れくらい練習したら? って思うわけだけど」

「意識高いなあ、ヒューガ。本当に意地張ってないでハンターになればいいのに」

「ヤだよ。俺は小金と自分の人生を交換する気はない」

 ヒューガはそう言って流れを打ち切る。

 クライスはどうもパーティの財布係ではあるようだが、抑え役ではなさそうだ。

 クライス自身は学校での様子を見てもあまり体力面で見るべきところはないし、自分が活躍してみせようという欲はあまり感じられない。真っ先に無茶をすることはないだろう。

 ならば、期待する役割を変えよう。

「それより、ハンタースマホの説明ちゃんと読んどけよ。なんとなくでも使えるけど、ただ撮って計ってだけじゃないから」

「一応、一緒に貰ったペラ紙は読んだけど……」

「それマジで最低限のことしか書いてないからな。例えば……」

 ヒューガは最大限、クライスからの「通報」が遅れないように、機器の扱いを教える。

 これくらいなら機密漏洩には当たらないだろう。

 実際、スマホをただの討伐査定機器としてしか使っていないハンターは上級者にも多い。それで充分に意義があるからだが、日進月歩で機能は拡充されているのだ。



 昼休み。ヒューガは学食にいた。

 学食は魔力生成ペーストなら無料だ。

 栄養的には完璧だが、味は決していいとは言えない。

 本国では配給で受け取れるこれだけを毎日食べていたという者もちらほらいて、ルティのみならず、まるで仇のように嫌う者は多い。

 しかしヒューガは割と楽しんで食べている。

 プラの長方形パックに入っている、単なる黄色いペーストだが、それだけで済むというのは実に未来じゃないか。

 ……と、とても雑な養母に雑な食生活で育てられた彼は思うのだ。

 食生活由来の病気は怖い。それはエルフのような亜人種だとしても変わらないし、ヒューガにとっても同じだ。

 味も年々良くはなっている。少しずつだが。

 昔はもっと風味が土みたいだったし、謎の後味がいつまでも残る感覚があった。

 今は下味のないマッシュポテト……よりはちょっと謎に苦いかな、という程度で、ある種のダイエット食と思えばどうということもない。

「ソレ、そんなに幸せそうに食べてる人、未だにヒュー兄以外見たことない……」

「……よう、ジュリ」

 そんなヒューガのいるテーブルに、ジュリエットは断りもなくトレーを置いた。二人掛けのテーブルなのに。

 そういう距離感の娘なのだった。

 運んでいたのは大盛り唐揚げ定食。ちょっとだけヒューガも匂いに誘われかける。

 いやいや。

 後輩、しかも女の子にタカるのは外道の行いだ。

 ならば唐揚げ単品だけでも注文……いやいや、せっかく無料で完璧な食事を済ませたのだから、それで満足しなくては。それが体に優しく財布にも優しい選択なのだ。

「男の子なんだから我慢しないで食べたらいいのに……」

「いや、俺は割と好きでペースト食べてるんだから気遣い無用だ」

「アゴ弱っちゃうよ?」

煉瓦クッキーブリックも好物だから……」

「……味にこだわりなさすぎない?」

「心外な」

(いや我もそう思うぞ)

 ジュリエットの言葉にリューガまでが援護射撃を始める。

「毎回毎回変に美味いもの食おうとすると駄目なおとなになるんだ。俺は実例を知ってる。これでいい時はこれで済ますのが俺のポリシーだ」

「そりゃあ、たまにいるけどね、モンスターみたいな体型の大人……」

 別にルティはモンスター体型ではないのだが、というかエルフは変に太る前に何らかの形で体が受け付けなくなるので、太ろうとしてもほとんど太れないらしいのだが、それはとりあえず置いておく。

「ヒュー兄は細い方じゃん。そんなんじゃハンターできないよ」

「お前、誰でもハンターにしようとするなよ」

「絶対ヒュー兄はハンターやるべきだと思う。素質あるもん。オーラあるもん」

「言ってることがひとつ前と逆じゃん?」

「素質があっても筋肉ないとダメだよ。ほら、あーん」

「あー……いやいやいや、何させようとしてる」

「10コもあるから1個ぐらい食べてもいいよ」

「うぬぬ……」

 食べ盛りの食欲とポリシーの合間で苦悩するヒューガ。

 ……そんなどう見ても親密なやり取りを、横から邪魔してくる生徒がいた。


「おいおいおいおい、なーーにイチャついてんだァ、食堂のド真ん中でよォ?」


 ヒューガは横目で顔を確認する。

 一学年上の、既にハンターデビューを果たした男子学生の一人だ。

 動画などを見てハンターになろうと気が逸る生徒は多いが、実際にデビューする者はさほど多くない。命のやり取りの現場であるうえ、大人も真剣にやる仕事だ。

 小遣いで買える安物の武器を握った学生では、査定される最低額のモンスターさえ手に負えず、気合い負けすることが多い。

 そんな現実の中、学生の身で曲がりなりにも戦果を挙げた者は、ちょっとした尊敬を得ることができる。

「高校生ハンター」。その称号は、同じ高校生の間では一段上の身分と言え、それゆえにやけに威張り始める困った者も多いのだった。

「……誰? ヒュー兄の知り合い?」

 そしてジュリエットはそんな先輩に興味がない。

 良くも悪くも、身内しか見ていない陽の者なのだ。

「ンだァ? 俺を知らないってかァ? この学校でハンターやろうってのによォ!?」

「全然」

 いかにもチンピラなウザ絡みをしてくるコワモテの先輩にも、全く動じないジュリエット。

 非常に面倒な奴に、面倒なタイミングで絡まれたなあ、とヒューガは溜め息をつく。もう少し目立たないタイミングなら、多少荒っぽくやり合ってもカドが立ちにくいのだが。

 しかし妹分ジュリエットにこんな奴の相手を押し付けるわけにはいかない。

(いけるかリューガ)

(ブッ飛ばして良いんか)

(場合によってはな。ああいうのは睨み合いで終わるだけの場合もあるから、そのあたりはなんかこう、いい感じに)

(我をこのシーンで出そうってのに煮え切らん奴じゃな)

 リューガには呆れの気配を出されたが、ヒューガは喧嘩自慢で有名になりたいわけではないし、基本的には変な連中に恨み恨まれといった絡みを持ちたくないのだ。

 移民都市である関係上、この街には暴力的な価値観で育った異文化の住人も少なくない。そういう奴らは時々予想だにしない規模のトラブルを「プライドを傷つけられた」とかの理由で引き起こすので、例えその場で喧嘩で勝ったとしても後々が怖いのだ。

 しかし、だからこそジュリエットを矢面に立たせるわけにはいかない。

 覚悟を決める。

 ヒューガ……いや、リューガとジュリエットの間にあるテーブルに向かい、チンピラ先輩は見せつけるように足をバックスイングする。

 蹴り上げる気だ。幼稚な暴力で脅しつけようというのだ。

 リューガの前には、もう食べ終わったカラのパックしかないが、ジュリエットの定食は駄目になるだろう。

 蹴り足を受けるために足を伸ばす。

 狙った打点を外した蹴りなど、大した衝撃はない。パスッと間抜けな音がしてチンピラ先輩の足は止まり、バランスを崩したチンピラ先輩がよろける。

「ぐっ……!?」

 そして、チンピラ先輩がたたらを踏んだ隙に立ち上がり、目の一センチ前にスプーンを突きつけて動きを封じる。

「うおっ……テメ……」

「飯の場で暴れるなよ雑魚。そんなに目立ちたいのか」

「……誰に向かって雑魚だァ!?」

 チンピラ先輩はスプーンを払いのけようとするが、リューガとなったヒューガの腕はびくともしない。

 まるで岩を打ったような腕の感触に、チンピラ先輩は慌てて後ずさる。

 その背中が、壁に当たった。

 いや、壁のように大きい誰かのだった。

「あ……?」


「我々のリーダーに御用ですか」


 チンピラ先輩は172センチのヒューガより、ほんのわずか背が高いといったところ。

 だが、その腹筋の持ち主は、そんな彼の頭ですら胸筋に届かない。

 2メートル50センチ超えの巨体。

 図抜けた巨体とパワーを誇る異種族、オーガ族の学生がそこに立っている。

「な……何……」

「ジュリエットさんに何か用かと質問しています。雑魚殿」

「っ……お、俺は雑魚じゃっ……クソっ!」

 ただ「犬くらいの大きさのモンスターを数人がかりで仕留めたことがある」というだけのプライドでは、抵抗しきれないほどの圧倒的な質量差。

 それを感じたチンピラ先輩は、ヒューガとジュリエットをもう一度だけ見て、転げるように逃げ出す。

 食堂内で誰からともなく喝采が起こった。

 たとえ一目置かれようとも、憩いの食事の場で大声を出し、テーブルを蹴って暴れようとする者を歓迎されるものではない。空気が不穏になったあたりから、みな怯えた目で見ていたのだ。

 ヒューガはリューガと交代しつつ、礼を言う。

「……助かった、ラダン」

「いえ。私が口出しせずとも、ヒューガ殿とリーダーならば片付くとは思いましたが。リーダーに任せると、やり過ぎるかもしれないので」

 巨体と強面にも関わらず、きわめて落ち着いた喋り方をする彼は、ジュリエットの集めたパーティメンバーの一人で、彼女と同じ一年生のラダン・デルゴ。

 ヒューガとの付き合いは浅いのだが、ジュリエットに何かを聞いたのか、妙に敬意を払われている。

 そして。

「ラダン疑い過ぎー。まるで私がモンスターみたいじゃん」

「似たようなものでは? 全力で今の方を殴れば、首がなくなってしまうでしょう」

「だからなんで全力出すって話になんのよう」

 数か月前、ラダンはハンター仲間として勧誘したジュリエットに「弱い人間についていく気はない」として挑み、敗北していた。

 それ以来、同い年でありながらすっかり子分である。

 ヒューガとしても、色々な意味で頼もしいメンバーがジュリエットの傍にいてくれるのは歓迎なのだが……ちょっとジュリエットを全面的に崇拝し過ぎている面があるのは心配だ。


「……そういやお前たち、近々ハンターデビューするんだって?」

 結局ヒューガは唐揚げをひとつ頬張りながら話を振る。

「はい」

「そうそう。だからヒュー兄もさ。別に当日だって混ざってもいいし!」

「いや、それはやめとくって。……いい予感しないんだよ。特に今の時期は」

 できれば、こんな言葉で止まって欲しいと思いつつも。

「大丈夫大丈夫! だって私だから!」

「ええ。リーダーは特別です」

「いや、ジュリはともかくラダンには『私もついていますから』とか言って欲しかった」

「……リーダーの方が強いというのは覆せない事実です」

「そうそう!」

「だからジュリはそういう自信過剰なとこがもうホントにさあ」

 それ以上言うのは諦めた。


 ハンターは毎日、数十から数百パーティも狩りに出ている。

 よりにもよってジュリエットたちがカチ合う可能性は、低いのだ。

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