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第9話 臨戦待機

 テストはつつがなく終わった。

 深夜の空に黒い機体が舞い、夜空に数発の属性銃エレメントライフルの砲火が放たれ、消えていく。

 そして、まだまだ空中機動の馴らしが終わらないうちにタイムリミット。内なるヒューガの警告で、リューガは大人しくヘルブレイズを着陸させる。

 爆風にも近い強烈な風圧を伴いながら、乱暴に離着陸してもいいというならともかく、都市外壁の鋼像機ヴァンガード用ゲート近傍でそれは許されない。

 着地の反動と翼の風圧でバランスをとりながら地面のダメージをコントロールし、制限時間内で帰還できるルートを選んで離着陸すると、やはり思ったより手間取ってしまった。

「テスト終了。ノーザンファイヴ、カウント終了を」

『…………』

「ノーザンファイヴ。応答をくれ。異常事態か?」

『……ああ、いや……記録映像では見たが、やはり凄まじい性能だな、ヘルブレイズ……』

「……ああ」

 重い翼で不自由に飛んで、申し訳程度に属性銃エレメントライフルを試射しただけなので、何にそんなに驚いているのだ、と少し不思議に思うリューガ。

 しかし、ただそれだけでも「普通の」鋼像機を基準にみれば、異常極まることなのだった。

 人間を10倍にスケールアップし、重量を1000倍にし、実質攻撃力を数百倍にした。

 鋼像機とはつまり、それだけの戦力だ。

 ただそれだけで、人類の天敵と戦うだけの資格を手に入れた兵器だ。

 それが1000メートルを超える高空を自在に飛行し、空中で射撃もこなして、着陸しても脚部に深刻なダメージを負わないなんて。

 新型、というだけの言葉では表現し得ない。むしろ「新概念」というべきものだ。

 そんな言葉が、通信のマイクに拾われないタイミングで交わされていた。


 そして、ヘルブレイズがハンガーに収まり、脚部の泥の洗浄を始めたタイミングで、ルティの素っ頓狂な声が響いた。

「はぁぁ~!?」

 表面がボロボロし始めた背中を気にしながら、シャワーを浴びようとしていたヒューガは、何事かとルティに駆け寄る。

 ルティは端末の向こうにいる無表情の軍人に、いつにない表情で食ってかかっていた。

「このまま臨戦待機しろって……ウチのコは開発中の試作機だっていってるでしょー!?」

『だが、実際に動ける。鋼像機隊ダイアウルフは稼働機は4機だ。次に災害級ディザスターが出た時、完璧に勝てるとは言えない数だ』

「4機いれば勝てるでしょー!? フツー!!」

『4機の全パイロットがベテランなら、大抵の災害級ディザスターに完勝は可能だが、残念ながらそうではない』

「~~~っ」

 ルティは苛立った顔をする。

 実際、鋼像機の戦闘力はパイロットに依存するところが大きい。指示通りに適当に引き金を引いていればそれでいい、という役回りは有り得ない。

 しかしそれにしても、話が妙に拙速だ。

 ヒューガは途中まで聞いてしまった手前、黙っていることもできなくて割り込む。

「臨戦待機ってことは、もうバラすなってことか」

『そうだ。今からしばらくは、即応戦力として計算させてもらう。……そうしなければ、危険だ』

「今までそんなこと言ってこなかったのに、そう言うからには……その危険って話に何か根拠があるのか?」

 割り込んできたヒューガの物言いに、少しだけ不快な表情を浮かべる軍人。

 だがヒューガは彼の部下ではない。ルティの所属から言っても、彼ら政府軍人は「協力者」であって、へりくだる必要があるわけではない。

 こんな時、譲るような物言いでは、居丈高な相手には勢いを与えてしまう。

 ヒューガはあえて顔をしかめて、理不尽を言われているのはこっちだぞ、と態度で示す。

「……n147障域は、まだ解消されていない。魔力濃度分析から、災害級ディザスターが近傍に存在する確率は40%近い」

 軍人が語った言葉を、真顔で反芻するヒューガ。

(n147障域……)

(この前の超越級オーバードが芯になっていた……はずの障域、じゃな。多分)


 障域。

 モンスターの放散魔力で視通範囲が大幅に短くなっている地域であり、要は「モンスターの縄張り」だ。

 範囲は小さくて数キロ程度、大きいと直径100キロを超える。

 そこでは漂う魔力の影響でレーダーも光学観測も大きく制限され、通信も阻害される。湿度と無関係に霧や雲に覆われたような状態になってしまうのだ。

 互いに電波リレー機能のあるハンター用スマホなら、辺縁部ではなんとか通信を維持できるが、何キロも奥まで踏み込むと、それも保証できない。

 そんな障域で超越級オーバードほどの巨大なモンスターを仕留めたならば、かなり縮小するのが道理。

 巨大モンスターの魔力の余波で周辺の小型モンスターも活性化するメカニズムもあり、一気に障域が消滅してもおかしくなかったのだが、現実的には、まだ障域は依然として残っている。

 考えられる理由としては「思ったより小型モンスターの生息密度が高い」、あるいは「まだ他に障域を維持するほどの巨大なモンスターが残っている」の、どちらか。

 その後者の可能性が、40%弱という微妙な数字で示されているのだった。


「40%近い、ってねぇ……だったらさっきのヘルブレイズの出撃で、ついでに偵察までさせちゃえばよかったのよー。うちのコの速度だったらすぐ見回れるの、わかってるでしょー?」

 一度落ち着いたルティが、それでも不満の滲んだ声で言うも。

『それは許可できない。あくまで鋼像機の出撃は、明白な必要性を確認してからだ。その原則を破るなら、逮捕しなくてはならなくなる』

「それでウチを当て込もうってんじゃ筋が通ってないでしょー。都市を守るって目的果たしてこその軍でしょー」

『規律は守られなければならない』

「自分らは横車押して物頼もうってのに、何よその態度はー」

 ルティはあくまで、ヘルブレイズの改良を優先したい。

 軍はそれを妨げる提案をしておきながら、法を曲げてヘルブレイズを柔軟に運用し、早期解決を図るという提案は撥ねつける。

(当て推量で出撃できれば本当に楽なんじゃがなァ)

(まあ軍の奴らの魂胆も理解はできるよ。法律破りたくないし、いざって時に街が駄目になるリスクも消したい。ルティがしばらく改良我慢すれば、どっちも満たせるんだ)

(臨戦待機ってことは、今の重たい翼でしばらく……下手したら何週間も付け替えるな、ってことじゃがな)

 リューガの指摘に、ヒューガは冷や汗を流す。

 だが、ヒューガが何かを言う前に、画面の向こうの軍人は「以上だ。協力感謝する」と言い捨てて通話を終了してしまった。

「ルティ。せめて翼だけでも戻していいかって話を」

「あー無理よ無理ー。奴ら責任回避しか考えてないもんー。臨戦って言ったのに真っ先にバラしたら、いざって時に被害も何も全部こっちのせいにするだけよー」

「…………」

 そんなバカな、とヒューガは言いたくなったが、横から口出しして話を前に進めてしまったのも自分だ。

「渋った割にやけに早く実動テストさせてくれたと思ったら、この案のデモンストレーションに使われたってわけねー。あーやだやだ」

「……つまり、俺たちは……その可能性40%弱の災害級ディザスターが見つかるまで、ただぼんやりしてろってことか」

「ま、そーなるかなー。それより問題は災害級ディザスターが予想通り存在した場合の対応よねー」

 ルティはつまらなそうな顔でオフィス椅子に反り返り、小声でつぶやいた。

「この場合、見つけるのは99%、そこらのハンター。でも鋼像機ポンコツ隊はいつもより動きが鈍いのは間違いないし、ヒューちゃんは昼間は学校だから、すぐ出られるとは限らない……悪いけど、発見者はなかなかの死亡率かもねー」

「……俺、学校休む方がいい?」

「二日や三日で絶対カタが付くならそうさせるけどー。この場合はなんとも、ねー」

 物憂げな顔でお菓子の袋を開けるルティに、ヒューガはそれ以上は何も言えなかった。



 翌日。

 いつものように高層マンションのエレベーターで地上に出る。

 ヒューガが実際にどこに住んでいるか、というのは、学校では「秘密」で通している。

 軍関係者の家族には、ままあることだ。

 友達を家に呼んで遊ぶ……というのもヒューガの小さな憧れのひとつではあるが、兵器研究所の巨大ハンガーの足元で寝起きしている今は、実現しようのないことだった。

 思えば、そびえ立つ鋼像機ヘルブレイズをベッドから見上げながら眠る生活というのは、あまり健康的ではない気がする。

 すっかり慣れてしまっているが、普通は悪夢でも見そうだ。

「一応、俺もしばらくは寄り道なしで帰る方がいいんだろうな……」

 呟く。

 すぐにそれに答えてリューガが呟く。

「そうは言うても、常から何時間と遊び歩いとるわけでもないじゃろ。ルティの奴に飯の用意は期待できんし、買い物控えるわけにはいかん」

「とは言ってもさ……だいたい、味さえ我慢すれば煉瓦クッキーブリックと水だけでも、生きてはいられる」

「ルティあれ絶対食わんから、奴だけそのうち干物になるが?」

「その前に事態が片付けばいいし……」

「数十分を節約するのやめて、飯の材料は毎日買うんでよくない? 我も正直煉瓦クッキーブリック好かん」

「俺は嫌いじゃないんだけどなあ」

 同じ体なのに、裏人格は味の好みが違う。

 不思議な話だが、実際そうなのでどうしようもない。

 咀嚼しながら、頭の中で「美味い」「いやさすがに甘すぎないか?」などと口論していることはしょっちゅうだ。


 その気になればそうして頭の中だけで会話することもできるのだが、口に出す方がまとまりやすいので、ヒューガは誰も見ていない時には独り言を呟き続けるヤバい人になってしまう。

 たまに人に見られると恥ずかしいが、まあそんなに大仰に身振りや表情を変えるわけでもないので、ただのちょっとした奇癖だ、と納得されやすくはある。しかしさすがに学校が近づくと口をつぐむ。

 薄気味悪いのは間違いない。ヒューガ自身も、他人がそんなにブツブツ呟いているのを見たら近づきたくない。

 学校では「そこそこの優等生のヒューガ・ブライトン」として通してきたし、これからもそうあるつもりだ。


 が。

「やあ、ヒューガ。おはよう」

「クライス。今日は早いな」

「うん。そろそろデビューすることになったからね。楽しみで早起きしちゃったよ」

「そうか」

 ヒューガはなんとなくスルーして、一瞬置いてリューガが反応した。

「なぬ? デビュー?」

「なぬ、って」

 ハハハハ、とクライスが笑う。

「いやどういうことだよ」

「だから、そろそろ実戦デビューしようってジュリちゃんが言ってるから。彼女がパーティのリーダーだし、みんなその気なんだ」

「っ……!?」

 ヒューガは絶句した。

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