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第8話 稼働テスト

「メインフレーム伝達係数調整終了、歩行コントローラー自動補正22%引き下げ……っと。あとはフライトモジュールのC型案試したいんだけどー。ヒューちゃんまだいけるー?」

「もう少しでボス倒せそうなんじゃ。5分待て」

「あー……ヒマ過ぎて娯楽型模擬戦闘ゲームしちゃってたんだー。ごめん、ソレ、ボス倒した後の演出考えるのめんどかったから耐久力無限ー。ていうか死亡判定出た瞬間、体力30%回復する処理が無限ループしてるはずー」

「なんじゃと!」

「というわけで終了終了ー。ヒューちゃんに戻ってー」

「チッ……」

 リューガは操縦桿から手を離して一息。ヒューガになる。

背負い物フライトモジュール取り替えるのか? 今の奴とどう違うんだ」

「今の奴だと一発損傷受けたら9割飛べなくなるけど、C案なら6割ー。なんと片翼全損でも滑空できるのだー」

「……ルティおまえのことだから、最初からそれにしなかったからにはデメリットありそうだな」

「そりゃ代用翼展張機構仕込むんだから重量嵩むよねー。加速力は半分くらいになるかなー」

「……回避力ガタ落ちじゃん。というかこないだのヤツの対空砲撃食らうじゃん、そんな遅かったら」

「でも即墜落は防げるよー? 4割くらいは」

「メリットとデメリットが釣り合ってねえ!」

 そもそもヘルブレイズは空から垂直突撃でモンスターに体当たり攻撃できるほどの骨格強度がある。

 これは、ほぼ最悪の形の墜落と同じ衝撃に耐えられることを意味する。

 もちろん、体勢が良かったからこそノーダメージで次の行動ができた、という部分もあるのだが、あの衝撃に機体とパイロットじぶんが耐えられたということは、まあ滅多な形の墜落では死なない、という確信につながっていた。

 それならば、速度を殺して冗長性を担保するのは割に合わない。

 が。

「まあそれはそれこれはこれー。色々検証しておくに越したことないからねー。いざって時に今のやつが不調で飛べないっていうのも有り得るしー……試運転、実戦でやりたくないでしょー?」

「予備……は、用意できないのか……」

「試作機だからねー」

 ヘルブレイズも、胴体以外は最悪、他の量産機から借用して使うことはできる。

 が、フライトモジュールはそもそも一般化していない。

 ルティの言うように何かの不具合が起きたのなら、別案の試作ユニットを使ってどうにかしなければならない。

 実戦配備の建前を持たない以上、同じものの予備は作らせてもらえないのだ。

「あと、今夜遅くに野外実動テストの予定組んであるから、降りたらちょっとでも仮眠しといてねー」

「申請通ったのか」

「かなーり渋られたけどねー。複数の上級武官にシャットダウンスイッチ持たせて、10分間だけってことでようやくよー」

「……バカじゃねえの、お上の連中」

 10分でどうしろというのか。

 離陸と着陸だけでも2分ずつは食われる。正味5~6分でどれだけのことができるというのだ。

鋼像機ヴァンガードってだけでもクーデターに使われたら死ぬーって怯えてんのに、ヘルブレイズが桁違いに強いってんで輪をかけてガチビビリしてんのよー」

「反乱されることばっか考えすぎだろ」

「ねー」

 とはいえ。

 ヒューガも、先の出撃でのヘルブレイズの性能が異常であったことは、よくわかる。

 量産型ダイアウルフのシミュレーターに、ルティが手ずから空中機動の操作要領を加えたもので訓練してきたのだ。事前に「実戦ではもっとパワー出るはずだからねー」と言われてはいたが、あそこまで圧倒的なものだとは思っていなかった。

 コンセプト的には「できて当然」のラインだという話だが、それでも実現してしまったことは信じがたい。

 上層部が怯える気持ちも、ほんの少しだけは理解できる。

「とりあえず機体は膝立ち姿勢でホールド。あとは低機能ゴーレムが据え付けるから、ヒューちゃんは降りて食事と休憩。スマホで目は酷使しないようにねー、体力残ってても目がツライとテストに支障でるからー」

「はいはい」

 コクピットから乗り出し、飛び降りる。

 膝立ちでも8メートル近いが、ヒューガ、いや「リューガ」にとってはそう注意するべき高さではない。

 ほんのわずかに人間をやめて、落下の衝撃を受けきる。

 皮膚が多少硬化してしまうが、どうせあとは休むだけ。シャワーでボロボロの皮膚を剥ぎ落とせば、何の問題もないのだ。




 片や、低機能ゴーレムが鋼像機ヘルブレイズの換装作業をする同じ空間で、片やヒューガは煉瓦クッキーブリックを齧りつつ明日の学校の準備。

 低機能ゴーレムは非常に用途を限定された手足を持つ比較的小型のゴーレムで、今ヘルブレイズをいじっている個体は重量物の持ち上げとボルトの回転くらいしかできない。

 作ろうと思えば、鋼像機と同等のフォルムと汎用性を持つゴーレムは当然作れるのだが、もしも災害級ディザスター以上の放散魔力を持つモンスターが接近した場合、その自由度を持ったまま敵に回る。

 元からできることを少なくした方が危険度は低いし、対策も取りやすい。

 ヒューガはネットの小さな記事でしか見たことはないが、モンスターのいない大陸にある本国の方では、「低機能でない」ゴーレムは今も使われている、らしい。

 ただ、成長著しい分野である鋼像機ヴァンガードの方ばかりが話題に挙げられ、デザインもそちらの方がどんどん進歩しているために、今や古臭い「鋼像機の元になったもの」という引用でしか扱われない存在だった。

「もう少し技術が進歩すれば、低機能じゃないゴーレムと一緒に戦うようなシーンもあるのかなぁ」

 パイプベッドに身を投げ出して、ヒューガはぼんやりと低機能ゴーレムたちの作業風景を見上げる。

 ほとんど自動装置のような扱いだが、こいつらにも知能はあるはずだ。そう思うとなんだか不憫に思えるのだった。

「今のところはヒト以外の耐魔力洗脳処理はメドすら立ってないわねー。それこそ、確立できれば一気に戦況こっちに傾くんだけどー」

 ルティは搭乗用ゴンドラの上から作業を監督しつつ、苦笑交じりで答えた。

 ヒューガはその言葉で夢想を諦める。

 そんなことができるなら、他ならぬヒューガたちパイロットが、あんな怪獣相手に無茶をする理由もないのだ。

「ゴーレムが仲間なら、さっきのパイロットみたいに変な因縁もつけてこないだろうし、楽そうなんだけどなあ」

「わかるー」

 人嫌いのルティは、ヒューガの後ろ向きな意見に笑いながら賛同。

 まあ、ルティの場合は長命種族エルフであるがゆえの寿命差のせいで他種族と根本的に意見がぶつかりやすく、厭世的にならざるを得なかったというのもあるらしいのだが。



 深夜。

「さーて、と」

 再びヘルブレイズのコクピットに登るヒューガ。

 相変わらずパイロットスーツのようなものはなく、着ているのは寝間着にしているTシャツとハーフパンツだ。

「ルティ。一応言うけどさ、俺ちゃんとしたパイロットスーツみたいなの着なくていいのか? 偉いさんに見せるんだろ、コクピットなかの様子も」

「あー、いらないいらないー。だってキミ、本気出したら変身するじゃーん」

「……ちょっとだけだろ」

「『ちょっとだけ』でいい相手ならねー。……もっと本気出す必要、あるかもだしー♥」

「一応、俺、超越級オーバード倒したよな? もう」

「あんなソフトスキンでしかも単独のやつ、超越級オーバードの中でランク付けしたらDかEってとこよー。スーパーヘルブレキック効かなかったら覚悟決めてたトコだったしー♥」

「なんだよそのクソダサネーミング!」

 多分、初撃の急降下キックのことだろう。

「てか、あれで効かない奴がいるのかよ……」

「いるわよそりゃー。いなかったら武器とか変圧器とかいらないじゃーん。……それに、超越級オーバードが単独でしか行動しないなんて誰も決めてないしー?」

「…………」

「二匹や三匹に掴みかかられてたら、さすがにヒューちゃんもニンゲンのままではいられなかったと思うなー」

「……そうまで追い詰められたとして、ヘルブレイズこいつは俺の『本気』を、戦闘力にできるのか?」

「今はまだ無理ー。だから60%って言ってるじゃーん」

 ルティはゴンドラの上からニヤニヤしつつ、ハッチの隙間越しにヒューガを見つめる。

「でも、100%になったら……完成したら、キミの全ては、ヘルブレイズこのこのチカラになる。だから、スーツなんて作らないよー。邪魔なだけだもの♥」

「……ちぇっ」

 舌打ちをしつつ、ヒューガはハッチを閉め、ヘルブレイズは立ち上がる。

 ゴンドラは自動で安全位置に退避し、20メートルの巨体は地を揺らしながら、発進ルート上に移動する。

 隔壁が開く。カタパルトはない。

 飛ぶことを、鋼像機ヴァンガード用施設はまだ想定していない。

「ノーザンファイヴへ。兵器研究所所属機ヘルブレイズ、実動テストに出撃する。カウントスタートよろしく」

『ノーザンファイヴ、了解。行動予定時間は厳守せよ』

「ヘルブレイズ、了解」

 この無線の向こうでは、臆病な大人たちが、ヒューガとルティの気まぐれに怯えて、シャットダウンスイッチを握りしめているのだろう。

(頼むぞリューガ。時間管理は俺がやる。機体はお前が動かせ)

(どうせ戦うわけでもない。お前が操縦担当でもよくないかの)

(『本気』を出すなら、お前だろ)


 ヒューガは、肉体と機体のコントロールを、リューガに委ねる。

 リューガが顔を出すと、ただそれだけでヒューガの体は変調する。

 だから、誰に言われたわけでもないが、ひそかに思っている。


 リューガこそが、この肉体の本当の持ち主で。

 自分は、それを押し隠して「人間」をやるために生まれた人格なのだろう、と。

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