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第7話 エンジニアのプライド

 生活面では見た目通りの子供みたいなシュティルティーウだが、腹が満ちれば賢者、いや天才エンジニアとしての本分に戻る。

「ヒューちゃんが学校行ってる間にねー、変圧器実装したんだよー。属性銃エレメントライフル対応の」

「マジ? 光刃剣スラッシャー使える?」

「そっちはまだ対応外ー。まあ規格的に使えないってことないと思うんだけど、テスト項目多いしー。……光刃剣って今はリミッターカットできるのが流行ってるから、鋼像機本体の変圧器がガバいと壊れる危険が鉄砲よりずっと高いんだよねー」

「あー。……でもまあ、武器が使えるってのは大前進だな、ルティ」

「ホントにねー。せめて初陣はそれぐらいできるようになってからにしたかったよねー」

 はー、とシュティルティーウ……ルティは、深い溜め息をつきながら、研究室の奥にそびえ立つ黒と深紅の鋼像機を見上げる。

「完成度で言えば60%もいってるかどうかなんだよねー、ヘルブレイズくんは。出さなくていいなら出したくなかったよー」

「……60%であれか」

 ヒューガは、昨日の戦いの感触を思い出す。

 実戦に向けて幾度となく繰り返した模擬訓練シミュレーションは、外で修理されている鋼像機隊の使っている「ダイアウルフ」と呼ばれる機種のデータだった。

 そのおかげで、ヘルブレイズがどれだけ隔絶した実力を持っているのかは、あまりにも鮮烈に体感できた。

 それでも、まだ半分しか完成していない。

 完成したらどうなるのか、と思わずにはいられない。


「そういや、帰って来る時に外の修理現場、めちゃくちゃ忙しそうだったぞ」

「そう? まああんなに壊してたらそりゃそうだよねー」

「ヘルブレイズがとりあえず一段落したなら、ちょっとぐらい手を貸してやったら?」

 あまり期待はせずに、話を振ってみる。

 が、ルティは間を置かずに。

「パースっ。だってあれ私の設計じゃないしー。勝手わかんないしー☆」

「嘘つけ。現行機は全部いじった、ってこないだ言ってただろ」

「でも嫌ー」

 ルティは鋼像機をゼロから一人で設計できるだけの能力を持つ、本国でも数少ないエンジニアである。

 時々本国やほかの前線都市に出張し、日々開発される鋼像機に触れて、設計技術者としての勘を磨くことに余念はない。

 現在はヒューガの協力を得てヘルブレイズの開発に全力を挙げているが、数年前には本国で量産される制式採用機に彼女の作品が選ばれたこともある。

 それだけのエンジニアなら、量産機の修理作業などお手のものであるはずだった。

 だが。

「そもそもねー、整備性はめちゃくちゃ気を使ってるんだよねー、設計側わたしらは。鋼像機は極論、二機とパイロットがいれば、互いに整備補助することで運用できるように作ってるしー」

「さすがにそれは極限すぎるだろ……」

「そうでもないんだなー」

 壁に貼ってあるヘルブレイズの三面図をペンの尻で叩き、ルティは熱弁する。

「鋼像機はそもそも回復魔法が効くようにデザインしてるのよー。もちろん人間用のやつとは規模の違うやつだけどー。それも四肢をバラしてそれぞれで完結するように規格作ってあんのよー。だから本来は損傷した手足を修復器に放り込んで電源繋いでおけば、そう手間をかけずに稼働状態を維持できるはずなのよー」

 四肢それぞれで完結する、というのは、腕と胴体が別の個体として回復魔法を受け入れるということ。

 一見すると何か余計に手間が増えそうな話に聞こえるが、全身全パーツで一個体として作られていると、腕を外したり改造したり、別のパーツと取り換えたり……といった処置が、鋼像機自体にとっては「傷」として魔法に判定されてしまう。

 交換修理や除装パージなど、機械ならではの応急処置ができなくなってしまうのだ。

 となると、各部位を別の「個体」としてユニット化しておく方が融通は利き、例えば損傷した腕だけを回復装置に入れたまま、別の腕を装着して戦う、といった運用もできる。

 修復に整備員も使う必要もなく、最低限の人員で戦えるのだ。

 が。

「理屈ではそうなんだろうけど、今回のやられっぷりは違った」

 腕組みをしてヒューガがそう言うと、ルティは肩をすくめる。

「どうしようもなかったんだ、ってー? 冗談じゃないわよー、まっすぐ突っ込んでバカみたいな損傷したドヘタパイロットが複数いたじゃーん」

「超越級相手だ。上手いとか下手とか、そんな風に切り捨てられるものじゃないだろ?」

「気持ちとしてはそう言ってあげたいところだけどー、相手が強いからこそ冷静にやってくれなきゃ困るのよー……」

 ルティは、少女らしくない調子で深々と溜め息をつく。

「簡単に修理して、交換して、自在に戦線を維持できる……その利点は、撤退をもっと気楽に選べる戦術の自由あってこそなのにー……ちょっとでも下がれば死なすって脅せば、そりゃパイロットたちも捨て鉢になっちゃうに決まってるのよねー……」

「だからあんなにキレてたのか……」

「ぶつけて死なすだけのクソ運用なんて、兵器屋にしてみれば侮辱以外の何物でもないわよー」


 昨日。

 ルティが、鋼像機隊を指揮する作戦司令部に乗り込んだ時の剣幕を思い出す。

 作戦状況は一般人にいちいち教えられるわけではないが、ハンターがスマホで計測した数値の異常は、位置情報とともにいち早く特別回線で軍のシステムに共有される仕組みになっている。

 その推移を見れば、その場に災害級や超越級が出現している……といった予測はもちろん、司令部が下す判断の予想も、さほど難しくはない。

 だからこそ、ルティはここぞとばかりにヘルブレイズの出撃を主張した。

 だからこそ、司令部のオペレーターは途中から彼女に場を明け渡し、責任を放棄した。

 何もかも未知数の、未完成機の出撃で場をひっくり返す。

 責任が持てない、と司令部が悲鳴を上げるのも無理はない。


 結果として、ヘルブレイズは鮮烈なデビューを果たすことになった。

「さあ、ヒューちゃん。今度から忙しくなるわよー。これまでは私がホラ吹いてるだけだった。でも、ホラが本当だと知れ渡っちゃった。……ただの鋼像機すら、反乱に使われたら手が付けられない、なんてビビり散らかしてる連合政府うえからしたら、悪夢以外の何物でもない現実が、ここにある」

 試作鋼像機、ヘルブレイズ。

 そのコンセプトは、昨日体現した通り「超越級を圧倒する鋼像機」。

 そんなものは夢物語だった。

 多くの鋼像機を手がけた天才技術者シュティルティーウだからこそ、挑戦することだけは許されている状態だった。

 従来の鋼像機は、災害級でも複数機の連携で戦うことが前提。単機での挑戦は危険な行為とされている。

 その常識を跳び越えるどころではない。全く別次元の鋼像機を誕生させるという、夢物語。

「完成すればその戦力は、量産機ダイアウルフの100倍以上。……だけど、その完成にはキミが不可欠」

 クイ、とルティは親指でヘルブレイズのコクピットを示す。

 ヒューガは頷き、搭乗用ゴンドラに飛び乗った。

 ゴンドラがコクピットに横付けされ、ヒューガは制服のままで愛機の主電源を入れる。


 全てのモニターが息を吹き返し、ヒューガ・ブライトンを歓迎する。


 ヒューガには、まだ秘密がある。

 この常識外の鋼像機は、彼にしか扱えない。

 それは、彼自身もまた常識の範疇の存在ではないことに起因している。


『さあ、今夜の調整を始めるわよー。……世界を、人の手に取り戻すために♥』


 システムがヒューガを受け入れようと、駆動と調整を繰り返す。

 機体の完成度は、1%刻みでゆっくりと上がっていた。

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