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第6話 シュティルティーウ

 人類はかつて、愚かな失敗をした。


 魔法の発展によって、人間同士の争いも派手になって、長らくの時が経った頃。

 ある国が禁断の行為に手を出した。


 魔法とは、生命が発する「魔力」という「現実を改変する力」の力学と技術である。

 根本的な話として、魔力は大きい肉体と意志を持つものほど、多く生産・保持できる。

 ならば、とびきり大きく、しかも攻撃的な生命体を生み出せば、それが発散する魔力は自然と現実を改変し、万能の矛となり盾となるはずではないか。

 それを可能とする魔法生命工学は、絢爛たる発展を遂げていた。

 だが多くの場合、コントロールの難しい「超巨大生命」というものに価値を見出さず、もっと理性的に使い魔や改良家畜、あるいは人工種族の創造などを研究するにとどまっていた。

 その国は、あえてその常識を無視した。

 どうしても征服したい隣国があったのだ。

 隣国に巨大生命体を攻め込ませ、蹂躙する。しかるのちにあらかじめ用意しておいた弱点バックドアを突いて巨大生命体を処分し、空白となった隣国を総取りする……という、破滅的な生体兵器戦争を構想していた。

 だが、結論から言えばその目論見は失敗した。

 膨大な魔力による現実改変の威力を甘く見積もり過ぎていた。弱点が弱点のまま残ることはなかったのだ。

 そうなるとまともに倒すのは難しい。

 元々隣国を正攻法で倒せないからそんな邪道をやったのだ。その隣国が敗れたモノに、その国が単独で戦う能力などあるわけがなかった。

 何度かの試行錯誤を経て、結局「同じくらい強い超巨大生命をぶつける」という戦術をとり、更に最悪の結果となる。

 ぶつかるはずだった両者は戦いを避け、単純に脅威が倍加したのだ。

 こうなってくると、他の国も座視はできない。

 超巨大生命は無性生殖による繁殖を始めていた。早く止めなければ、人類の住める領域はなくなってしまう。


 ……そして、どの国も失敗した。


 ある国はまともに戦って敗北した。

 ある国は使い魔で兵力を増やして挑み、その全ての使い魔が濃密な敵魔力に染まって人類に牙を剥いた。

 ある国は遠隔から強力爆弾を乱射し、魔力の盾の厄介さを証明するだけに終わった。


 人類はたった一つの大陸を残し、世界全土から追い出された。


 人類国家と呼べるものがただひとつとなり、他の全てが滅びた。

 勝者はなく、ただ、遠かったという理由で生き残った者だけがあるその戦いを、魔獣大戦と呼ぶ。


 それが、五十年前のこと。



 鋼像機はその名の如く、動く鉄像アイアンゴーレムを出発点として始まった兵器だ。

 当初の発想は、不足した兵力を量産可能なアイアンゴーレムで補い、一斉にかかることで巨大モンスターと渡り合うというもの。

 アイアンゴーレムは生命体ではないので繁殖もしないし、命令したことしかできない簡単な自我しかない。敵に回る可能性も低く、適任だと思われたのだ。

 しかし結果は、それでも高濃度魔力に晒された結果、巨大モンスターによってコントロールを奪われ、大部隊まるごと敵に回ってしまう事態が続発。

 知能基盤を伝統的魔法ベースから電子的AI制御に替えても、全く同じことが起きた。

 それにより、「低レベル判断機能を持つ存在は、その素性によらず、モンスターの発散魔力に支配権を奪われる」という事実が確認された。

 濃密な放散魔力は遠距離攻撃を減衰させるだけでなく、複雑な機構を持つマシンでも、モンスターに都合よく「洗脳」してしまう、というわけだ。

 また、無線操作や通信も、モンスター自身に近ければ近いほど効かなくなる。

 そのため、最終的に対抗兵器の要件は「人類自身が直接その場でコントロールする、状況対応力の高い兵器」と洗い出された。

 人類の意識は、魔力による強制操作に耐性がある。それ以下の知能は、簡易行動プログラムからから家畜の脳まで、どれを使ってもモンスターに都合よく洗脳されてしまう。

 そうして使える兵器形態を洗い出した結果、アイアンゴーレムの頭脳回路を排除して操縦装置に置き換えたものが最も適している、と判断された。

 そして最初の鋼像機ヴァンガードが生まれたのが、現在から約20年前。

 量産性と戦闘力、整備性を考慮して、さまざまなサイズが試されたが、現在の20メートル級が基準として定まったのが、10年ほど前のことになる。


       ◇◇◇


 地下整備室の奥にある「兵器技術研究所」というプレートのついた一室。

 それが、ヒューガの「家」である。

 日を拝むだけでも、ちょっとした距離を歩かなければならず、正直言って生活拠点だけでも便利な場所に移してもらいたいのだが、この部屋の主は幾度とないヒューガの訴えをことごとく「そのうちねー」と聞き流していた。


「おっかえりー♥」


 オフィス椅子の上に座ったまま、くるりと回りながら迎えの言葉を発したのは、オレンジ色の髪を不器用な三つ編みにまとめた幼い少女。

 ……にしか見えない、ヒューガの保護者であった。

「さっそくだけどおやつ作ってくれないー? さっき冷蔵庫見たらなーんにもなくてさー」

 甘えたことを言う彼女は、耳が尖っている。

 長命種族エルフ。現在では世界に数百人しか残っていない。

 滅びに瀕した種族の、しかし稀代の大賢者とも称されたのが、このシュティルティーウという発音しづらく書きづらい名前の女である。

煉瓦クッキーブリックならそこに段ボール二箱分置いてあるぞ?」

「それはおやつとは言わないー。っていうか食べ物じゃないー」

「言うほどマズくもないと思うんだけどな……」

「それはヒューちゃんの舌がおかしいんだよー。そんなの粘土食べてるようなもんじゃーん」

 口を尖らせる彼女の姿からは、大賢者というほどの抜群の知性など、全く感じることはできない。

「栄養的にもほぼ完璧なんだけどなあ。なんでこんな評判悪いんだ」

「別にヒューちゃんがそれ焼いてるわけじゃないんだからさー。……それよりパンケーキ作ってよー、パンケーキ。超いっぱいー♥」

「いいけどさ」

 パンケーキやクッキー、ドーナツ。

 店からも遠い地下室の奥で、かろうじて買い出しもせずに作れるものといったら、それらが関の山だ。

 まだヒューガが子供のころからこのエルフはこの調子なので、一時期乞われるままにパンケーキばかりを二人で食べまくって生活していたら、栄養失調で揃って倒れたことがある。

 その時に食べた煉瓦クッキーブリックの美味かったことといったら。

 栄養が染み渡る感覚というのはあのことだろう。

 それ以来、ヒューガは魔力ペースト食や煉瓦クッキーブリックを割と好んで食べている。そんな事態を引き起こした彼女は、その事件後もまるで食べ物扱いしないのだが。



 三十分後。

 皿の上に四段重ねで盛ったパンケーキを前に、満面の笑みでナイフとフォークを握るシュティルティーウ。

 彼女の対面でヒューガは煉瓦クッキーブリックをボリボリと齧っていた。

 硬く焼き締められたそれは、顎の弱った老人などは水や牛乳に長時間浸さないと食べられないという話もあるが、ヒューガは歯と顎には特別の自信がある。ただ喉が渇くのは間違いない。

「ヒューちゃんがお料理できて、おねーちゃんホント幸せー」

「それを料理と呼ぶのはあまり賛成できない」

 パンケーキはどちらかというと菓子ではないか。

 まあ菓子作りも広義では料理と呼ぶ場合もあるが、ヒューガのパンケーキは温度管理と時間計測ぐらいしかコツはない。あまり料理をしている気分にはならないのだった。

「あとおねーちゃんってお前」

「エルフ的にはおねーちゃんなのー。たった三百年やそこらでシニア面とかしたら笑われるのー」

「一片の曇りもなくシニアだよ! せめてオカン面しろよ!」

「えへへー。むしろ妹って言う方がみんな納得するんじゃないかなー?」

「……ややこしい生態しやがって!」

 事実として、見た目だけなら妹を甘やかすお兄ちゃんなのは否定できないのだった。

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