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第5話 傷だらけの鋼像機隊

 住宅街の奥、とある高層マンションに入り、エレベーターの何も書いていないボタンに指を当てて三秒。

 生体認証をパスすると、地下なんてないはずのエレベーターが下に動き出す。

 そして降りた地下通路を二百メートルほど歩くと、ヒューガの「家」がそこにある。


 寝かせられている、傷ついた鋼像機、数機。

 技術者や低機能ゴーレムがその周りを取り囲み、修理にてんてこまいだ。

「6番機の電装系の担当誰!? モニタ二枚映ってないんだけどこれわざと!?」

「何番機でもいいからこの腕のテスト頼む!」

「4号ケーブル全然ないんだけど誰かガメてない!?」

「3番機はそっちに使うな! 稼働状態の数は最低3機は維持しろ! ちょっとでもバラしたらその後戻してフルテストに何時間かかると思ってる!?」

「ナマ装甲板あと何枚だ!? こっちのやつ2番機にパチってもいいよな!?」

「よくねえよバカ!」

 20メートル級の鋼像機は、大破したからといって簡単に部材交換もできない。

 復旧させる機能を取捨選択し、鋼の装甲で保護しきれない部分は布やラバーシートで誤魔化し、それでもどうしようもなければ、潔く片腕状態や義足代わりの鉄骨足仕様で、ひとまず稼働のメドを立てる。

 鋼像機は前線都市の最大にして最後の守護者だ。どんな過酷な戦いの後だとしても、短期間で次の「災害級」や「超越級」が来ないとは誰も言えない。

 修理は稼働数の確保とのせめぎ合いだ。全部修理していますからどれも出せません、というわけにはいかないし、出せてもたった一機のみ、というのも見殺しと変わらない。

 努力と妥協を繰り返し、そのバランスを取ることを怠れば、最悪の結果はいつ訪れてもおかしくない。

 技術者たちは血走った目で煉瓦クッキーブリックを齧りながら、作業を続けていた。


 鞄を肩に担いだまま、積み上げられた部材と廃品の間をヒューガは歩き、整備室を通り抜ける。

 彼の「家」は、その奥にある。

 ……が、今日はその途中で、急に横から伸びてきた手に胸倉を掴まれた。

「おい、ガキ」

「……放してもらえますかね」

 急に乱暴な仕打ちだが、一応下手に出る。

 この整備室にいるということは、そこらのハンター崩れのチンピラではなく、連合政府の軍人だ。

 ……一応は。

「テメェがあの『羽根付き』の鋼像機に乗ってやがったのか」

「…………」

 ヒューガは改めて、胸倉を掴んできた相手を観察する。

 鋼像機隊の下位パイロット。名は確かジミーといったか。

 こんなところに住んでいれば、所属歴の長いパイロットや技術者とは自然に顔なじみにもなるものだが、彼のことはよく知らない。

 記憶が正しければ割と最近、欠員補充でノーザンファイヴに来たはずだった。

「テメェがさっさと出てくれば、あんなことにはなってなかったのに……!」

 ズタボロの鋼像機群を指さし、ジミーはヒューガを睨みつける。

 助けたはずなのに、まるで悪者のように。

 ……ヒューガは溜め息をついて、髪を掻き上げて。

 急に温度の違うギョロリとした目で、ジミーを睨み上げ、鼻で笑った。


「お前が弱い。事実はそれだけだ、雑魚め」

「っ!?」

「こっちは未成年だ。お前らの尻拭いをするよりも、大事な時間の使い方がある」

「てめっ……守ってやってる軍人に向かって……!!」

「自負と実績が釣り合っていないぞ。守ってやっていると宣いながら、何の題目で人様の胸倉を掴んでいる?」

「っっっ……!!」


 ジミーの方が体格は勝る。

 カッとなったジミーが拳を振り上げ……それをヒューガに叩きつける、前に。


「バカモンが!!」


 すっ飛んできた獣人族の男に、勢いよくジミー自身が殴られた。

 鼻血を吹いて倒れるジミー。ヒューガは服のボタンが取れていないか気にしつつ、割って入った男を見る。

「……サーク隊長」

 鋼像機隊の隊長にして、エースパイロット。

 三十代半ばの、髭の濃いタフガイだ。

 狼の耳と尻尾を持っていて、身体能力も反射神経も常人より高い。

「すまん、ヒューガ君。……我々は全力で感謝しなければならないところなのに」

「……無用だ。そっちはそっちの職務に励んでくれ」

「あ、ああ……」

 サーク隊長は、ヒューガの妙な雰囲気に戸惑った顔をしながら、道を空ける。


 ガラクタの小道の奥に歩みながら、ヒューガは軽く頭を振り、深呼吸する。

 少しずつ、雰囲気が戻っていく。


(あんなもんでいいかの)

(悪い。……でもお前、敬語いい加減覚えろよ。サーク隊長変な顔してたぞ)

(我が出る時はお前も気が立っとる時ぞ? そう小器用に喋り方なんぞ変えられるか。お前の喋り方エミュってやっとるだけでも褒められるべきじゃが?)

(正直エミュれてないぞ)

(判定厳しくない?)



 ヒューガ・ブライトンには、秘密がある。


 昨日、この街を襲う寸前だった「超越級」を屠った「翼付き」こと、「ヘルブレイズ」のパイロットであること。

 そして、頭の中にもうひとつの人格を持っていること。

 どちらもごくごく近親者以外には明かしていない。

 特に二重人格に関しては、明かしたところでお年頃特有の「病気」だと笑われそうですらある。

 だが、ヒューガのそれは明確に、心以外の症状もある。


(リューガ、あんまり強く「出る」なよ。……肌がボロボロになるし、口ん中傷つくし)


 リューガが「表に出る」ことで、ヒューガは少し、人間でなくなる。

 主に首元や腕のあたりの皮膚から固化が始まり、歯が急速に尖り、瞳孔が縦長になる。

 わざわざ言わなければ気づかない程度の変化だが、元に戻すにはただただ待つしかない。

 特に肌に関しては、戻るにあたって一度固化した断片が剥がれ落ちるため、放っておくと袖口や襟元からボロボロ出てきて非常に見栄えが悪い。

 ……ヒューガがハンターを志望しないのは、そのせいでもある。

 人間を少しやめることで、その分ヒューガは身体能力を上げられる。先ほどの新人パイロットの拳など、余裕で無視できるくらいには。

 しかし、命の懸かった戦いを生身でやるなら、いつかはそれでボロを出してしまいそうだった。

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