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第3話 魔をも焼き尽くす炎

 鋼像機隊は、やがて、それを発見した。


『冗談でしょっ……』

『計測完了……推定体長240メートル……!?』


 恐ろしく巨大な、単眼の蛇。

 中途半端に細く長い腕がついていて、いかにも接近は危険そうだ。

 細いといっても比率的な話で、実際はこのスケールとなれば、ひと薙ぎで鋼像機を数体まとめて弾き飛ばせるだろう。

『逆に20機や30機でどうにかできんのか、これほどの化け物を……!?』

『……死にたくないよぉ……!』

 隊員たちが慄く。

 勝利のビジョンが見えない。屹立する鋼像機は微動だにすることもないが、隊員の何人かはへたり込み、這って逃げたいところだろう。

鋼像機こいつのコクピットは、脱出含めて全操作系カットの緊急命令が仕込まれてる。敵前逃亡したら即座にお前の相棒はデカい棺桶に早変わりだ」

『それは知ってますけどぉ!』

「やることは簡単だ。……戦って、生き残るんだ」

 隊長は、自分でも無茶を言っていると理解している。

 だが、そう言うしかない。

 自分たちが切り札なのだ。それが万に一つの可能性でも、勝ちに行くしかない。

「行くぞ! 作戦はいつも通り“後の先”だ!」

 真っ先に、岩山の影から飛び出していく。

 本来は自分から近寄るべきではない。長いリーチを予想させる体型、疑われる「奥の手」の存在……相手が攻撃開始するのを散開陣形でじっと待つのが定石だ。

 しかし、部下たちが怯えている。

 もしもさらなる臆病風に吹かれ、待つのを放棄して逃げ出してしまえば、それこそ遠隔で操縦を切られ「棺桶」にされてしまいかねない。

 それを防ぐにはせめて隊長自身が相手の攻撃範囲に最初に入り、凌ぐしかなかった。

 しかし、その焦りが悪い方に作用する。

 部下たちは「後の先てをださせる」という作戦を忘れ、隊長に続いて無謀に突撃することを選んでしまったのだ。

「バッ……お前たち、焦るな!」

『こんなの相手に先に撃たせたら犬死にだ!』

『ブチかまします!』

 隊長機を上回る速度で前進してしまう隊員たちの鋼像機。

 そして、敵はそれを無慈悲に迎撃した。

 長い腕はまるでマジックハンドのように不自然に伸びた。胴体内にもう一節、関節があったのだ、と隊長が理解すると同時、前進していた鋼像機2機が薙ぎ払われ、さらに隊長機にも返す刀の裏拳が伸びてくる。

「食らうかよォ!!」

 隊長機は属性銃を撃つ。

 爆風弾ソニックブラスター。衝撃を加えることのみに特化し、絶大な反動を伴う暴れ弾。

 それでも相手の巨腕を押し留めるには至らないが、絶大な反動こそが目的。

 軽く跳びながら放ったそれのおかげで後ろに弾け飛び、超越級の豪撃は隊長機に届かず、彼の機体は転げながらも損壊を免れる。

 部下たちの機体は隊長よりもさらに遠くに吹き飛び、見るからにダメージが深い。

「4番機! 6番機! 応答しろ! まだ生きてるか!?」

『……なんとか……』

『…………っ……』

 応答はひとつ。もう片方からは微かな呻き声が漏れたのみ。

 脳震盪でも起こして朦朧としているだけなのか、あるいは瀕死なのか。即座には判断ができない。

 隊長はそれを案じながらも、超越級の攻撃がたったそれだけで終わるはずがない、とも直感している。

 姿勢を起こし、ようやく定まったメインカメラの視野で、超越級の本体を見上げる。


 単眼の蛇頭。

 その眼に、不自然に輝きが集まっていた。


「高魔力凝集反応! 飛び道具だ! 全機回避行動っ!!」

 咄嗟に叫ぶ。

 自機が動き出せたのは身に染みついたルーチンのおかげだった。どんなときにも最低限の横滑りができるよう、機体姿勢に余裕を持たせる癖がついていた。

 だが部下たちはそんな気の利いた動きはできていない。

 あの魔力量で引き起こされる攻撃規模は、鋼像機で耐えられるものではない。

 全滅する。

「動け!! 死ぬぞ!!」

 隊長は絶叫した。


『はいはい、お待たせー♥ ウチの子が着くよー』


 突然、通信に気の抜ける幼い声が響いた。

「っ!?」

『援軍!? どこからっ……!?』

『う・え・か・ら♥』

 歓喜と猜疑が入り混じった隊員の言葉に、幼い声が茶目っ気たっぷりに答える。

 そして、その言葉通り……真上から、単眼の蛇頭に、謎の衝撃が加えられた。


 轟音。


 空から、異形の貌と黒い装甲、そして鋼像機が降ってきた。

 打ち伏せられる超越級。

 パランスを欠いた巨体は、情けないほどに大地に伏した。

『いぇーい♥』

 間延びした快哉を上げる幼い声。

 そして、黒い鋼像機の中では……少年が伏すように操縦桿に縋り付いている。

 いや。

 いなしきれずに受けた衝撃から、立ち直る。

「無茶させおる……!」

 チラリと損傷状態ヘルスモニタに視線を走らせる。

 だが、彼の予想に反して、愛機はシステム上、無傷だった。

「本当にこのヘルスチェック機能しとるんじゃろうなァ!?」

『試作機なんでそのへんは保証外でーす♥』

「おいィ!?」

『でも大丈夫。キミが生きてるってことは、

 少しだけ、ふざけた調子が抜けて、静かな自信と確信に満ちた声に変わる。


『さあ、帰って来たよ。この世界に、竜が。──魔をも焼き尽くす炎ヘルブレイズとなって』


「……あぁ」

 ヒューガは身を起こす。

 機体はねじ伏せた超越級の頭上、片膝でうずくまるようなポーズで静止している。

 超越級はこの程度では死なない。動かなければ、振り落とされる。

 ヒューガの動きに呼応して、鋼像機は翼を広げて立ち上がる。

 ヒューガの瞳が怪しく動く。瞳孔の形が変わる。

 肌の質感が変わる。

 人の姿から、ほんのわずか、外れていく。


 そんなヒューガの変貌と呼応するように、黒い鋼像機は血のような色のオーラを滲ませて、浮く。

「ヒューガ。我がやってしまっていいのか」

「……ここまでアゲたんだ。最後まで行っちまえ、

 また会話のような独り言を呟いて、ヒューガは歯を剥き出す。

 まるで臨戦態勢の野獣のような表情で、彼は操縦桿を押し込む。



 再び動き出した超越級は、対比でいうなら小動物のようなヒューガ機を、腕で薙ぎ払おうとした。

 だが、それが打音を奏でることはない。

 翼のひと打ちで、まるで手で引かれたように危なげなく距離をとったヒューガ機は、空中で構えを取り……再び流星のようなタックルで、超越級を痛撃する。

 240メートルの巨体が浮き、転がる。

 足元に広がる森林が、無惨に薙がれていく。


 彼らの戦いを、先ほどまで決死の雰囲気だった鋼像機隊の面々は呆然と見ている。

 超越級と直接相対するのは隊長を含めて初めてのものばかりだ。そのスケールについていけないのに、もっと信じがたいことが起きている。

「たった一機の鋼像機で……超越級と、渡り合うのか……!?」

『渡り合ってるどころじゃねえ。圧倒してる……!』

『武器も使わずに……』

 鋼像機の攻撃力は、武装で決まると言ってもいい。

 素手で戦うのが無茶なのは人間同様だ。

 ……が、武装を駆動するだけの魔力を全て機体フレームの補強に回せば、数字の上では格闘戦も充分にできるということになっている。

 黒い鋼像機は、それをやっている。

 そうとわかっていても信じがたい光景だった。

 十倍以上……質量で言えば百倍以上にもなる相手に、その機体はただ拳と蹴り、あるいはタックルだけで襲い掛かり、嬲り殺していく。

 超越級の腕は片方がヘシ折られ、もう片方は体を支えるためにしか使えていない。巨大な蛇身は黒い鋼像機の突撃のたびに動きを鈍らせ、背骨や内臓に深刻なダメージが入っているのは明白だ。

 こんな戦いができるのか。

 自分の機体でやろうと思ってできるものか。

 ……絶対に無理だ。土台、ドスンドスンと走る以外の移動はできない。それが普通の鋼像機だ。そんなもので百倍の質量に何ができる。

 だが、だとしたらあれはなんだ。


 あんなことができる兵器が、あっていいのか。



『さあ、そろそろ倒せるでしょ。ヒューちゃん、派手に決めちゃいなー』

「……了解。そろそろ、飽きてきたところぞ」

 ヒューガは二十数回の突撃を決め、超越級を充分に弱らせていた。

 並みの鋼像機なら一撃でバラバラになる巨大魔力弾を何発も撃たれていたが、まるで当たる気がしない。超越級は図体が大きすぎるせいで、飛ぶ標的を追うだけの反射能力が全く足りていない。

 だが、ヒューガも簡単には決めきれない。打撃しかないからだ。

 武装は使わないのではない。使のだ。

 結果として、急所と思える場所、動きを阻害できると踏んだ場所、あるいはただただ当てやすい場所……攻撃点の試行錯誤を繰り返すことになったが……ようやく見えてきた。


(充分に判断材料は集まった。ちょうどいいタイミングだ、リューガ)

「なかなかの労働ぞ。特別ボーナスを期待せんとなァ」

 少年は内に響く声と同調する。

 きた今、もはや内に埋もれてしまった「ヒューガ」の声を、しかし自身が「リューガ」と呼ぶ別人格はしっかりと捉えている。

 冷静な「ヒューガ」と、猛々しい「リューガ」。

 少年は二つの心を抱える二重人格者であり……その二つの心は、独立しながらも協調している。

 さながら二つのコアを持つコンピュータのように、ひとつの脳が二つのことを同時に考え、感じ、処理する。

 それができるのは強力な武器なのだ、と、彼はずっと教えられてきた。

(決めるぞ。一回外して縦旋回インメルマンターン。加速距離を倍稼いで、奴の頸椎を狙う)

「はっ、我の操縦テクと機体強度、なかなか過信してくれるでないか」

(ここまでの感触ならやれる。……多分な!)

 内から響くヒューガの声に、獰猛に笑うリューガ。

 現在までの操縦はほとんど勢い任せだ。リューガには本能や反射で戦うセンスと技術がある。

 それをヒューガは内側から観察し、じっくりと勝機を吟味する。

 結果として、速攻と熟考を両立する。

「まあ、早く終わるに越したことはない。乗るわい」

 視界の中に映る、もう一人の己が描く理想のコースを、彼は正確に、そして大胆に追い、飛ぶ。



 禍々しい血の色のオーラが、瞬間的に朱に変わる。

 それは炎だった。

 纏わりついた血が燃え立ち、業火へと昇華した。

 黒い鋼像機の蹂躙劇を見届けた一般隊員たちは、皆、そう思った。


「……恨みはないが……死ね」


 朱の炎が、傷ついてなお戦意を見せる超越級を掠めて飛び、空に鮮やかな弧を描く。

 加速に加速を重ねた黒竜の一撃が、捕食者を捕食するべく舞い、落ちる。



 大轟音が響いた。



「どう……なった……!?」

 身を伏せるようにして見ていることしかできなかった隊長機の、サブモニターの魔力計測数値が急速に下がっていく。

 粉塵、肉片、体液、土砂……あらゆるものがカメラに降りかかり、視界を狭める中、思いのほか近くに超越級の単眼の残骸が転がっていたことに遅れて驚きながら、隊長はカメラをどうにか機能させようとコンソールを叩き……諦めて機外に顔を出す。


 黒い鋼像機は、倒した獲物に未練を見せることもなく、既に夕空に飛んでいた。

 実質、たった一機での超越級討伐。

 そんな奇跡を成し遂げたにしては、あまりにもあっさりとした退場だった。

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