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第2話 鋼像機隊

 数体の、の巨人たちが、巨大芋虫と対峙していた。


「ノーザンファイヴへ。こちら鋼像機ヴァンガード隊、現着。災害級ディザスター、タイプインセクト視認。ハンター2名確認、戦域外へと逃走中」

『こちらノーザンファイヴ。当該災害級の魔力再計測を要請。データが不足している。周辺魔力濃度と予測個体数値が合致しない』

「了解。……全機、聞いての通りだ。牽制攻撃しつつ計測開始」

 鋼鉄の巨人像、その操縦席。

 部隊を預かる隊長が部下たちに号令をかける。

 鋼像機。

 人類が、巨大モンスターの脅威に抗うべく生み出した決戦兵器。

 その神髄は、人類の十倍にも及ぶ巨躯と、それに対応した規模の武装。

属性銃エレメントライフル全属性使用許可! あのタイプは口から粘液弾を飛ばしてくる! 200メートルは飛ぶぞ! 当たるなよ!」

 ガシャン、と巨銃を構える。

 互いに100メートルほどの間隔で立つ数機の鋼像機は、同じく巨銃を携えている。

 ハンターたちが使っていたものと原理的には同じ、魔法弾を投射する武装。

 その威力はハンター用のものの数百倍にも及ぶ。

 しかし。

標的ターゲット、また立ちます! 射撃戦に入ります!』

 隊員機の一機が撃つ。

 本来は巨大な爆発で、この大きさの生物だとしても粉微塵にしかねないはずの爆砕弾は、しかし表皮を軽く焦がす程度の威力しか発揮しない。

『効果軽微……!』

「その距離じゃそんなモンだ」

 隊長は冷静に言う。

 この種の大型モンスターの厄介な点は、これだ。

 図体が大きいと魔力放散も強い。それが何を意味するかというと、「自分の周囲の空間を魔法的に支配している」ということだ。

 距離を離せば離すほど、自分に害のある魔法が軽減され、場合によっては消滅する。

 同じ理由で、遠距離からの観測ではモンスター本体の実態を把握できない。モンスターが群れている地域は空間的に見通しが利かなくなり、その原因が「巨大な個体一体によるもの」なのか、「数メートル程度の個体数百体によるもの」なのかは、実際に踏み込まなくてはわからないのだ。

 近づくことで放散魔力による妨害は弱まる。

 つまり、この災害級に対する鋼像機の本来の必勝法は、接近戦。

 だが、隊長はまだそれを命じない。

「焦るなよ。“後の先”だ。間合いに踏み込むのは、手を出させた後だ」

『攻撃させるまで待つしかないんですか』

「いつも通りな」

 どんな生き物も、戦うなら初手で相手を殺したい。

 こっちの武器では、それができるとは限らない。ならば初撃は先にあえて出させるのが、結局一番いい。

 かわせないタイミングで攻撃されるのが一番怖いのだ。

 隊長機もさほど効果がないのを承知のうえで数百メートルの間合いから射撃を行い、芋虫が手を出してくるのを待つ。

 生身の人間のスケールだと数十メートルの敵影は絶望的だが、鋼像機は自らも20メートル近い。相対的には「格闘できなくもない大きさ」に収まる。

 その攻撃は決して油断はできないが、過度に恐れるほどでもない。

 果たして、芋虫は高々と立ち上がった頂点の口から、不可思議な光を纏った粘液を勢いよく吐き散らした。

『うわっ! 何だっ……!?』

「魔力反応が高い。おそらくアレ流の魔術行使の布石だ」

『簡単にお願いします!』

「魔力込めて吐いた汁に火だの氷だの、後から魔術を付与するんだよ。多分な。昔、似たようなのを見た」

 隊長機は跳ねて粘液を避け、回り込みながら間合いを詰める。

「接近開始! 汁がかかったものは距離を取れ! 対抗処置レジストするにも奴から近いほど被害がデカくなるぞ!!」

 彼の号令に部下たちも従う。あるものは背を向けて走り、あるものは粘液が付着した範囲を避けながら回り込み、モンスターを挟み撃ちにする陣形を取る。

 日ごろの訓練の賜物で、いちいち指示を受けずとも、自然と敵にとって嫌な迫り方ができている。隊長はそれに満足しながら、改めて属性銃を近距離から叩き込む。

 相対距離、30メートル。

 もはや目と鼻の先といった距離から放った爆砕弾は、まるで別の武器のように威力を発揮し、芋虫の体を弾き飛ばし、抉り、焼き焦がす。

 それでも隊長は舌打ちした。

「チッ。決めきれんな」

 最優先目標は無力化だ。いくら吹き飛ばし、転がしても、反撃されれば部下に危険が及ぶ。

『斉射で決めましょう!』

「いや、冷凍弾フリーザーでいく。汁が飛ばせなくなれば万一もなくなるだろう」

『っ、了解!』

 隊長機が属性銃を操作する。基本的な機構は人間用の銃と共通だ。

 さほど連射が利かない弱点も、全く同じ。撃ちまくって強引に圧倒するというわけにはなかなかいかない。

「凍結で無力化ののち、光刃剣スラッシャーでトドメを刺す。お前たちはトドメ役だ。準備しろ」

『了解!』

 隊長機は属性銃の射撃間隔に合わせて間合いを調整しながら、芋虫の口元や体側部に冷凍弾を叩き込む。

 その度に至近距離に入るのは、後ろで攻撃準備をしながら見ている隊員たちにとってはヒヤヒヤする光景だったが、隊長は反撃のチャンスを的確に外し、粘液弾の攻撃を回避し続け、やがて芋虫は上半身部分がほとんど動かなくなる。

 下半身は必死に動こうともがいている。その動きですら、巨木が薙ぎ倒されるパワーがあるのはさすがだったが、しかし趨勢は既に決まっていた。

「今だ。やっちまえ!」

 隊長が叫ぶ。

 属性銃を背部に懸架し、代わりに前腕部からまばゆい光の剣を展開した隊員機が、三機同時に芋虫に斬りかかった。

 輪切りにされる巨大芋虫。

 ほどなくして暴れていた下半身も動きを止める。

「……ノーザンファイヴ。災害級、撃破。データ検証をよろしく」

 ふう、と一仕事を終えた隊長が、通信で任務完了を告げる。

 だが、帰ってきた声は不穏だった。

『こちらノーザンファイヴ。魔力濃度と個体魔力数値の理論値がやはり合致しない。その災害級一体程度にしては、高すぎる』

「……何……っ」

『警戒を。周辺に超越級オーバードの出現も有り得る』

「超越級っ……!?」

 超越級とは、災害級を大きく超えるスケールを誇る、正真正銘の最強。

 災害級一体でも、鋼像機のない都市は一日で消滅し得る。だが、超越級はそれを些事に貶めるほどに、大きい。

「ウチの規模の部隊で超越級と戦うなんて無理だ! その予測が正しいなら今すぐ他に応援を要請してくれ!」

『データが不足している。鋼像機は、不確定な情報で動かすのは反乱準備罪だ』

「っっ……! それで街が潰れたら元も子もねぇだろうよ!」

『索敵を。……現在、こちらから言えるのはそれだけだ』

 残酷な通信が終わる。

 勝利に沸いていいはずの鋼像機隊の間に、苦しげな沈黙が流れる。

『……隊長、ええと……つまり、超越級を見つければいい……んですよね?』

「ああ。だが、超越級となれば当然バカでかいぞ。……視界が通る距離まで近づいたら、もう相手にとっちゃ至近距離ってことも有り得る」

『鋼像機でも……本当に勝てないんですか?』

「俺が知ってる事例は、前世代機の話ではあるが、26機でかかって半数と引き換えに倒したそうだ」

『……ウチは定数8機ですよ』

「隊長の俺にいいことを教えてくれてありがとうよ」

 部下につまらない皮肉を言ってしまい、自分の余裕があまりにも失われていることに気づいて、奥歯を噛みしめる隊長。

 先ほど粘液をつけられて下がった機体と、不調で出せない機体を除いて、今現在、現場にいるのは5機。

「俺たちは、街を守る義務がある」

 数呼吸の間をおいて、隊長は宣言する。

「索敵開始だ。見つけたら、隊に合流のち、迎撃だ。……俺たちに退却は認められていない」

 鋼像機は、人類の切り札。

 ということは、それはとりもなおさず、邪な野心で使えば人類の脅威にもなり得る。

 それゆえに鋼像機の活動にはさまざまな制限かある。

 勝てない戦いからさえ逃げることができないのは、そのひとつでもあった。

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