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竜貌のヘルブレイズ
神尾丈治
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年10月08日
公開日
82,270文字
連載中
「魔王と呼ばれた何か」が討伐された時代から二百年。

 その異世界は現代地球によく似た文明を形成していた。
 しかし人類は互いに幾度かの戦争の結果、兵器として生み出され制御不能となったモンスターとの生存圏争いを余儀なくされていた。
 賞金が懸けられたそれらを狩り、文明圏の安全を維持するのが、この時代の花形職業「ハンター」の仕事である。
 そして、そんな彼らでも手に負えない数十メートル規模のモンスターを駆逐するために、決戦兵器「鋼像機(ヴァンガード)」がある。
 都市防衛の切り札として用意されたそれは、小回りが利き自由でスター性の高いハンターとは違い、出撃には大きな制限があり、逃亡も許されないためパイロットの死傷率も高い。
 それでも、いざとなればそれで戦うしかない敵がいる。そんな時代だった。

 主人公・ヒューガは試作鋼像機「ヘルブレイズ」のパイロットであり、高校生でもある。
 普段は高校に通いながら、他の鋼像機隊では被害が抑えられないと判断された時に投入される予備戦力として働いている。
 ハンター志望の幼馴染ジュリエット、同級生のクライスらと平和な学園生活をする裏で、規格外の巨大モンスターを人知れず狩るが、自身が目標やタイミングを選んで助けに行けるわけでもないために、ハンターを目指す友人たちを前にして悶々とする日々。
 自身もいくつも秘密を抱え、死闘の戦場と青春の世界を往復しながら、恋に、試練に奮闘する。

 いつか誰かが救った世界、あるいは、救われなかった世界。
 それでも、僕らには未来が必要だから──。

第1話 黒の巨像

 五丁の属性銃エレメントライフルが、一斉に火を噴いた。


 口径1センチの銃口から四条の薄赤い光、一条の青白い光が放たれ、巨大な無毛の熊の鼻面に集中する。

 多重爆発。

 簡素な家なら跡形もなく吹き飛ぶような派手な爆炎が広がり、咆哮が響き渡る。

「バカ! 誰だ反属性ぎゃく撃った奴!」

「あ、ごめーん。新型慣れてないから操作間違えちゃった」

「間違うかこんなん!? てか初撃から冷凍弾フリーザーなんて普通ねえだろ!?」

「いいっていいって、反省会は後だ!」

 リーダーの青年が仲間たちを仕切り、爆発の跡を見据える。

 狙ったモンスターは、明らかに怯み、弱っていた。

 体高4メートル近く。象と見まがうほどの大きさの、熊型モンスター。

 もっとも、象というものの実物を彼らは知らない。もはや現存しているのかさえ定かではなかった。

「もう一回、斉射叩き込むか? 今度こそ全員爆砕弾エクスプローダーで揃えれば殺れるだろ」

「いや」

 リーダーの青年は属性銃をその場に投げ捨て、ベルトに数本吊ってあった棒を一本取る。

「チャンスだ。誰か撮ってくれ」

「おいおい、ここで色気出しちゃう?」

「地味で堅実なパーティだなんて言われるのは飽きただろ?」

 リーダーが「棒」の安全装置を外し、起動する。

 即座に棒から1メートルほどの光が伸び、刀身を形成する。

 ふと思いついて、リーダーはもう一本、同じようにして剣を形成した。

「二刀流~っ」

「いくらアピるためっつっても、やりすぎじゃねえ?」

「普通にやってもつまんねえだろ。倒すだけだったら属性銃でいいんだから。派手にやるぜ」

 仲間たちが苦笑しつつスマホを構える。

 それに向かって軽く二本の剣を回してみせ、リーダーは弱ったモンスターに、駆ける。

 それをスマホ越しの視線で追いながら、撮影している仲間は声を入れる。

「リーダーが魔剣で乱舞しまーす……あんなオラついてますがリーダー、実戦で魔剣使うの初めてでーす」

「言うなってー」

 弱ったとはいえ、死んでいない。

 手負いだからこそ燃えるような殺意が放たれる。

 それに少しだけ怯むようなそぶりを見せつつ、リーダーは敵に斬りかかる。

 彼の持つ剣は「魔剣」とだけ呼ばれているが、本来は「限定魔剣」という。かつて実在した「呪いとともに絶大な攻撃力を持つ剣」の特性だけをコピーした現代技術の産物で、呪いの発動を抑えるために使用限界は3分だけ、という使い捨てに近い特殊武装だ。

 その特性上、危険な距離まで敵に接近する必要があるが……。

「おっらァ!!」

 振るった光刃は、モンスターの体をまるで抵抗もなく引き裂き、まるまると太い四肢を斬り落とす。

 強力な呪いを原動力にする攻撃は、どんな属性抵抗を持っているモンスターにも確実にダメージを入れることができる。

 属性銃も柔軟な対応力がウリの武装だが、こちらは熟練したものが使えば常に切り札になり得る、よりテクニカルな武装といえる。

 それだけに単価は高いのがネックだが、何より「映える」のも素晴らしい特徴といえた。


「うっわ一方的……っていうか死にかけのモンスにやり過ぎじゃんこれ。逆に感じ悪くねー?」

「ヒハハハハ、元々モンスにやり過ぎも何もねーって。でもダブルはもったいねーわ。片方で充分殺れたじゃん」

「リーダー! もう死んでるから! それより動画のイントロ素材にするから、ちょっとモンスター背景にポーズ決めて!」


 彼らは事切れたモンスターを前に、あくまで軽い調子でふざけ合い、武器とスマホを交互に持ち替える。

 それが、この時代、この荒れ果てた大陸での日常。

「ハンター」と呼ばれる若者たちの、生きている世界だった。



 ひとしきり、倒したモンスターを前に、動画を撮ったり数値計測したりといった処理を進めるハンターたち。

 この記録はそのまま彼らの収入の根拠となる。当局から、倒したモンスターの脅威度に応じて報酬が支払われる仕組みで、その申請には所定の記録機器による数値計測が必須だ。

「しかしこんなデケェの倒せるようになったんだなあ、俺たち」

「半年ぐらい前はガン逃げだったもんな」

「武器と人手が揃えばそんな難しくねーってのは、今ならわかるけど。前は古参パイセン二人しか属性銃なんて持ってなかったし」

「だから武器はケチんなって言っただろ? 安物の槍で戦うなんて非効率すぎんだっての」

 それぞれにスマホを構え、自撮りをしたり、テキストを作ったり、記録を眺めたり……と悦に入っていたハンターたちだったが、やがてそのうちの一人が少し不安そうな声を上げる。

「おい、ちょっとおかしいぞ」

「なんだよ。ちゃんと死んでんだろ」

「そっちじゃねえ。魔力濃度だ。下がらねえ」

「は?」

 スマホに表示された計測数値を、隣のハンターに見せる。彼もまた自分のスマホで同じアプリを使い、単なる故障ではないことを確かめる。

 周辺の滞留魔力はモンスターの体格に比例する。大きいモンスターはそれだけ周囲に振り撒く魔力量も大きい。しかし死亡すれば、それはみるみる薄れていくのが道理……なのに。

「死んでない……のか?」

「いや、死んでるはずだ。さっきリーダーが首切り落としてんだぞ」

「じゃあなんで」

「わかるか!」

「落ち着きなよ」

 急に不安が伝染して言い争っていた二人に、女性ハンターが割って入る。

「とにかく一旦ここ離れよう? 何かおかしいっていうなら立ち止まるのは死亡フラグでしょ」

「いやお前が仕切んなよ、さっきもトチッてたくせに」

「それ今言う? っていうかヤバいかもって時はとにかく安全確保が鉄則って……」

「……おい……」

 女性ハンターとまで喧嘩を始めそうになった神経質なハンターの肩を、さっきまで言い合っていたハンターが殴るように叩く。

 痛ぇな、と声を荒げそうになった彼も、相手の視線を追って呆然とした。


 木々の向こうから、今倒した象のような大きさのモンスターが小動物にしか思えないような、数十メートルもの大きさの巨大な芋虫が、見えた。

「冗談だろ……っ。あんなの勝負にならねえっ……!」

「聞いてないよ! あんな大物が出るような予兆あった!?」

「慌てるな!」

 先ほどまでモンスターの亡骸の前でふざけていたリーダーが、ちょうど使用限界を迎えてただのゴミになった魔剣のグリップを投げ捨て、次の魔剣の安全装置を解除する。

「所詮芋虫だろ、あんなの。側面に回れば大したことねえ。むしろチャンスだ」

「でも……っ!」

 スマホの魔力計測アプリは本来白いはずの数字の色を真っ赤に変え、警報を発している。

「……あれ、『災害級ディザスター』って出てんぞ……!! 俺たちが手出ししていい奴じゃねえ」

「バァカ」

 リーダーは頼もしく笑い。魔剣を起動した。

「だからこそ殺れたら超一流って証明になるだろ? 俺たちは今まで安全にやり過ぎてたんだ。本当の実力を見せられるチャンスじゃねえか」

「リーダー……」

「みんな、俺は脇腹をブッタ斬りに行く。属性銃で奴の目を塞いでくれ。それこそ冷凍弾で頭ごと凍らせちまうのがいいかもな」

 リーダーは駆け出す。

 残ったハンターたちは顔を見合わせ、意を決してそれぞれに属性銃の設定レバーを操作する。

 そして、巨大な芋虫に銃を向けたところで……芋虫は身を起こした。

 信じがたいほどに高い。

 そして、リーダーが狙うべき「側面」も、遠のいてしまった。

「あ……」

 漏らした声は誰のものだったか。

 横腹を目指して走っていたはずのリーダーは、既に芋虫の「攻撃範囲」に、入っている。

 巨大な質量の粘着弾が、その口から吐き出され……リーダーは回避する間もなく、轟音とともに直撃した。

「リーダー!!」

「あ、あれ、大丈夫だよね!? ただベチョベチョなだけの……」

「よせ……何トンあるかわかんねえ『ガム』だぞ……」

 人間一人どころか、パーティまとめて押し潰しかねないほどの質量がある「それ」は、クレーターのような衝撃痕を作った。

 誰もが一瞬だけ、「リーダーならそれでも助かっているかも」と希望を持ち……もしも息があったとしても、それを除去して誰が助けられるというのか、という問題に思い当たって、絶望する。

 冷静に考えて即死。運よく息があっても、あの粘液の中で何分息をもたせられるのか。

 残酷な末路しか、そこにはなかった。

「……みんな……逃げるぞっ!!」

 残ったハンターたちは、力が抜けそうになる膝を殴りつけるようにして駆け出した。



 超巨大芋虫は、所詮芋虫。そんなに素早くは動けないだろう、という希望にすがって、ハンターたちは必死に駆ける。

 森の外まで出れば、全員で分乗してきたオフロードバギーが数台置いてある。それに乗れば走るよりはずっと確実に逃げ切れるはずだった。

「くそっ……だからこんなに深くまで来るのは反対だったんだ!! バギーに乗ったまま狩れる奴にしときゃよかったんだ!!」

「今それ言う!? っていうかそんなの言ってなかったじゃない!?」

「バカみたいな喧嘩してんじゃねーよ! 奴は離れたか!?」

「離れてないっ……魔力濃度、ずっと上がりっぱなしだよ……!!」

 ハンターたちはスマホをチラチラ見ながらも必死に走る。

 しかし、不気味なほどに魔力濃度数値は下がらない。

 その数字の意味するところは……巨大な生物が近辺に近づいている、あるいは。

「何か他にもう一匹……いるかも……!」

「え、縁起でもねえっ!」

「縁起で注意を緩めんじゃねえよ! もうリーダーはいねえんだぞ!」

「他いても私もう属性銃持ってないよ!?」

「はぁっ!?」

「持ったまま逃げ切るなんて無理だし! あんな図体じゃどうせ効かないし!」

 走りながら、どんどん悪い話が重なる。

 それでも。

 歩いてたった十分。走ればその半分ほどの時間でたどり着けるはずの、希望まで……!


「……このままじゃ、みんな死ぬ……! 二手に分かれよう」

「えぇっ!?」


 ハンターの一人の提案に、全員がギョッとし、そして一瞬ののちに理解した。

 誰かが囮になる。それが、この追い詰められた状態で確実に生存率を上げる、唯一の方法だ、と。

 だが、囮になれと言われて頷く者などいないだろう。

 しかし「二手に分かれよう」ならば、互いが狙われる確率は半々。

 どちらかは、確実に距離が稼げる。

「誰も生き残れないのは最悪だ」

 誰かを犠牲にするのを許容すれば、全員バラバラに逃げるのが最善手だが……それを口にするのは躊躇われる。

 一人で貧乏くじを引かされるかもしれない、と思えば嫌がる者もいるだろうし、バギーに向かって逃げる道もそういくつもあるわけではない。

 ならば、二手。

 二人ずつ、互いを見捨て合うのが、この極限状況で話をまとめられるギリギリの提案だった。


「……っ、うん」


 女性ハンターが数瞬ためらって頷き、他のハンターたちも同意する。

「俺とコイツで、次の分かれ道を右に回る! そっちは左だ、バギーには最短距離だから文句ないだろ!?」

「ううっ……でも、この気配だとまっすぐ逃げるの怖ぇ……!」

「曲がる俺たちだって怖ぇよ! もう喋ってる時間ねえ、行くぞ!」

 ハンターたちは、互いを泣きそうな顔で見やりながらも別れる。

 後ろを確認する勇気はない。振り返った瞬間に、あの粘液塊が落ちて来そうで、誰もそれはできなかった。

 走りながら属性銃を投げ捨てる。女性ハンターの逃げ足が、やはり速かったからだ。

 たった3キロほどの銃ではあったが、やはり抱えたままでは邪魔になる。

 続いて、非常食や治療キットなどの入った背嚢ザックも、走りながら脱ぎ捨てるように背後に落とした。一度思い切れば、逃げるのに邪魔なものは何もかもいらないと思えた。

 あとはただ逃げ帰るだけだ。もう自分たちは戦えやしないのだ。

 そう思って、いよいよスプリンターのように走り出した彼の目の前に、さらなる絶望が横合いから飛び込んでくる。


「ゴァアアアア!!」


 大木をなぎ倒しながら現れたのは、大型馬ほどの大きさの狼型モンスター。

 彼らのパーティが、いつもなら全員で狩り、一日の戦果として満足するような大きさのものだ。

 それが、今しがた丸腰になった彼の前に立ちはだかる。

 一瞬だけ頭が真っ白になり、さっき仲間が「魔力濃度が下がらない」と言っていたのを思い出した。

 こいつか。こいつが迫っていたからか。

「うあ……」

 死ぬ。

 さっきまであんなにうまくいっていたのに。

 ほんの数分前までみんな笑っていたのに。

 どうして。


 最後までスマホは手放す気になれなかった。

 これだけは捨てたところで足が速くなるわけでもないし、この中にあるものは……この中に記録された時間と光景は、拾い直せない。

 何もかも捨てて走る決断をしながら、みっともない固執かもしれない、と思いはしたが……。

 そのスマホの画面が、急に光った。


【救援接近中 頭上・足元に注意を 安全確保を最優先に行動して下さい】


「!?」

 そのスマホの表示を見て、ハンターはギョッとする。

 近くで腰を抜かしている女性ハンターと顔を見合わせ、スマホを慌てて突き出して。

 眼前のモンスターはそんな獲物たちの行動をせせら笑うように下半身に力を溜めて、飛び掛かろうと力を籠めて。


 鉄塊に、轢き潰される。


 ドズンッ、と、二人のハンターの眼前に、さっきのモンスターを丸ごと潰して余りある「足」が、唐突に踏み込んでいた。

 ハンターたちは天を仰ぐ。

 その「足」に相応しい巨体が、彼らを見下ろしていた。

鋼像機ヴァンガード……鋼像機が、来てくれたんだ……!!!」

「助かるの……!?」


 全高20メートルにも及ぶ、黒い巨人。

 人を模しながら、その全身から苛烈に攻撃的な意志を感じさせる、魔法技術と機械工学の結晶。


 その巨人は、足元の哀れな逃走者たちを気にもしていないように見えた。

 蹴り潰したモンスターも、たまたま足元にいただけ、といった風に。

 それはただ、巨人の操縦者が足元を見るためには、巨人自身の顔を動かす必要がない……というだけのことでしかなかったのだが、ハンターたちはその佇まいに得も言われぬ恐怖を感じ、快哉を上げるのを躊躇する。

 その「鋼像機」は、味方のはずだ。

 生身のハンターでは相手にならないほど巨大化したモンスターをも駆逐する、人類の決戦兵器のはずだ。

 しかし、ハンターたちはその鋼像機を見たことがなかった。

 そう頻繁に見られるものではないが、それでも幾度か見たことがあるそれとは、あまりにも様子が違っていた。


「あれは……味方、だよな……!?」

「……わ、わかんない、けど……」


 改めて見れば不気味な黒いボディ。

 異様に巨大な、何の意味があるのかわからない背部機構バックパック

 まるで割れた皮膚の隙間から血肉が見えるような、深紅の差し色。

 そして何より、その頭部かおは……ヒトというより、獰猛な怪物のようにも見えた。


 ハンターたちは礼も言わず、逃走を再開する。

 救助のはずだ。スマホはそう言った。

 しかし本当に自分たちを助けに来たのか、確信が持てなかった。

 これもまた、モンスターではないか……という疑念が彼らを支配していたのだ。



「……礼の一つもあって欲しかったな」

 コクピットに座る少年は、誰にともなくひとりごちた。

 ……一瞬後、それに答えたのは、全く同じ声。

 全く同じ喉から返事が出る。

「そんなものはいらん。ヒーローごっこをしている場合ではない」

「……わかってる」

 一人芝居のように話す少年は、ワイシャツに緩いネクタイ、スラックスという恰好をしていた。

 そんな恰好で乗るようなマシンでは、ないはずだった。

 無線から声が入る。

『お礼は帰投後に私がたーっぷり言ったげるからー♥』

「いらん。それより小遣いを上げろ」

『あら、かわいー♥』

 無線の向こうの声はひとしきり笑った後に。


『おっけおっけ、お小遣いのために頑張ってねー、ヒューちゃん♥』


 少年の名はヒューガ・ブライトン。

 本業はただの高校生。

 鋼像機を運用する都市防衛隊の名簿には、彼の名はまだ、載っていない。

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