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第105話 千年を超えた陰陽師の使命

――――平安時代・中期


平安京にある南門健礼門の前でたくさんの陰陽師たちが集まり、鬼気祭が行われていた。大規模に都のすべての疫病退散を願うためだ。

 その中心で儀式を行うはずだった土御門 康成つちみかど やすなりがまだ来ていなかった。ともに陰陽道に通う倉橋 泰久くらはし やすひさが貧乏ゆすりをして、舌打ちをする。


「あいつ、まさか。こんな大事な儀式に出ないつもりなのか……まったく」


 数十人いる陰陽師の行列の中、泰久はそっと抜け出し、康成を探しに狩衣かりぎぬを持ち上げて走った。


 スズメが庭園に集まり、屋敷の屋根の上に飛び立った。ぽちゃんとカエルが池に落ちている。ハスの葉が浮かんでいた。


 布団の中にもぐり込んで爆睡していた。



――土御門 康成の夢――


 東京の地で酒吞童子と闘い後、世界のすべてを失った土御門 迅の死後、深い深い海の中、儀式の時しか着ない白い狩衣で膝を抱えて沈んでいた。

 水が落ちる音が響く。

 頭の中で今までの記憶がすべて走馬灯のように映し出されている。

 天国でも地獄でもない飛ばされた意識の中、ただ静かに動かなかった。


 闇の世界が、地上から細く光が差し込んだ。声が響く。どんどん大きくなっている。あまりにもうるさい声にたまらなくなって、上に浮かびあがった。


 目を覚ますと、そこは昔ながらの畳の匂いが広がった和室の中だった。たくさんの汗をかいて寝巻の着物はびしょ濡れだった。


「土御門!! 何をやっている。さっきから何度も起こしてるだろ。いい加減起きろよ!!」


(こいつ、誰だ? じいちゃんの友達か?)


 大きな声で叫ぶ男は、神社の神主がよく着る白い狩衣を着ていた。迅は、平安時代の土御門家の祖先 土御門 康成になっていた。土御門 迅からするとかなり遠いおじいちゃんということになる。


「ああ?!」


 現代の迅が憑依しているのかそのものに転生したかはわからない。口調が現代風になっていた。倉橋 泰久はかなり驚いて、口をあんぐり開けていた。低血圧で機嫌が悪いのはいつものことだが、こんな喋りをしたことがない。警戒して、飛んで離れた。


「あ……お前、低級霊でも憑いてるのか? 俺が除霊してやる」

「え、いや、その。違う違う!!」


 突然の口調の変化に倉橋 泰久は霊にとりついてるのかと慌てて、お札を出したが、土御門 康成の体にいる迅は、危険を察して逃げ回った。


「い、今、起きます! 起きますから!」

 寝巻から、儀式用の白い狩衣に着替え始めた。何だかいつもと調子が狂うなと思いながら、身なりを整える。寝坊するのは現代と同じだと改めて、落胆する。


(おじいちゃんも寝坊してたんだなぁ……いたっ)


 愚痴が聞こえたようで空中から扇子でたたかれた。後ろを振り向くと誰もいない。さらに前を向くと、本物の土御門 康成の霊体がぷかぷかと浮かんでいた。


「はぁ?!」

(土御門 迅。お前なぁ、わしが寝坊するわけならろう。お前をたたき直すためにここまで連れてきたんだ。一から陰陽師の勉強をしなおせ。ここから初心者から丁寧に教えてくれるぞ。わかったか!)


 どうやら、あまりにも見かねた祖先の土御門 康成が土御門 迅の霊体を現代から引っ張りだしたようだ。また扇子で頭をたたかれた。


「いってーって!」


 霊力が低いせいか、倉橋 泰久には見えていかなった。


「何をしてる?! 一人芝居か?」

「え、いや。違います。えっと……」

「いいから、行くぞ。儀式はとっくに始まってるんだぞ!!」


 着ていた狩衣をぐいぐいと引っ張られて、鬼気祭の会場に向かった。舞台側に立つ土御門 康成に入った迅は、周りから怖い目で睨まれていた。霊体の康成は、呆れた顔をして、両手を上げる。


「どこの時代でも、結局は無能な陰陽師なんだよなぁ……」


 ボソッとつぶやいたはずの霊体の康成の声は、舞台に立つ肉体の康成(迅)は、地獄耳だったようですっかり聞こえていた。


「無能っていうんじゃねぇ!!」


 その一言でじろりと陰陽師たちは睨み続けて、空気が重かった。


(この緊張感半端ねぇ。今すぐ現代に戻りたい。マジでここで修行なんて勘弁して!!)



 心の声は、空にまでこだまする。肉体の康成(迅)の横にいた安倍晴明は何も話さずに折り紙で作った鶴をそっと空に向けると、一瞬にして白鷹に変わった。陰陽師の力で式神を送り込んだ。さらに参列していた陰陽師たちも折り紙を白鷹に変えて、都に結界を張り巡らせた。これで妖怪や鬼が近づくことはない。


 雲ひとつない空に平安京は今日も平和であった。

 これからここで土御門 迅は、土御門 康成の肉体に入り、長い長い陰陽師としての修行が始まっていく。



【 完 】

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