暗雲が立ち込めてくると、辺りは土砂降りの雨が降っていた。森の中にひっそりと立つ大きな神木では、鬼へと変貌した迅が白狐兎の首を抑え込み、義眼を光らせようとしていた。力が強すぎて逃げようにも逃げられなかった。生と死かどちらかと差し迫る頃、忍者のごとく素早い動きの鬼柳が空から駆けおりて、迅の体に覆いかぶさった。
「白狐兎!!」
嫌な気配を感じた狐次朗は、2人がいる森へ入ってすぐに大声で叫んだ。迅の手が白狐兎から離れると、ゴホゴホとせき込んだ。狐次朗は、そっと背中をさする。獣のようにうなり叫ぶ迅を制止する鬼柳はみぞおちに肘うちをくらわすとかくんと倒れこむ。脇で体を抱えて、身軽にジャンプした。
「鬼になった迅は、俺が引き受ける!!」
咳こみながら、白狐兎は腕を伸ばして鬼柳に訴える。横では狐次朗が何もするなとおさえようとする。
「待ってくれ! まだそいつ、迅は、まるっきり鬼になったわけじゃない!! さっき、葛藤しながら言ってたんだ。『俺を殺せ』って。野太い声の間にあいつの声も混ざってた。まだ人間の心持ってるんだ!! それで無ければ、すぐに俺を殺すだろ。耐えていたんだよ!!」
「白狐兎、殺されそうになったお前が何を守るんだ。何も言うな。何もするな」
父の狐次朗は、かたくなに白狐兎の腕を引っ張り、引き止めた。鬼柳は、後ろ姿のまま脇に迅を抱えて、ふっと口角をあげる。
「案ずるな。悪いようにはしない。俺に任せろ」
身も心も鬼になったはずの鬼柳が迅を助けるというのかと疑いの目で見つめる。でも今は信じるしかない。首を絞められていまだにのどの部分が苦しくなった白狐兎はせき込みながら、地面に手をついて、四つん這いのかっこうになった。
「鬼柳さん信じろって、さっきまで酒吞童子の言いなりだったじゃねえかよ!?」
力を振り絞って、瞬間移動で顔の目の前に拳を振り上げた。気迫で顔を殴れない。力の強さが違う。
「……落ち着け。急いで、浄化しないとマジで迅は鬼になるんだ」
「信じろってか」
「ああ」
鬼柳と白狐兎とのしばしにらみ合いが続く。緊迫した空気の中、狐次朗は息をのむ。すると、迅のいびきが響き渡った。
「白狐兎、もういいから。任せてしまうんだ」
「チッ……」
出した拳をひっこめた。沈黙が訪れると、ささっと鬼柳は迅を脇に抱えて消えて行
った。
「脅威の鬼の力を迅君は取り込んでしまったんだな。信じて、待つしかないな」
「あいつ、まだ残ってるから。鬼柳さんの言ってることが本当ならまだ元の姿に戻れるのかもしれない。信じるしか今はできないのか」
狐次朗は白狐兎の肩をバシッとたたいた。降っていた雨がやみ始める。木と木の間から光が差し込んだ。
「白狐兎~! 早く、まやかしの術といてよぉ」
空狐がやっと鬼の気配が消えたことを確認して、叫んでいる。水たまりを飛び越えて、波紋ができた。
「まやかし? ……ああ、忘れてた。んじゃ、ラッキーは生きてたのか」
「知らずにずっといたの? いつまで、つっちーにラッキーの残酷な姿見せるのかと思っていたよ」
「そっか、そうだよな。今、やるよ」
白狐兎は、負傷した体を手でなぞり、術を使って回復させた。空狐の後ろを追いかけて、森から狐の里へ向かった。狐次朗は念のため、残っていた鬼の邪気を払った。
強い結界の念術を使い、森の中にも張り巡らせた。
「これでよし!」
「父さん、ばあちゃんのうどんってきつねうどんだよな」
「……え? 油あげ切らしていたから、白狐兎はたぬきうどんでいいよなって言ってたぞ」
「は?! 俺、天かす嫌いなの忘れたのか。ばあちゃん。んじゃ魁狸が出たのはそのせいじゃないのか」
「大丈夫か? あいつは、酒吞童子の手下だろ?」
「……そうか。俺は狙われたんだ。迅がいたから」
「まぁ、狐の里に乗り込むとはなぁ。あいつも根性が出てきたってことだな。一度懲らしめたはずなんだけどなぁ……」
孤次朗は、腕組をして考える。白狐兎は、手を合わせて、犬小屋の前のまやかしの術を解いた。死んだと思われていたラッキーの体は無事、生き返ることができ、平和な空間を取り戻せた。
「ラッキー、ボールで遊ぶよぉ」
空狐と風狐は、仲良く柴犬のラッキーとボール遊びを楽しんだ。投げたボールが白狐兎の頭に当たり、たんこぶができてしまった。
「ラッキー!! 俺のボールを受けて見ろーーーー」
イライラをボールに込めた。白狐兎は、天高くボールを投げた。嬉しそうにジャンプするラッキーの姿があった。