森の中で
歯を食いしばって、力を倍増させる白狐兎は、手のひらから青白く光る弓矢を作りだした。札も一緒に取り出し、念を唱える。
『白虎の雄たけび』
地面に光り出す魔法陣の上から白く輝く白虎の姿が現れた。白狐兎は放った弓矢ととともに攻撃するよう指示をする。青白く光った矢に白虎はおたけびをあげて、霊気を強くさせた。攻撃力が倍増し、矢が大きくなって、大嶽丸の顔の目の前に狙ったが、見事に避けられる。
「今度はこちらの番かな?」
大嶽丸は、ぽきぽき骨を鳴らして、地面を思いっきり殴りかかると、一気に周囲の木々や地面がひび割れていく。一瞬大きな地震が来たかと思うくらいだ。白狐兎は負けじと高くジャンプして、枝の上に飛び移った。
「こんなのまだまだだ」
白狐兎は、全然攻撃になってないことを強気で叫ぶが、次の出来事には自分の目を疑った。白狐兎に体当たりされて、負傷した迅が起き上がり、顔に倒した魁狸の血を浴びて、前がよく見えなかった。腕で拭って、すぐに大嶽丸の横に立つ。青かった義眼の目が、赤く光り出す。
『狐はどこだ』
誰の声が、野太いもので迅の声ではない。目も尋常じゃない。顔もほとんどが鬼に侵食されている。
「おう、強い味方ができたなぁ」
大嶽丸は楽ができると笑って、迅の背中をたたいた。
たたかれたことに憤りを感じた鬼に侵食された迅は、大嶽丸を強く睨みつけて、赤くなった目が青くまぶしい光を放った。もう獣になっている。人間の思考はどこに消えてのか。大嶽丸は、迅が触れることもなく一瞬にして砂のように細かく砕かれてしまった。体は地面にさらさらと落ちていく。
「おいおいおい。迅、マジかよ。お前、いかれちまったのか?!」
白狐兎は、迅の強烈な強さに足がびくついて後退していく。話しかけても返答がない。恐れおののいて、自分まで殺されるのはないかと感じた白狐兎は、地面を蹴とばして狐の里まで走った。まだ迅は追いかけてこない。何を考えているのかじっと立ち尽くしたままだった。見たこともない迅の姿に白狐兎は逃げるのに必死だった。
「白狐兎様!」
そこへ狐の里の
「おう。影豹。どうした。俺は今から家に帰るんだ」
「いやいや、そんなゆったり会話してる場合ですか。迅さん、やばいじゃないっすか」
「だから、俺にあいつ制御できないっつーの」
「確かに妖力が……」
その言葉を発すると、迅は、瞬間移動で白狐兎の前に来ていた。まさかの出現に驚いて、足がとまる。影豹と会話していたはずの白狐兎の姿が忽然といなくなった。
「え、白狐兎様?」
暗くなった森の上では式神カラスたちが騒がしく鳴いていた。
◆◆◆
狐の里の神社の祠の前で父の狐次朗は妙な気配を感じた。暗雲が立ち込める。こめかみがズキンと痛い。
「白狐兎……」
息子である白狐兎の危険を察した。狐次朗は空狐と風狐とまりつきで遊んでいる八重子に声をかけた。
「森に行ってくる。風狐と空狐のこと頼んだぞ」
「え? 何しに行くんだ?」
「白狐兎の気が小さくなってる。あいつが危ないんだ。迅の力が大きい」
「あ、まさか。あの子の力が解放されてるのか」
「制御してやらないと……」
狐次朗は、鼠色の着物を白い紐でたくし上げた。
「つっちー、大丈夫なの?」
「鬼になっちゃう?!」
「私が何とかする。お前たちは建物の中に入ってなさい」
「「はーい」」
「気をつけてな」
「わかってる」
危険を察した狐次朗は、3人を安全な場所に誘導する。地面を蹴り上げて、神木よりも高く飛んだ。枝から枝へ飛び移り、迅と白狐兎がいる場所へ急いで駆け抜けた。
風が強く吹きすさぶ。木々の葉が大きく揺れ動くと、雨がぽつぽつと降ってきていた。迅の犬歯からよだれが垂れ始めていた。