ふっと、意識が野越正幸の想いから離れて、自分の体に戻ってきた。どこから吹くのか風が迅の銀髪を靡かせる。隣には遺体の確認をする白狐兎の姿がある。
「お金をがっぽり稼いでもどこまでも満たされない欲求か……。餓鬼と同じ生活してるんじゃ元も子もない生活じゃたまったもんじゃないよな」
「お前は、家もなければ、お金もなくて、伸びしろたっぷりあって、最高だよな」
「……うっせえよ。餓鬼に食べられた人は、ホームレスになっても幸せな人だったんだよ。みんなから慕われてさ。お金が無くても人望が厚かったんだ。羨ましかったんだよな。だからその能力ほしくなったんだろうよ。人の力を奪っても意味がないのに……」
餓鬼に食べられて亡くなったおじいさんを2人はそっと手を合わせて、拝んだ。悔いのない人生を送っていた人だったようで、霊体は静かに上へと流れて行った。そこへ砂利を踏むたくさんの人がやってきた。
「お疲れ様です! 事件ですか」
通報を受けてきた警察官が、何人もやってきた。迅と白狐兎と顔なじみだった。救急車も呼んでいたようで、救急隊の姿もある。
「おう。斎藤さん、お疲れ様です。除霊は無事済んだから。このおじいさん、よろしく頼んだわ」
「はっ! 承知しました」
敬礼をして、亡くなったおじいさんを連れて行った。名前は
ボランティア団体の櫻田 昌俊ともお酒を飲む仲間でもある。事業展開を新たに進めてもここに住むことはやめなかった。無償で誰かを助けることに得られる幸福感がたまらなかった。お金があっても、仲間のことが忘れられず、ホームレスになったまま人との接することを常に大事にする人だった。
「亡くなってほしくない人が亡くなるなんて、世の中間違ってますよね」
櫻田はボソッとつぶやいて、涙をぬぐう。
迅は、静かにその場を立ち去った。慌てて、白狐兎を追いかける。
「そういや、なんで、札なかったんだよ。重要だろ?」
「実家に入れなかった」
「は?」
「いつもじいちゃんに札を作ってもらってるんだよ。神社に入ろうとしたら、俺の顔を見てすぐに分厚い結界張りやがったんだ。あの、くそじじい!」
「お前、今、半分鬼の姿になってるもんな。ウケるな! ハハハ、追い出されてやんのー」
爆笑して、迅を指をさす白狐兎に額に大きな筋を作る。
「笑うな」
白狐兎の目の前に突然炎が舞い上がる。札が無くても技が使えるようになったが、ちょっとの怒りでも炎が出て歯止めがきかなくなる。
「あちちちち……」
白狐兎は、ジャンプして逃げ惑うが、炎はどこまでも追いかけてくる。
「バカにするからだ!」
迅は、機嫌悪くしてその場から立ち去った。左義眼は青く光ったままだった。
◆◆◆
空にあぐらをかいて浮かぶ酒呑童子は、残念な顔をして舌打ちをする。
「もう少しで餓鬼が迅の力を奪えそうだっただなぁ。まぁ、妾が鬼の力制御できるようになったからいつでも奪えるなぁ。ゆっくり味わうか。なぁ、鬼柳。お前も協力しろよ」
「御意」
鬼柳は、深くお辞儀をして反応した。酒呑童子は、禍々しく嘲笑いながら、姿をすっと消した。
「何か気配がする。気のせいか。腹減ったぁ。豚汁食べるかなぁ」
「あ、土御門さん。ごめんなさい」
「え? まさか」
「そうです。完食です。みなさん、綺麗に食べていただいて、本当にうれしいです」
「……俺のご飯」
迅のお腹が大きな音を立てて響いた。迅は、膝をついて、泣き崩れた。
「食べておいてよかった」
白狐兎は口笛を吹いて通り過ぎる。
広い河川敷の芝生では、平和に小学生たちが野球を楽しんでいた。