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第89話 満たされない鬼との対峙 弐

 まだらに広がった石畳が続いていた。少し離れたところに鉄道橋があった。川の水が昨夜の雨で増水している。ピチャンと水音が聞こえてくる。黒い煙のような空気がある。何かが集まっている。邪悪な雰囲気がする高架下あたりでリップノイズ音が響いていた。


 迅の顔半分がズキンと重く念が伝わる。ズキズキと左側付近が頭痛がした。血管が浮き出てくる。鬼の力が少し戻ってしまっている。

 横たわった男性の横で、2体の鬼が血だらけになって何かを食べていた。1体は、自分の頭を勝ち割って、脳みそを取り出し、ぺちゃくちゃとむさぼっている。もう1体は仲間を増やそうと、ホームレスのやせ細り、白髭のおじいさんの顔をぐちゃぐちゃにして、上から順にむさぼろうとしていた。もう見るも無残な姿だ。助けようがない。


 食べても食べても欲を満たすことのない餓鬼がきだった。体は骨が見えるくらい細く、お腹だけはぽっこり浮き出ていた。


「気持ち悪いなぁ……」

 口をふさぎたくなる思いでそっと近づきながら、ズボンのポケットから札を出そうとすると、空っぽだったことに気づいた。


「やばっ、札が無かったんだ」

「おいおい、こんな時に何、やってるんだよ。そんなもたもたしていたら、餓鬼に食べられちまうよ」


 迅は、左右のポケットを調べるが、何も入ってないことが分かった。白狐兎は、札を準備して、地面に魔法陣を出した。術を唱えようとすると、先に餓鬼たちがこちらに気づいてジャンプして迫ってきた。


「美味しそうな生き物。うまそうだなぁ……」

「食べたら強くなれそうだ……」


 迅の頭にしがみつみ、身動きがとれない。白狐兎は、背中にずしっと乗っかってきた。


「くっそ、重い。よけろ!! 邪魔だ!」


 白狐兎は必死で体を振り払い、しがみつく餓鬼をよけようとするが、しつこく絡みつく。迅は、顔全体を体で覆われていた。


「近づくんじゃねぇ!!!」


 札がない迅は、どうすることもできず、感情のまま怒りを現した。

 見ることはできない義眼の青い瞳が光り始めた。鬼の状態の顔半分の血管はぞわぞわと浮き出ると、顔にくっついていた餓鬼は青い炎に包まれて消えていった。一瞬の出来事だった。


「き、消えた?」


 拍子抜けをしていた。自分の力ではない。侵食していた鬼の力が発動したらしい。白狐兎は、その様子に開いた口がふさがらない。ぼんやりしていると、左肩をかぶりと餓鬼に噛まれてしまっている。


「いったー!! 何するんだよ、てめぇ!!」


 何かされると警戒した餓鬼は、ジャンプして逃げた。白狐兎の皮膚がおいしくなかったのか、食べ残した死体の続きを食べようと戻っていく。


「な?! 逃げるってどういうことだ?」

「お前の体が美味しくないってことじゃねぇの。ほら、人間じゃなくて、元は狐だから。毛玉とかあったんじゃねぇ?」

「はぁ?! 狐様、なめんじゃねぇぞ!?」


 憤慨した白狐兎は、逃げた餓鬼を追いかけて、術を唱える。まだ人間をむしゃむしゃと食べ続けている。さっきまで自分の脳みそをむさぼっていたものだ。


『朱雀の炎舞!!』


 魔法陣から現れた四神の朱雀が大きな翼を広げて、餓鬼に勢いよく口から炎を吹き荒らした。食べていた人間もろとも燃え盛り、砂のように消えていく。消えかかる前に餓鬼は人間だった頃の姿を映し出し、やっと終わったとほっとした顔をして消えていった。餓鬼の想いが迅の脳裏に送り込まれ来た。





―――――餓鬼になる前の人間 野越 正幸のごし まさゆき


 ポットのお湯が沸かす音が部屋の中に響いた。野越 正幸は、自宅で株取引に勤しむ投資家だった。パソコンに向き合って、グラフ化される数値と向き合い、今日はどこに莫大なお金を投資するかと考えていた。

 朝に食べるものは、栄養補助食品と呼ばれるビスケットのようなものを食べて、片手にはインスタントコーヒーだ。

 一人暮らしをするようになってからまともなご飯を自炊したことがない。優待券を使って投資先の飲食店をめぐることもあるが、食事には無頓着である。すきっ腹になっても平気な人だった。

 体を動かさない。散歩もしない。脳を使うことに集中していた。

 住む場所は、タワーマンションの最上階。人が小さく見えるのをまるで王様になったように眺めるのが好きだった。人との交流は滅多にしない。邪魔してくるものはすぐに排除する。お金には苦労しないが、誰も彼も近寄ってこない。人に恩を受けても恩は返さない。自分のことだけ考えていた。


 そんな時、これからこの会社が注目されているぞと知り合いの投資家から連絡があった。だが、投資することはしなかった。その行為がよくなかったらしい。


 孤独を貫く、野越は、言う通りにしていたらきっと法に触れるだろうと素知らぬ顔をしてやり過ごしていると、1ヶ月前に電話をかけてきた友人が押し掛けてきた。


 インターフォンがなり、有無も言わせず施錠し忘れたドアが勢いよく開いた。


「野越!? お前のせいだ。お前が投資しなかったせいで、あいつの会社が倒産したぞ!! 絶対許さねぇ、お前だけは」

 胸ぐらをつかまれて、壁に追いやられる。


「おいおい、突然入ってきてそれはないだろ。そもそも、ここに投資しろとか誘導するってよくないだろ。お前、上場企業の一員じゃなかったのか。逮捕されるぞ」

「つぶれるかどうかの瀬戸際の会社を救おうとして何が悪い!! 資産たっぷり蓄えやがって、もっと世間にばらまくべきだろ。お前の金の回し方は天罰下るぞ!!」


 反対側の壁に押しやるが、相手の方が強かった。腹が立った上場企業に勤める西山智史にしやまさとしは、野越の頭にいつか取ったゴルフコンペのトロフィーで殴った。頭蓋骨強打した野越はその場に崩れ落ち、床に大量の血を流した。ゴロンのトロフィーが落ちる。


「お、俺は、何もやってない。お前が悪い。お金をすべて自分のものにするからだ!! 人の気持ちも無視しやがって……ちくしょ!!」


 西山はうろうろとアイランドキッチンの前を回ったかと思うと、走り逃げて行った。


 野越のマンションの部屋で、天井近くをふわふわと浮いていたのはあぐらをかいた酒呑童子だった。舌なめずりをする。


「これは、もう。鬼の要素満載だなぁ……独身男の最期にぴったりの役目さ。わらわのために生きよ」


 頭部外傷により即死になった野越 正幸の近くに寄りそり、指をパチンと鳴らす。肉体はそのままに霊体が宙に浮く。酒呑童子が用意した餓鬼の肉体に吸い込まれていった。


「うわわわぁぁーーー」

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