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第87話 狐の妖力 弐

 狐の里の中央の池には色鮮やかなオレンジ色の鯉が5匹ほど優雅に泳いでいた。イチョウのの木から落ちてくるひらひらと黄色の葉が池の水の上に静かに落ちると、波紋ができた。赤い鳥居を超えた里の中央で、和太鼓の音が響いていた。


 狐の面をかぶり、着物に家紋を描かれた法被を着た白狐兎、風狐、空狐が、扇子や鳴子を持って神聖な踊りを踊っていた。神様に捧げる舞とともに、厄除けにもなり、外野からの邪気を受け付けない。人間である陰陽師の迅が狐の里にいることによって、強力な魔力で妖怪や鬼に気づかれてしまう。魔力をかき消そうと必死に踊って、太鼓や琴、尺八を鳴らし、大きな結界を張っていた。奏でる音楽は聴き心地が良く、癒されていた。


 迅は手術を終えて体力が回復すると、広場に出た。周りの景色に圧倒されて、そのまま、目をつぶって聴き入っていた。


 新しい狐の仮面をつけて舞を踊っていた白狐兎が、目を覚ました迅に気づいて、近づいた。


「迅、もう大丈夫になったのか?」

「……面つけてるし」

「いや、つけるよ。壊れたからな、新しい仮面にしたんだ。んで、俺のことはいいんだよ。大丈夫なのか?」


 ミイラのようにぐるぐる巻きにつけていた包帯をそっと外した。まだ和太鼓は鳴り続けている。風に流されて、包帯は地面に落ちた。そこへ空狐、風狐も駆け出して迅に近づいた。白狐兎の父、狐次朗が手術をした目には縫い目の跡が残っていた。


「すっげー、目が青い。てか、まだ顔半分の鬼の術が解けてないんだな。いいのか、それで」

「……つっちー、かっこよ! 何それ、前より良くない? 強そうなんだけど」

「ちょ、待って。空狐ちゃん。前の方がいいってひどくないかな」

「私も今の方がいいと思う。鬼の力もありそうで……妖怪も近づかないかもね」

「確かに。前は変にホストみたいにかっこつけてたからなぁ。今の方が妖怪っぽくていい気がする」

「誰が妖怪じゃ、ボケ!! 俺は、陰陽師だっつーの。お前ら、狐と一緒にすんじゃねーよ!」


 舌をぺろっと出して、あっかんべーをする迅に3人は逃げ惑う。面白がって、鬼ごっこをはじめていた。


「……迅!」

 そこへ、手術着から普段着である着物へ着替えた狐次朗が後ろから声をかけた。


「あ、はい」

 緊張感が漂う完全なる人間に変身している狐次朗に迅の体は固まった。


「顔の上の部分だけ鬼の妖気が残っているが、私の術で少しずつゆっくりと解いている。時間がかかるが、酒吞童子からの監視はもう無くなっているはずだから安心しろ」


「あ、ありがとうございます。助かります。いや、本当に。一時は本当にそのまま鬼と狼の力に取り込まれて自分じゃないように感じましたけど、今は、もう大丈夫です。さすがは、白狐兎のお父さんですね」

「……せがれは役に立っているか?」


 後ろ向きに目をつぶって、迅に問う。父の立場から白狐兎は何かと心配のようだ。


「あー、いや、そのー、たぶん大丈夫です」

「そうか」

「おい! 迅、たぶんってどういうことだよ!? そこはもう完全に大丈夫だろうが!」


 迅は白狐兎より強くありたいがゆえに言葉を濁した。


「あの、全然役に立ってないときもありますから。詛呪対策本部での白狐兎と言ったら、何をしていると思います? 知恵の輪やニュートンのゆりかごをずっと見てるんすよ。仕事もしないで。マジで困ってるんですよね……」


「クソ迅!! てめぇ、おら、こっち来ようか!!」


 イライラとしている白狐兎を両脇でとめているのは空狐と風狐だ。プンスカ怒りが収まらない。狐次朗は真剣に迅の話を相槌を打って聞いていた。父親に仕事の告げ口をされて、白狐兎はたまったものではない。


「白狐兎、諦めなよ!」


「そうだよ。人とのコミュニケーションとれないのは昔からでしょう。狐同士でもすぐ喧嘩するんだから。とにかく、落ち着いて! つっちーに喧嘩売らないの!」


「ちっくしょーーー、覚えてろよ! 土御門 迅!!!」


 白狐兎の声が狐の里にこだましている。お祭り騒ぎのような儀式の舞が終わった。

 迅の目が青白く光って、こめかみがズキズキと痛む。


「……来た。前より反応が強く出るな、ここに」

「妖気か? 気をつけろ。油断するんじゃないぞ」

「ありがとうございます。白狐兎、行くぞ!」


 地面をけり上げて、ヒノキの木のてっぺんにいる烏兎翔までジャンプして、翼を広げた瞬間に足をつかんだ。


「全回復してパワーアップした俺は尋常じゃねぇぞ」

「はいはい。調子乗って、命取られんように気をつけな」


 迅の手を足で受け止めた烏兎翔はそっけない態度で人間界につながる虹色の丸い窓に向かって飛んで行った。


 地面の方でわーわー、迅に対する愚痴がとまらない白狐兎は狐次朗からお叱りを受けて、ようやくやる気を出した。頭にはたんこぶを作っている。


「この年になって、親父に頭殴られるとは思わなかった……」


 白狐兎の式神カラスのメスの真妖まよは、何も言わずに翼を広げて進んでい

く。誰にも相手されないんだと落ち込んだ白狐兎は、ずっと口を閉じたまま話さなかった。





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