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第86話 狐の妖力 壱

――――狐の里


 風が強く吹きすさぶ頃、枯れ葉が次々と舞い散っていた。赤く大きな本殿の狐の里では、カラスたちが群れをなして旋回していた。参道にあるケヤキ、クスノキ、 榊が葉を大きく揺らしていて、まるで訪問者を出迎えているようだった。森の中にある狐の里は、生粋の人間を中に入れることは滅多にない。妖力を持ったものが入ることができる。

 空狐と風狐は迅の両脇を抱えて、瞬間移動で鳥居の前に姿を現した。人間としての迅の意識ははっきりしていない。いまだに獣のようなうなり声を鳴らしている。



―――俺は鬼には絶対になりたくない。


 10歳の頃、迅は、酒杏童子に青い鬼にされた過去がある。どうにか人間に戻ることができたが、本来の陰陽師の力を半減した。その時から鬼になってしまった時のトラウマがある。すべて過去の記憶が飛んでしまうことだ。思い出を取り戻すまでかなりの時間がかかっていた。不本意にまた酒杏童子に力を奪われて、目に術をかけられた。機械のGPSのごとく、監視されるというものだ。ただ、見えなくなってケガをしただけじゃない。なかなか解けにくい術で強烈なものだった。


 たくさんの狐の精霊に囲まれたベッドの上、大量に出血していた迅の目の手術を行われていた。手術だというのに、やけに神聖な空間で癒されていく。白狐兎の父、狐次朗こじろうは、ほとんど白い髪と白い髭を生やし、重厚感のある表情で、処置に加わっていた。祖父の嘉孝よしたかは目をつぶり、部屋の端にある椅子に座り、杖をおさえながら、手術が終わるのを待っていた。


「このまま、この陰陽師の目が見えなくなったら、代わりのものをいれるんじゃろ」

「……ええ、そうですね。そうしないと、いつまでもあいつに追いかけまわされますね。それは、白狐兎が一緒に行動するには多少難儀なものとなるでしょう。一刻も早く、土御門家の力と結束して、酒杏童子の力を滅したいものです」

「まぁ、ここに入ってくることは不可能じゃろう。結界は強力なものに張り替えておいたからな」

「ありがとうございます。もうすぐ、処置が終わりますよ。狐の力を封じ込めた青い光の義眼を埋め込めました」


 狐次朗は、汗を拭って処置を終えるとガウンを外した。人間界では外科手術のゴットハンドと呼ばれるくらいの名医だった。嘉孝は、無事に手術を終えたことで安心してため息をついた。


「どんな年を取ってもお前の手術は緊張するんじゃ」

「息子は心配するほどの力ではありませんよ。お父さん」

「ふふふ……」


 手術をした部屋からそっと2人が立ち去った2時間後、1人むっくりと上半身を起こした迅は、目が片方見えないことに違和感を覚える。左手で目のあたりを確認する。何かが埋め込まれている。強い力を発する何かにキーンという音が鳴る。ベッドから跳ね起きて、大きな鏡で自分の姿をじっと見つめると、今までこげ茶色の瞳だった左目が青く光る瞳に変わっていた。さらに狐の念が封じられてるのがわかる。酒杏童子の力でいっぱいだったものが狐の力により消え去っていた。


 瞬きを繰り返して、目の中に義眼を慣れさせた。そっと自分の顔を触れた。


「妖力、パワーアップしたみたいだ。白狐兎の父さん最高だな……」


 看護師代わりの狐の精霊たちは、何も言わず迅を温かく見守った。体が全回復した迅は、勢いよく、部屋から駆け出していった。


 どこからともなく、和太鼓を打ち鳴らす音が聞こえてくる。迅は、音がする方へ吸い込まれるように進んでいった。

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