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第84話 妖怪たちが横行闊歩する 伍

 ビルとビルが立ち並ぶ街の真夜中の雑踏。追いかける妖怪や逃げ惑う人間たちの悲鳴が響いている。地面には炎があちこちと散らばっている。いつもはビルから漏れる電気の明かりで広がる街は、妖怪まみれの中、炎に包まれていた。


 白狐兎と迅が、灰色ねずみからぬりかべになった妖怪を倒した後、すっと静かになったかと思ったが、迅は、ハッと息をのんだ。周りのオーラが変わった。空気がぴんと張り詰める。想像も絶するような威圧感があふれ出す。白い息がはっと広がる。


 目の前に陰陽師の力を奪おうとする酒吞童子が仁王立ちし、口角を上げて、こちらを睨みつけている。


「罠をしかけなくても、捕まえれるなぁ。これは楽ちん楽ちん。さぁ、我の餌食となろうか?」


 下唇に人差し指を置いて、よだれを垂らす。迅の力を吸収できると思うとたまらなくて仕方ない。酒吞童子は、握りこぶしを作ると筋肉がむきむきと動き出した。白狐兎は後ずさりをする。それでもなお、腰のあたりで両手をつかみ、周辺のまやかしの術は忘れずに唱えていた。その気配を感じた酒吞童子は、指をパチンと鳴らして、白狐兎の術を解いた。


「結界を張っていたのか。お前かぁ。どおりでキナ臭いと思ったなぁ。さーて、どうしようか?」


 口角をあげて、酒吞童子は楽しんでいるように見えた。腰につけておいたお酒の瓶を浴びるように飲み干した。迅は、恐れの反応で額から冷や汗をかいていた。白狐兎は、まやかしの術をほどかれてどうするかと右往左往していた。


「白狐兎、任せろ!! 何とかなるわ」

「な、何とかなるってか。死んだら終わりだぞ」

「わかってるっつぅーの。俺は小学生か!」

「……ちッ」


 白狐兎は、何も手柄をとれないことに舌打ちをした。迅は腕を大きく広げ、準備体操を始める。地面すれすれの伸脚をし、遊んでいるじゃないかと余裕を見せつけた。もちろん、酒吞童子はその姿に苛立ちを見せ、挑発は成功した。

 迅は、地面に魔法陣を作り、指をパチンと鳴らすと、32階建てビルの屋上から飛び立っておりてきた烏兎翔を左手首の上に乗せた。


「やっと、来たな。遅いぞ」

「……式神カラスにも休息が必要だ。そんなことより急いで唱えろ」

「はいはい。わかりましたよ!」

 迅は、左手を天高く振り上げると、烏兎翔は大きく翼を広げた。迅は顔の目の前に札を出した。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 強敵であるにも関わらず、魔力が弱っているせいで、強い術が唱えることができなかった。怒り心頭の酒吞童子にかまいたちが空中をぐるぐると回って、しゅんと消えた。傷ひとつも加えることができていない。


「ちくしょー……。だめか。そしたら、もう直接攻撃しかないな」


 手のひらから青白い霊剣を取り出して、さらに筋肉が大きくなった酒吞童子の体にめがけて振り下ろそうしたが、体そのものが刃物のように固く、カキンと高音が鳴り響いた。


「ははは、これで我に勝とうとしたのか?! 我もずいぶんと下に見られたものだなぁ~!! 自ら近づくのならこっちのものよ。さぁ。お前の力をいただこうとしようか!!」


 手に持っていたアイスピックのように細い刃物をしゅんと振ったが、迅は素早くよけた。何度か右、左と霊剣の打ち合いが続く。ジャンプして、間合いをとった。


「まだまだ、勝負はこれからだ」

「怖気づくのはどっちだよ!!」


 お互いに息が荒い。その戦いをハラハラと様子を見ていた白狐兎は、迅の命が危ないじゃないかと気になって、無謀にもまやかしの術を唱えた。酒吞童子はそのことに気づかずに霊剣の迅と自ら持つ刃物とのうち合いが続く。迅の周りには半径2mほどの結界が張られていた。一瞬、体力が削られて、ふとため息をついた瞬間、酒吞童子は結界に気づき、まやかしの術を解く術を唱えようとしたが、迅が霊剣で迫ってくるのをとめるのに必死になった。迅は気を緩めた瞬間、時間が止まった。


 酒吞童子が持っていた刃物が迅の左の眼球に突き刺さっていた。まやかしの術を唱えていた白狐兎は、きっと大丈夫だろうとたかをくくっていた。双方でやり取りをしているうちにまやかしの術を解いていた酒吞童子の力により、体の下半身部分にしかまやかしの効果はなかった。迅の上半身は、生身の体そのものだった。


「うぅううううううわわあああああ」


 迅は自力ですぐに刃物を抜くとカランと地面に刃物が転がった。左眼球からはこれでもかと大量の出血が流れ落ちていく。左瞼を開くことはできない。眼球がどくどくと痛み、血液が急いで運んでいるのがわかる。


「これでお前の目は我のもの。陰陽師の力など、我の足元に及ばないな!!!」


 酒吞童子は、刃物で刺した瞬間に迅の魔力を吸い取っていた。四つん這いの姿になって、崩れていた迅の横を白狐兎は急いで回復の術を唱え始めた。


「大丈夫か。待ってろ……今最低限の回復はできるはずだ」

「……ああ。助かる」


 白狐兎は珍しく優しく対応していた。迅は、まさかの事態に衝撃を受けたが、白狐兎の優しさにほっこりした。


 ビルの屋上で、しっかりと迅と酒吞童子の戦いを見ていたのは鬼柳だった。青鬼や赤鬼を差し置いて、その場から身軽にジャンプして、酒吞童子の数メートル横に降り立った。


 鬼柳は頭に小さな角を2本生やして、やってきた。もう通常の人間には見えない姿だ。


「おう、鬼柳。いたのか。人間たちを喰うのは久々だろう。たっぷり食べていけ」

「…………ええ。まぁ。そうですね」

「好きにするがよいぞ。我はそろそろあっちの世界に戻る。陰陽師の力はちょっとずついただくのがいいと言うからな。あまり奪いすぎるとこちらの力が消耗するからな。そーだ。鬼柳。こやつらをお前が食べておけ。あとで私がお前の力を奪おう。それがいい。それがいい……ははは」


 酒吞童子は、嘲笑いながら、一瞬にして姿を消した。予想以上の体力消耗に疲労を感じていたようだ。


「御意!」


 酒吞童子が消えるのを見送ってから鬼柳は、目を赤く光らせて、じりじりと負傷している迅と白狐兎のそばに近寄っている。一体これから何が起きるのだろうと2人は、息を荒くさせて恐れおののいた。


 迅の左目からはぽたぽたと血がしたたり落ちていた。






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