パチパチと燃える炎が、地面のあちこちで音を鳴らしていた。建物の燃えカスが飛び散っている。雑居ビルの看板が地面に勢いよく落ちた。バリンと窓ガラスも割れる。ドラックストアの横を妖怪たちから逃げる空狐、風狐、麗狐の3人が走っていた。石ころにひっかかって転んだ空狐は、狐面が頭からはがれると、瞬時に四つん這いになって、狐に変身した。唯一、力を制御できる麗狐は仮面がなくとも、人間にも狐にも自由に妖力で
「何をしておるか。狐の恰好では妖怪に太刀打ちできないだろう!」
麗狐は、2人を叱りつけていたが、そうも言ってられない事態が起きた。後ろからまがまがしい妖気を感じた。ビルの窓ガラスを不気味にしがみつく土蜘蛛がこちらを見ていた。背中にはたくさんの頭蓋骨がへばりついていた。下界で食べた人間の死体があちこちに転がって上空から落ちている。地面に落ちた頭蓋骨が音を立てて、砕け落ちた。土蜘蛛の口から大量の血が流れている。
「おぉ。なんだ、この匂いは。旨そうだぁ。お前かぁ? 獣でもない人間でもないやつだなぁ」
気配を操れる麗狐は獣でも人間でもない不思議なオーラを持っていた。強い魔力の持ち主のため、土蜘蛛にとっては贅沢な食べ物にしか見えなかった。長い黒髪をなびかせて、右腕をななめ上にあげて、指をパチンと鳴らすと、どこからともなく、鈴の音が聞こえてきた。
「風狐、空狐。危ないから、避けてなさいね!」
「お母さま?!」
風狐は、遠くから叫んだ。
「いやだ。私はそばから離れない!」
空狐は、母である麗狐が危険な目に遭うのは嫌だと言って、狐の姿のまま左腕をしっかりとつかんでいた。
「仕方ないわね。顔だけ、後ろに向けてて。行くわよ」
麗狐は、言うことをきかないであろう空狐をなだめながら、両手のひらを土蜘蛛に向けて力を送った。
『
手のひらの真ん中から炎があふれ出し、あっという間に土蜘蛛を包み込んでいった。近くにいた空狐は、熱くなって麗狐から逃げて行った。着物の裾に少し火がついて、慌てて指を鳴らして水の術で火を消した。
「あーあ。着物が焦げちゃった。新しい着物だったのに」
「あら、近くにいるからそうなるのよ。気をつけなさい。それはそうと、狐の恰好になって着物がやぶれかぶれじゃない。もったいないわね」
「やぶれてるところはばあやに直してもらおうと思ったの。焦げていては修復不可能でしょう! 母上なんて嫌いよぉ」
「……勝手にしなさい」
麗狐は、気持ちを切り替えをするため、右腕を天高く振り上げて、しゅんと風を切って振り下ろした。すると、さっきまで黒髪で純和風の美しい人間の姿から、九尾の狐へと姿を変えた。色鮮やかな着物は着たままだ。
「ここからが本番よ」
土蜘蛛は炎に包まれて、瀕死状態だったが、まだ起き上がる力が残っていたようで、こちらを睨みつけていた。尺八の音がどこからか響いている。
「まだ死んでいないぞぉ……」
土蜘蛛は、細い手足を自らぽきぽきと折り、弓矢のごとく素早く飛ばした。その威力は激しく、刃物のように鋭利なものだった。麗狐の顔をすり抜けていく。顔の毛が少し切れたが、問題なかった。
「その程度のもの。まだまだね」
麗狐は、九本のしっぽをぐるぐるまわした。
「次はこっちの番ね」
地面を勢いよく蹴り、目には見えない速さで土蜘蛛の体を何度も切り刻んだ。麗狐の爪は赤くて細い。少しでも触ると、傷がつく。土蜘蛛は水がはじくように一瞬にして消えていった。
「ぐわぁあああああぁぁぁああああ」
麗狐の後ろでは冷たい風が吹く。狐の姿から人間の姿にひとたび変わると空狐と風狐が駆けつけた。
交差点の上、2匹の狐と人間姿の黒い影が長く細く月の光で伸びていた。