路地裏の月の光も電灯もあたらない場所でもぞもぞと黒い影が忍び寄っていた。その影はじわじわと小さな丸い影だったものから大きな丸の影になっていく。よく見ると、小さな灰色のネズミが数えきれないほどの大量に集団で現れた。ぞわぞわと歩道から車道へとどんどんと進んでいく。行列をなしていた妖怪たちがスクランブル交差点に次から次へと密集していく。
その頃、赤鬼に引っ張れて連れてこられた鬼柳が小さく角を頭に生やし、真っ暗な夜空からビルの屋上にひょいっと落ちた。
「な、な、なんで、こんな高いところにおろすんだよ」
「そんなの知ったこっちゃないですよ。急に集められた妖怪と鬼たちを丁寧に扱うと思いますか? 酒吞童子様に逆らったら俺らの飯は抜きですよ。むしろ、命取られて終わりですわ」
「……え、これ。酒吞童子様の企みか?」
「そうですよ。酒吞童子様の指示でも、久々のご馳走でよだれが出ますわ。ほら、先に仲間たちが人間たちを襲ってるんですから。俺らも行くんすよ」
鬼柳は、ガシッと赤鬼に腕をつかまれた。周りに一緒に下界に落ちてきた青鬼と、ろくろ首、猫の姿をした
さらに暗雲が漂う空の上では、次から次へと人を襲う百鬼夜行の様子を確かめにじーっと静かに炎を纏う酒吞童子の姿があった。
「いいぞぉ。いいぞぉ。いいの血の匂いだ」
夜の街のあちこちで、人間の血が飛び交っている。襲いかかった鬼たちが腹ごしらえができて、満足していた。口からしたたり落ちる血をぬぐう。酒吞童子が、ふと遠くを見ると、何やら怪しい光が空間を捻じ曲げていた。陰陽師の気がこちらまで感じ取れた。
「まさか、あいつらがあそこにいるのか。また我らの邪魔をする気だな……」
着ていた着物をバサッと空気を入れて、空に体を浮かせた。白狐兎が唱えたまやかしの術で一定範囲の空間は別次元になり、鬼に食われても死なない不死身の状態だった。たとえ、かじられてもケガをしてもすぐに再生する。現実では傷ひとつ付いていない状態だ。目の錯覚でケガしているように見える。酒吞童子は白狐兎の術で結界を張っていることに気づいた。
「私の出番ということか」
酒吞童子は風を切って、空を飛び、迅と白狐兎の妖怪たちが戦う場所に移動しようとしていた。
◆◆◆
交差点のど真ん中、車は走ることは不可能だった。たくさんの妖怪や鬼に囲まれてそれどころではない。路地裏から発生した灰色のねずみがどんどん増えていき、横断歩道の上、ピラミッド状に並び始めた。何匹のねずみだったか数えるのが大変なくらいの量だ。なんで急にこんなところでピラミッドを作らなくてはならなくなったのかわからない。迅は、目の前に立ちはばかった。2本の指で札を持ち、念誦を唱えた。
『朱雀の舞!』
地面に描かれた魔法陣から大きな朱雀が翼を広げて、突風を引き越して飛び立った。クチバシからねずみピラミッドに炎を出そうとしたが、効き目がなかった。ねずみたちはいつの間にか粘土のように固まって、ぬりかべができあがった。土でできた壁には炎は効かない。
「な、なに?! 炎が効かないって」
「悠長なことしてんじゃねぇー! まやかしの術が消える前に終わらせろ!」
白狐兎は自分のスタミナに焦りを感じて、イライラし始めた。手のひらを広げた先にまかやしの術を維持させていた。
「へいへい、分かってますってーの。よし、次はこれで行こう」
『樹木の精』
札を持ち、パチンと指を鳴らすと、とんぼのように透明な羽根をはやしたおやゆびサイズの小さな緑色の妖精が迅の手のひらにゆっくりと乗った。手を天高く上げて、魔法を唱えると、地面の奥の奥からじわじわとたくさんの樹木の枝がのびてきて、ぬりかべの動きを止めた。右も左も行こうにも行けない状態でばたんとバランスを崩して倒れていく。またすぐにねずみの姿に戻ってしまった。迅の足元をたくさんのねずみが動き出し、右往左往していた。迅は、足つぼマットの上に乗っているかのような動きを見せる。
「なんだ? 巣に帰っていくのか。このねずみは。おっとっと……」
「そういうのいいから、早くしてくれよ」
「…………」
焦る白狐兎の前に迅は、息をのんだ。オーラが変わった。空気がぴんと張り詰める。想像も絶するような威圧感があふれ出す。
目の前に陰陽師の力を奪おうとする酒吞童子が仁王立ちし、口角を上げて、こちらを睨みつけている。
灰色の雲に覆われていた満月の光の下、冷たい風が吹きすさんでいた。