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第65話 変貌の刻 参

―――警視庁の詛呪対策本部


 オフィスフロアのデスクの上、白狐兎は、ニュートンのゆりかごをひたすら見つめていた。横のデスクに座っていた大津智司はパソコン画面前でコーヒーを飲みながら、眼鏡をかけ直した。大春日舞子はひたすらSNSを何度も見て邪念が無いかチェックしていた。


「……あのさ、迅さんはいつ出勤するのかな。そろそろ来ないと減給騒ぎじゃないの?」

 大津はつぶやく。大春日は、ハッと時計を見て気づいたが、迅のことではなく、給湯室に行って九十九部長のお茶出しの準備をしに行った。


「俺の話を聞かないのか……」

「…………」


 大津は後頭部をぼりぼりとかく。白狐兎は極度の人見知りで、土御門や鬼柳のように霊感が強くない人とは話す理由を見つけられず、ずっとデスクの上でニュートンのゆりかごを見つめていた。服装はいつもの着物と狐の面をかぶっていた。


「……俺もだいぶ、話さない方だけど、あんたみたいにもっと話さない人は初めてだ」

「……………」

 かちかちとニュートンのゆりかごが鳴り続ける。じーと静かに見続ける。


「まさか、それが仕事って言わないよね」

「あれー、土御門はどうした?」


 会議から戻った九十九部長はデスクを見るなり、話し出す。大津はそばに駆け寄った。

「というか、あの人、一体何なんですか。入ってきたかと思ったら、デスクの上にある鬼柳さんの遺品のニュートンのゆりかごをかちかちずっと見続けてるんですよ。てか、誰?! この間、迅さんと一緒にいるのは見てましたが……」

「あ、ごめんね。大津。自己紹介してないよね。ほら、ちょっと、こっち来て」


 白狐兎は、九十九部長の言うことはやけに素直だった。すぐに立ち上がって移動する。


「今日から、鬼柳さんの代わりに入った土御門迅の新しいバディ、白狐兎だ。大津、しっかり新人指導してちょうだいね。さて、私は次の仕事しないと……」

「……白狐兎さん。大津智司です。よろしくお願いします」

「あ、はい」


 そう話したかと思うとまたすぐにデスクに戻って眺め始める。カチカチボールの音が響いていた。給湯室でコーヒーを入れて戻ってきた大春日がそれぞれに飲み物を手渡した。


「え、土御門さんってどこですか?」

「まだ来てないの?」

「あ、そうですね。鬼柳さんがいつも担当だったので俺もわからないんですけど」

「ちょっと、待って。白狐兎。昨日、土御門起こして来てって頼んだはずだけど?」

「…………え?」


 狐の面を少し上げて、驚いていた。3人は仕事をする気ないのは迅と一緒だと呆れかえっていた。カラスの鳴き声が響く。



◇◆◆◆◇


「……次のニュースです。本日、未明に都内のタワーマンション1室で鋭利な刃物により胸を刺された1人の女性の遺体が発見されました。警視庁によると、死亡推定時刻は、午後22時~午前2時であり、犯人は未だ逃走中。凶器とされる刃物は見つかっておりません。警察は犯人の行方を追っており、事件の真相を調べております……」


 テレビの音が部屋中に響いていた。やっとこそ、体を起こした迅は、昨夜の傷ついた体に絆創膏を貼る作業に追われていた。以前に病院で詐欺まがいのことをしたため、職場から禁止令が出されていた。生死をさまようことが無ければ、病院に行ってはいけないということだった。ドラッグストアで買った傷の応急処置セットでどうにかなっていた。


「いたたたた……。病院行かせてくれないなんてブラックにもほどがあるだろ。まったく。あ、でも、俺も詐欺みたいなもんだもんな。お互い様か」

「……どこがお互い様だよ」


 窓の外にあるベランダから声がした。窓の向こうには白狐兎がいた。カラカラと引き戸を開ける。


「お前はまだまともな登場だな。まったく、鬼先輩は本当に物ぶち壊しまくったからな……死んだ後でもネチネチ行ってるんだけどさ。あ?」


 ベランダに出ると、端っこで丁寧に育てていたミニトマトのプランターがぐちゃぐちゃになっていた。思いっきり踏んでいる。


「あ、悪い」

「期待した俺が悪かったよ……」


 足を上げた白狐兎はそっと移動した。迅は、散らかったプランターを片づけ始めた。


「俺のトマトちゃんがダメになる……」

「あー、九十九部長だっけか。お前を起こしてこいってうるさくて……仕事いかないのか?」

「……あー、そろそろ行こうと思ったけど、お前にコレやられたからなぁ。片づけてからだな」


 ほうきとちりとりを倉庫から持ってきて、てきぱきと片づけた。地上3階の迅のアパートには冷たい風が吹きすさんでいた。すると、窓の下に女性の悲鳴が聞こえてくる。ピキンとした妖気がこめかみに強く反応して痛みが生じる。


「出勤する前にやっていかないとダメみたいだな……」

「……は?」

「妖気、感じるだろ。北北東の方角に」

「まぁ、少し」

「それが、仕事だ」

「あー、そういうことか」

「行くぞ」

「言われなくてもすぐ飛んでいくわ」


 2人で行くかと思っていたら、話しているうちに白狐兎は、1人ジャンプして街中を飛び交っていく。バディの意味はあるのだろうかと疑問を感じながら、口笛を吹いて、屋上にいた烏兎翔を呼んだ。


「寒いんだけど?」

「妖気感じるだろ。行くぞ」

「はいはい。運んでいけばいいのね」


 迅は、烏兎翔の足をつかみ、空中を飛んだ。街の中を軽やかに飛ぶ白狐兎の後を追いかけていく。鬼柳が亡くなって初めての白狐兎との除霊となる。騒がしい交差点のど真ん中、サイレンが鳴り響く。人だかりができていた。邪悪な念が辺りを取り囲んでいる。

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