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第63話 変貌の刻 壱

 13年前 土御門 迅が10歳になる頃、目の前には、一筋縄ではいかない強烈な酒杏童子が八割の鬼の力に侵食された小さな体の迅の両肩をつかんでいた。


「その調子だ。そのまま、鬼になるといい。妾に不老長寿の力をどんどん与えるんだ」

 鬼になるばなるほど、10歳の迅の中の陰陽師の妖力は光と共に奪われていく。目は死んだ魚の目のようになっていた。酒杏童子の力で大人の迅は、呪術で両手を縛られ、近くにあった木に体がくっついていた。妖術をなかなか解くことはできない。迅を助けようとじりじりと近づいていた白狐兎は、迅にかかった妖術に怖くなって後退した。


「鬼になるんじゃねぇ!! それじゃ、いつまで経っても親父に勝てねぇぞ」


 迅は、体を何度もぐりぐりと動かして脱出しようとする。酒杏童子の呪術は強く、なかなかふりほどくことができなかった。ふと、力をぬいた瞬間にいつの間にかボンと、木の根っこの部分に腰を打ち付けていた。その頃、酒杏童子の体には10歳の迅の力をどんどん取り入れて、体が宙にふわりと浮いていた。


 そこへ、陰陽師の力を借りて強くなった九十九部長の姿がハイヒールの音をさせて歩いてきた。九十九部長の体には亡くなったはずの鬼柳の霊体が憑依していた。すべて、鬼柳の力で九十九部長の肉体を動かしている。まさかの女性の肉体に入るなんてとソワソワしながら、体を動かしている。内側にいる九十九部長はイライラしていた。いくら迅を助けると言っても何だか肉体に鬼柳が入るのは気持ち悪く感じて来た。お約束の大きな胸を確かめる仕草で、九十九はブチ切れて、頬をぶん殴った。はたから見たら、1人喧嘩しているようだ。


「……九十九部長? なんで先輩の体を中にいれるの許可してるっすか」

「霊感無い人がそんなことしたら、取り込まれるだろ……」


 白狐兎は、酒杏童子にびくびくしながら、狐の仮面ですっぽり顔を隠してボソッとつぶやいた。その声は迅の耳にも聞こえている。


「と、取り込まれる?! 鬼柳さん、そんなことしないですよね」

「え? あー、どうだったかな。報酬いただけたら、いいですよ。まぁ、このおさわりOKとか」

「……良いように解釈するわね。ずるい取引だわ」


 一人芝居するように表情が様々の九十九部長だった。2人の魂が1人の肉体に入るのはとても忙しいことが分かった。でも、これで霊感のない九十九部長にも見えないものが見えて来る。急に視界に入った世界の情報量が多すぎて、めまいがするくらいだった。


「九十九部長……そろそろ引っ込んでてもらいますよ」


 鬼柳は周りの状況を読んで、九十九部長の体を支配した。青白いオーラが体に身にまとう。迅は、力を振り絞って、自分にかかった酒杏童子の呪術を解くと両手が自由になった。


「ここから本気出さないと、やられちまう。白狐兎! おびえてんじゃねぇぞ!!」

「……わかってるよ。今度こそ」


 白狐兎は手のひらから青白い破魔矢を取り出した。大きな弓に矢をひっかけて、徐々に体が大きくなる酒杏童子にめがけて放つ。迅は、札を取り出し、2本の指で顔の前に差し出した。緑色の魔法陣は浮かび上がる。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!≫


 魔法陣の上に浮かびあがって来たのは、青く光る白狼の大口真神おおくちのまがみだった。


「行け!」


 迅は酒杏童子を指をさして指示を出す。体の大きな大口真神は、静かに攻め入った。鬼柳は、九十九部長の体を借りて、札を取り出した。


≪改・雷鳴≫


 鬼柳は、九十九部長の体に入り、陰陽師の仕事を全うした。一体何をしにここにいるんだろうかと疑問さえ感じてしまう。すぐに九十九部長に頬を叩かれてツッコミが入る。もう、なすがまま動くしかないようだ。抵抗はできないらしい。

 大口真神の体に雷の力が加わり、さらに攻撃力が増す。あと少しで10歳の迅が鬼の体になろうとするところへ、迫ろうとするとき、酒杏童子の体が想像以上に大きくなっていることに気づく。


「もう、遅い」


 手を振り下ろすと同時にとてつもない強風がが吹き荒れて、大口真神もろとも、みなブロック塀に吹き飛ばされてしまった。


 10歳の迅の体はすべて人間ではなく、青い鬼の姿へと変貌してしまっていた。


「お、俺の体が……」


 迅は、たたきつけられた体を無理やり起こそうとしたが、無理だった。酒杏童子は体をのけぞるくらいにケタケタと嘲笑っていた。

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