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第61話 鬼柳の真実 伍

 秋に差し掛かったというのに、セミが勢いよく鳴いていた。小学生の子どもたちは、網を持って川沿いを駆け抜け、何を目的かなんて考えもせずに虫を捕まえに行った。ヒグラシの鳴く声が聞こえると、1人ぽつんとブランコに乗る男の子がいた。ギーと鳴る音が耳に響く。


「やーい、妖怪男子ぃ」

「いや、おばけ男子じゃね」

「そうかなぁ。いつも黒いの後ろにしがみついてるんじゃねぇ……ハハハ」


 友達が少なかった。自分自身を理解してくれるものは先生や親くらいの大人くらいだった。同級生の子どもたちは霊力を持つ迅のことを気持ち悪がった。見えないものが見える。子どもながらに除霊も少しずつできるようになっていたにもかかわらず、周りの子は信じられないらしい。小学生の土御門 迅には、同級生のみんなにいじめられると、邪悪な念がたまって、さらにたくさんの妖怪を引き寄せていた。それをしめしめと思っていたのは、最強の鬼とされる酒吞童子だった。幼少期から陰陽師としての素質がある迅の力を奪おうと、何度も近づいてぎりぎりのところで未来の迅が訪れて不思議な力でとめられていた。


 今日も小学生の迅のそばに近づこうとしていた酒杏童子がいた。ガラスのような異次元空間から、未来の迅が割って入ってきた。酒杏童子は自分自身がやられそうになると隣に時空金剛鬼を置いて、過去の時間に戻って、死を免れていた。その瞬間で迅の幼少期にタイムスリップしていた。


「またここか。そろそろ決着つけていくか……」

  迅は、幼少期の迅の前で手の骨をぽきぽきと鳴らした。今にも酒杏童子に妖力を奪われそうになっていた。


「あんた、誰だよ。俺は、この人の力を借りて、強くなるんだ。そう教えられたんだ!! そしたら、じいちゃんにも父ちゃんにも褒められる。邪魔するんじゃねぇ!!」

「いいねぇ、いいねぇ。おりこうさんだ」


 完全に酒杏童子に崇拝しきっている小学生の迅の目が紫色に光る。半分鬼の姿になりかけていた。背中にはべったりと酒杏童子がしがみついていた。


「目を覚ませよ! 強くなってるわけじゃない。お前は騙されてる!! 迅、しっかりと念力使え!!」

「うわわわあぁああああーーーーーー」


 人の話を聞き入れない。闇雲に幼少期の迅は、大人の迅に向かってくる。力を使わないと自分自身もやられるだろうと札を取り出して、念を唱えた。


青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ


 今まであまり使ったことのない迅の中で最強の呪文を唱える。魔法陣の上、次々と四神たちが召喚される。何の指示することもなく、酒杏童子に迫っていく。がたいのいい酒杏童子は、するりと平気な顔をして避けていく。まだまだ強い。少し離れたところから木の陰で覗いていたのは白狐兎だった。迅と同じで時空金剛鬼の力によりタイムスリップしていた。酒杏童子の強さは前から知っていたため、足がぶるぶると震わせて、完全に戦意を失っていた。


「あんなのと戦えるわけないだろ」


 迅は一回の技で諦めないで、召喚した四神たちに指示を出して、何度も立ち向かうように指をさした。強さを思い知った四神たちも戦意を失って、逃げ腰だ。


「お前らなぁ~。どんだけ弱いんだよ。まったくよぉ。俺の真似するんじゃねぇっての」

「…………真似してるわけねーだろ」

 遠くで見ていた白狐兎はぼそっとつぶやく。


「近距離戦闘ってことの方がいいか」


 手のひらから青白く光る霊剣を引き抜いて、体を身構えた。酒杏童子に向かおうとするが、まさかの過去の自分。幼少期の迅は体半分が鬼の姿になって、立ちはばかる。もう憑依しかかっていた。


「俺が、守るから。強い人の味方なんだ。俺は!!」

「その強さはいらない力だ!! 受け取るな。もう陰陽師を引き継ぐことができなくなるぞ!!」

「……?! 嘘だ。大人は嘘つきだ。信じられるわけない! 目の前の起きた現実が真実なんだ」


 幼少期の迅は、酒杏童子が目の前で死んだ狸の除霊を見せただけで陰陽師だと勘違いする。本当は敵対する妖怪の鬼であることに気づかない。子どもは浅はかだ。


「威勢のいい子だ。やってしまいなさい」

 持っていた扇子でそっと優しく仰ぐの幼少期の迅の目が青白く光った。


「仰せのままに……」


 完全に洗脳されてしまっている。半分の体が鬼だったのが、徐々に八割の部分が変わろうとしていた。


「やめろぉおぉおおおーーーーーー!!!」


 大人の迅は、鬼になりかかっている幼少期の迅に立ちむかう。横でにやにやと笑う酒杏童子は、扇子で顔を隠していた。この後がどうなるか楽しみで仕方ないようだ。

さすがの白狐兎も、迅の力では無理だろうと恐れながら、少しずつ体を前へ進ませていた。


 夕日が沈みかかった東の空には大きな満月が雲の横から見え隠れしていた。

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