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第50話 鬼柳の秘密 壱

 赤い瓦屋根のお屋敷の奥の部屋で、勝色の着物を羽織り、白い角を頭から二本生やしていた。左腕に街で見つけた胸の大きい花魁おいらんを抱き寄せ、膝を立てて座り、右手で赤い盃を持ち、左手を脇息きょうそくに置いている。酒をちびちびと飲みながら、やっとこそ飲み終えると、名前の知らない女の体にそっと静かに触れた。他に誰もいない部屋に遠くから響く足音がここまで聞こえて来た。


酒呑童子しゅてんどうじ様~~~!!」


 慌てて入って来たのは、大嶽丸おおたけまるだった。筋肉むき出しで図体がでかい。赤い皮膚で覆われて、天鵞絨びろうど色の着物を片腕を出して上半身をはだけて羽織っていた。髪色は銀色で、二本の黒い角は鋭く光っていた。


「……あーー。今、良いところだったんだが……」

 耳の穴に指をつっこんで迷惑そうな顔をする酒呑童子は、隣にいた女に手を振って、席を外せと指示をした。


「そんな、一大事でありますから。ご報告にあがりましたよ」

「何があったと言うのだ。こんな平和な時間に……」

温羅うらおんらられました」

「な、何だって?」

「……あいつ、欲にまみれた人間に憑依して、そのまま陰陽師に殺されたようです。カラスの影虎かげとらからのご報告がありました」

 酒杏童子は、少しだけはやした顎髭をいじって考える。何かを思い出した。


「影虎を任せたのはあいつだろう?」

「ええ、そうですね。なんでしたっけ。確か……鬼柳なんだか?」

「名前も憶えていないのか。お前に仕事を頼むのに不安でしかないな」

「そ、そんなひどいじゃないですか」

「ふふふ……まぁ、それくらいなら許してやるが、なんで鬼柳が止めれなかったんだ?」

「陰陽師の土御門ではなく、狐の面をかぶった者だと言っておりましたが……ご存じでしたか?」

「はぁ……あいつらか。面倒な奴らと関わることになるんだなぁ」

「酒呑童子様、ご存じだったんですね」

「ご存じも何も……宿敵でしかないな……」

 頬杖をつきながら、ため息をついた。知っているのならば、安心だと喜ぶ大嶽丸だった。屋敷の屋根の上で、鬼柳の式神のカラスの影虎が羽を休めていた。



 ◆◇◆



―—狐の里——


「ぶっはくっしょい!!」


 井戸の水を桶で汲んでいると、大きなくしゃみをひとつして、バシャンと顔にかかった。喉が渇いていたが、服までびしょ濡れになる。


「ちょっとぉ、お水もったいない!」

「びしょ濡れぇ! 面白い」

 風狐と空狐が白狐兎が濡れる姿を見て、ケタケタと笑っていた。その様子に青筋を作って怒っていた。


「俺のことを噂する奴のせいだ。俺は何も悪くない」

「えー、白狐兎が何か悪さしたからじゃないのぉ~?」

「誰がするか!? 悪さするのはお前たちだろ。俺の大事なサツマイモ食べやがって、あの恨みは忘れないからな!!」

「白狐兎って、すごいちっさい人だね。女の子には優しくしないと生きていけないんだよ」

「しかも、いつの話してるのよ。それ、1週間前の話だし。前の稲荷寿司のことだって、ずっと根に持っていたよね」

「食べ物の恨みは怖いんだぞーーーー」


 白狐兎は両手の爪をきらりと光らせて、風狐と空狐と鬼ごっこを始めた。怒り半分、遊び半分と言ったところだった。


「白狐兎、風邪引くから着替えなさい」


 屋敷の中から出て来たのは白狐兎の母親の喜代きよは、煌びやかな着物を羽織っていた。


「あ、はい。わかりました」


 さすがの白狐兎も母親には頭が上がらなかった。すぐに言うことを聞いている。その姿を何度も見ている風狐と空狐はにやにやと笑う。大の大人が何歳になっても言われていることにだんだんと恥ずかしさを覚える。


「風狐、空狐。いつも迷惑かけてごめんなさいね。何かあったら、すぐに言ってちょうだい。こらしめておくから」

 こぶしを出して、アピールする喜代は、笑いながら怒っている。


「はいぃー。すぐに言いますねぇ」

 風狐は喜代の笑っているが怖い顔にびくびくとおそれていた。空狐は全然気にせずに道端に落ちていたタンポポの綿毛をふーっと飛ばしていた。


 家の中に入り、言われた通りに別な服で着替えようとした瞬間、白狐兎はピーンと頭痛がするくらいに強い念を感じた。


「ん?」


 こめかみをおさえて、外に出るといつもと変わらない日常が見えた。街の商人たちは、笑顔で商品を売っている。小さな子供たちは水たまりを見つけると面白がって、ジャンプしている。平和な日常かに思われた。


 瓦屋敷の屋根の上、一羽の大きなカラスが飛んできた。


「あ、あいつは……」

 白狐兎はカラスの行動をしっかりと見つめていた。風が強く吹き荒れる。

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