———警視庁の詛呪対策本部
「鬼柳さん、いい加減、領収書の切り方、覚えてもらっていいですか。こんなにたくさん……。無理ですから」
九十九部長は、ファイルを持ちながら、連なったレシートの束を知恵の輪に夢中になる鬼柳のデスクに置いた。半べそをかきながら鬼柳は渡されたレシートを見る。
給料が少ないと嘆きながら経費で落とせるものはとにかく出すという手段を取っていた。
「これも、これも、あれも、あーーーなんで落ちないんだぁーーー」
後頭部を抱えて、天を仰ぐ。デスクに顔をつけて、滝のような涙を流す。
「お、俺のこずかいが無い……」
「ギャンブルばっかりに金を費やしてるからですよ。趣味を変えてはどうですか?」
「……ぐすん。だから、最近まっとうな趣味にしようと今朝、海釣りしてきて、今日の夕飯に魚釣ってきたんですよぉ」
青と白のツートンカラーのクーラーボックスに入れていた魚をみんなに見せた。大津は魚釣りをした経験があったため、魚を釣る苦労を知っていた。無意識に拍手していた。
「大津、わかってくれるのね。おじちゃん。嬉しぴぃ」
肩をマッサージしながら、喜ぶ鬼柳に軽くあしらおうとした。
「鬼柳さん、さっき仕事依頼の連絡入ってましたよ。メールが……」
大春日がパソコン画面を指さして、声をかけた。大津にふられて、ぐすんと泣きながら、大春日のデスクに近づいた。ここでもぐいーっと体を避けられた。
「そんなに避けなくてもよくない? 何? 俺って嫌われてる?」
「いえ、私、魚嫌いです」
「……あ、そういうこと。ごめんね。魚臭かったかな」
くんくんと自分のスーツの袖を嗅いだが何の匂いはしなかった。
「んー? おかしいなぁ」
その言葉を発した瞬間、鬼柳の目の前をバリンと豪快にガラス破片が飛び散った。頬に少し線が入ったように切り傷ができた。
「え?」
警視庁の詛呪対策本部の大きなガラス窓をやぶったのは争いの真っ只中の迅と赤天狗、そして後ろには狐のお面を半分かぶって目を伏せた白狐兎が空中に浮かんでいた。
「おいおいおい。これ誰が弁償するんだよ」
「最初に言わなきゃいけないところかよ!? 先輩も加勢してくださいよ!」
オフィスの中を逃げ惑う迅に後ろから赤天狗に追いかけられている。明らかに迅の力が弱い。ひょいっと中に入った白狐兎は、周りを見渡して状況把握した。
「ほぉー、ここがお前らの陣地か」
「……どなたでしょう。コーヒーでも入れましょうか」
大春日は戦いの真っ最中にも関わらず、見たこともないくらいの美形の白狐兎に心奪われていた。目は見えていない。口もとと肌質だけの判断だ。
「いえ、結構」
「えー、そんなぁ、遠慮しないでくださいよ」
意外にもガツガツの肉食女子だった。迅、鬼柳、九十九、大津はその態度に驚きを隠せずにいた。
「なになに、舞子ちゃんに初ロマンス?!」
「鬼柳さん、それセクハラですよ」
「もう、九十九ちゃんはそうやっていじめるんだから」
「……土御門!! どうにかしなさい」
九十九は鬼柳を無視して、指示を出したが、戦い続けてきて、相当体力を消耗していた。
「こっからどうしろって言うんだよ!!」
壁から壁へジャンプして、逃げ惑う。正面切って戦うことをあきらめていたその時、壁ぎりぎりに置いていたクーラーボックスがガンと横に倒れて、中に入っていた魚と水が溢れて水浸しになった。
「ああ!!! 俺の夕飯が?! つ、土御門ーーーーー」
鬼柳が涙を流してこぶしを振り上げる。迅は、冷や汗をかいて鬼柳からも逃げる。部屋の中はひっちゃかめっちゃかだった。