潮風が吹きすさぶここは横浜の海釣り施設。まだ朝日が上がったばかりの早朝に鬼柳は、黄色い帽子に青いベストを着て、釣り竿をくいっと持ち上げてみたが、なかなか魚が餌に食いつかない。
「1時間かかったけど、まだ釣れないなぁ……。まだかなぁ」
ため息をついて、がっくりとうなだれていると、つんつんと釣竿が動いたが、鬼柳は気づいていない。隣で魚を釣って、喜んでいた70歳くらいのおじさんが指を差す。
「おい! 魚釣れてるぞ」
「あ、はい。すいません、教えていただきありがとうございます」
慌てて、力いっぱい釣竿を持ち上げた。全然、ひっかからなかった魚が3匹もくっついていた。ミラクルが起きる。
「やったー! 大漁だ。ラッキー!!」
ゆっくりと釣竿から外して、クーラーボックスの中に入れた。よく見ると、黄色い線が入った魚と、目がぎょろッとしていて、波の模様がついた魚が2匹も着いていた。
「それはサバとアジだなぁ。いいご飯になるな!!」
隣のおじさんは鬼柳の背中をバシバシたたいた。
「はい。やっと釣れましたよ!! 嬉しいです」
「嫁さんも喜ぶな」
「はぁ、嫁さん。魚苦手ですけどね」
「それは悲しいなぁ……」
「ですよね。でも釣れたので大丈夫です」
ご機嫌になった鬼柳は満足して、身の回りを片づけた。
「お? もう帰るのか?」
「充分釣れたので、持ち帰ります」
「そうか。俺はもう少しやる。気を付けてなぁ」
知らないおじさんと仲良くなった。鼻歌を歌いながら、ご機嫌に帰る。空は雲一つないくらい快晴だった。
午前8時になった頃、珍しく朝早く起きていた迅は九十九部長に駆り出されて、殺人事件が起きたオフィスフロアに来ていた。
社長室に社長がうつぶせで横たわって、後頭部をトロフィーでたたかれて大量出血していた。明らかに人間が犯人ではないかと思われたが、証拠が残されていない。その代わりに霊感の強い秘書の証言が現場の刑事は気になった。
「警視庁の詛呪対策本部 九十九です。この犯人は霊的なものだとお聞きしたんですが、根拠はありますか」
仕事を増やしたくない思いが言葉に出たみたいで現場で事情聴取して坂下警部は額に筋を作った。
「呼んだんですから、仕事してくださいよ」
「はいはいはい。わかりましたよ。でも、どこがきっかけか知りたいんです」
「この方の証言で確定しました」
「……信じられる証言ですか」
「まぁ、話し聞いてみてくださいよ」
坂下警部は、殺されたIT会社
「私、はっきり見えたんです。社長室で赤くて鼻長いお面なのかわかりませんけど、天狗のような。黒い翼もありました。殺されてすぐにその窓の外に逃げていきました。何が何だかわからないですけど、他に怪しい人は見なかったです。証拠はありませんけど、ダメですか?」
もじもじと信じてもらえるか不安になりながら、話す百花にそっと九十九部長は背中を撫でる。
「怖かったですよね」
「……えっと、そこまで言うほど怖くはないですよ。霊感あって、見慣れてるんです。ほら、あなたの後ろにも首までしかない霊がついてますよ」
「ぎゃーーーー」
九十九部長に霊力はない。怖くなって、ドアの外まで走って逃げた。怖い話が苦手だった。
「九十九部長、何やってっすか」
迅は、指をパッチンとはじいて、百花か悩んでいた。
「土御門ー、仕事しろ」
「へいへい。怖がりっすね」
迅はパチンとはじくと一瞬にして、頭だけの霊は消えていった。
「それより、さっきの天狗の話。まだ近くにいますよ」
「……やっぱり天狗なんですね。変装した男性かと思っていたので」
「そんな変態どこにいるんですか。霊力強いんですよね、天狗。大丈夫かなぁ」
「ブツブツ文句言わずに追いかけなさい!」
「分かってますよ。人使い荒いっすよね、九十九部長」
「…………」
鬼よりも怖い顔で迅を睨む。鑑識の人でごたごたしていたが、気にせず、迅は天狗の気配のする方へ移動した。
秘書百花の口もとがくいと上がるのを2人は見逃していた。