鬼柳と迅は、公園の出入り口にベビーカーを引くお腹を大きくしたポニーテールの女性に近づいた。この近辺で起こる事件について淡々と話し始める。神社の小さな鳥居が設置されているこの公園は、滑り台とシーソー、ジャングルジム、鉄棒があって、小学生や近所の幼児たちの憩いの場だった。公園デビューをしたばかりの妊婦ママさんは、びくびくしながら話す。
「3日前のことなんですけど、隣のアパートに住む拓斗君が突然行方不明になったって話なんです。近くにお母さんがいたのに、鳥居の近くで片方のサンダルだけ残して、いなくなったんですって。行方不明届を警察の方に出したそうなんですけど、犯人の手がかりは何もないらしくて、心霊現象じゃないかと私は感じているんです」
「奥さん、霊感あるんですか?」
「少しだけですけど、ここの公園、何かがいる気がします。今は昼間なので大丈夫ですが、夕方に来るのは難しいです。子供には遊ばせたいんですけどね」
迅はこまかみに痛みを感じる。キインとした高音が響く。小さな祠がある鳥居を見ると、風が強く吹いた。何本か垂れさがる
「奥さん、遠くに離れててください!」
鬼柳は、ベビーカーを端に避けて、誘導する。
「来る!!!」
迅は大股に足を広げて、地面に手をついた。ポケットからお札を取り出して、二本の指でつかんだ。
『改・朱雀』
赤く光る陰陽の魔法陣の上に式神の大きな朱雀が現れた。サポートにカラスの烏兎翔が隣に飛んでいく。朱雀の周りには炎がまとわりついていた。
鳥居に入る手前から真っ黒いマントを羽織った死神のような姿をした男が現れた。顔は見えない。黒い煙をまとっている。体がじょじょに大きくなる。
迅は、朱雀に指示を出して、炎を吐いた。
「無駄だ!!」
後ろから狐の仮面をかぶった白狐兎が青白い弓矢を出して、大声で叫ぶ。迅は、その声に反応して後ろを向くが、不意に目の前にマントの男がやってきた。危機が迫る。朱雀の吐いた炎は軽くジャンプして避けられていた。良く見るとマントを纏った男の顔が無い。黒い影になっている。
「透明人間?!」
「だから、炎の意味がないって言ってるだろ!?」
「んじゃ、俺の式神も意味ないのか」
風の魔力を唱えようとした鬼柳は、力を出せずにがっかりする。無属性の白狐兎の弓矢はどんな妖怪にも効くはずだが、スピードが速く、なかなか当たらない。両手をかざす男の見えない力により、迅の体が宙に浮く。首が苦しい。足をバタバタ動かした。
「ち、ちくしょ!? 逃げられない。どうすればいい!? ……くっ」
「そいつは、
「実体化。体見えないぞ?」
白狐兎は、説明するが、何もできていない。どんどんと迅の体は首を絞められて苦しくなっている。数メートルも体が離れているのに魔力強い。空中に浮かんで身動きできない。鬼柳は、ひらめいて、こちらに気づかないよう、後ろからじりじりと近づいた。式神のカラスがかぁと鳴くまでは。
「おい!?」
奴延鳥は鬼柳が真後ろにいることに気づき、ハッと体をジャンプして逃げた。一瞬、力が弱まった迅がさっきまで持っていたお札を地面から拾って、俊敏に黒いマントの下の奴延鳥の額にお札をピタと貼った。まるでキョンシーのようだった。
「ぐわぁああ?!」
顔を両手で覆い、嫌がった。バリバリとガラスのように透明な力がはがれていく。黒いマントがびりびりと破けた。透明だった体はふさふさの毛が浮き出て来た。
頭は猿、背中は虎、尾は狐、足は狸という複雑な体だ。
「正体あらわしたな?!」
白狐兎は足元に魔法陣を出して、札を二本の指でつかんだ。
迅は首が苦しくて、四つん這いになって、咳き込みながら呼吸を整えていた。
『改・白虎』
目を閉じて、魔法陣から四神の白虎を出した。お互いに虎の性質を持つ。力の強さは五分五分のような気がするようなと感じた鬼柳だ。相撲の土俵のように、奴延鳥と白虎睨みあいが続く。それをしばらく続くなと思い、何だかもやもやした迅は手のひらから霊剣を出して、1人立ち向かった。白虎の前に立ちはばかる。
「俺に任せろ!」
「な、邪魔するんじゃね!?」
白狐兎の声よりも先に迅は奴延鳥に切りかかろうとしたが、勢いよくジャンプした。逃げようとする奴延鳥に鬼柳が札を構えて唱える。
『かまいたち』
地面から勢いよくつむじ風が沸き起こる。ジャンプした奴延鳥がぐるぐると回転して身動きがとれなさそうだ。
「今だ!」
『
九字切りの念を唱えて、霊剣を振り上げた。青白い光とともに、真っ二つに切れ目ができる。叫び声をあげて、奴延鳥は消えていく。
「ちっ……」
悔しがった白狐兎は瞬間移動して、その場から風のように消えていった。
「あいつ……今回は助けに来ただけだったな」
迅はぎりぎりと霊力で縛られた首を触って、確かめた。まだ痛む。
「いいやつだな」
「口が悪いけどな……」
「神隠しの原因はあいつだったのか。わからないけどな」
その一言をつぶやくと小さな祠から瞬時に男の子が現れた。
「いたたたた…………」
「あれ?! 拓斗くん?!」
遠くから温かく見守っていたさっきのママさんが近づいた。
「う、うん。」
「刑事さん?! この子。行方不明になった子です。見つかりました。良かった良かった」
「え?! やっぱりさっきの奴延鳥が原因なのか。他にも捕まっている人はいなかったのか?」
「調べてみます。先輩はそこにいてください」
迅は祠の周りをぐるぐると見渡すと1人の男の子が祠の後ろで膝を抱えて、座っていた。良く見ると人間ではない。死んだ霊体だ。
「ま、まさか……このパターン」
「え? もしかして、俺が見えるんですか?」
「……えっと、どこかなぁ?」
迅は仕事が増えるんじゃないかと知らないふりをしようとした。
「刑事さんですかね? 見えるんですね。俺」
「え……あ、ああ」
逃げられなかった。もう聞いてあげるしかないと迅は諦めて男の子の話を聞いた。黄昏時でカラスがかぁかぁ鳴き、夕日が真っ赤に空を染めていた。男の子の話は長くなりそうだった。