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第34話 氷上に隠れる漆黒の者 肆

 白狐兎は、気を失っている青狐の頬を撫でる。まだ青狐は幼い子どもだ。そっと抱きしめては、服をひるがえし、青狐を連れて、さっと瞬間移動した。


「ちぇ、なんだよ。関係性を教えてくれるわけじゃないのか」

「あ、あの二人はきっと兄弟だよ」


 迅は、何も言わずに去って行く白狐兎を不満に思っていたが、後ろから声を掛けられた。誰もいないはずの後ろには、幽霊の姿のこの場所で亡くなった藤田拓弥だった。


「うわぁ!? びっくりするだろ。なんだよ、いきなり」

「すいません。僕は、あの子に殺されてしまったんですけど、ジンベイザメ助けてくだいよ。ほら、まだ下で泳いでいるから」

 拓弥は呪いが解けて、アイスリンクの中で黒くうようよと動く下を指さした。


「え? この黒いのジンベイザメか」

「避けてもらわないとスケートできませんから。でも、こんなにぼろぼろだと、しばらくはスケートできませんよね」

「俺に任せろ」

 鬼柳は負傷した体を鞭打って動かした。活躍していないのが悔しかった。札を取り出し、念を唱える。


『修復!!』


 鬼柳の式神の烏の力により、ぼろぼろだった氷が次々元通りになっていった。


「これも全部、現実に起こったことではない。霊力のしわざだから元に戻せるんだ。嫌な思いさせたな。あいつの代わりに謝るよ」

「助けてくれたのに。謝らなくていいですよ! それより……」

「出た! どーせ、やり残したことがあるって話だろ」


 迅がひらめいて発言する。鬼柳はケガをした腕をつかみながら、きょとんとした顔をする。青狐が置いて行ったお面をつけてみる。


「似合ってるな。俺にも貸して」

「ちょっと待ってください。僕の話は?」


 迅は鬼柳と面白がってお面を付け合った。後ろから追いかけて、話す拓弥の声が届いていない。


「今、聞くよ。先輩は高齢者だから俺の方が良くない?」

「……そしたらーー」


 耳打ちで拓弥は生前にやり残したことを迅に話すと、首をブンブン振る。


「無理無理。俺には無理だ。金もないし、体力ないから。やっぱ、ここは年長者ですね」


 迅は、鬼柳の肩をたたいて立ち去った。バトンタッチということだろう。負傷している鬼柳にとっては触れただけですごく痛かった。


「いったぁ……マジかよ。ケガした人に行かせるの? まぁ、仕方ない。仕事のうちだからね。君は何を望むの」


「刑事さん。ケガしてるけど、リフレッシュになるからきっと大丈夫だよ」

「だからどこよ」


 拓弥はニカッと歯を見せて、鬼柳に話した。全部聞き終えてがくっとうなだれた。


「仕方ねぇなぁ。行けばいいんだろ。行けば……」

「ありがとうございます!!」



 数日後。鬼柳は背中に拓弥の霊を引き連れて、国際線の飛行機に乗る。行く先は、スコットランドのホワイトホース。東京からのトータルのフライト時間も11時間。乗り換えは1回。ここに何しに行くかと言うと、有名なオーロラを現地で見たいという話だ。全然スケートと関係ない話でなんでここなんだと拍子抜けする。実際見れるかどうか天気に左右されるため、運次第というが、8月下旬に夏だというのにダウンジャケットを羽織っていた。鬼柳はぶつぶつと文句を言いながら、オーロラ観測ツアーに参加した。後ろにはしっかりと幽霊の拓弥が着いてきていた。ぼんやりと夜空を見ていると、うっすらとオーロラらしきものが光り輝いていた。


「おい、あれ。そうじゃないか?」

「…………」


 拓弥は感動のあまりに声を発せずにいた。鬼柳はさらに空を見上げると、神様の大サービスのように次から次へとオーロラのカーテンが現れた。見ているツアー客たちは歓声をあげていた。


「ここまで来るのに時間はかかったが……来てよかった気がするわ。傷ついた体のケガも治る気がする。な?」

 と声をかけるとロシア人の女性が目の前にいた。さっきまでオーロラを見ていた拓弥は消えていた。除霊があっという間に終了したらしい。会話する人がいないのかとがっかりしたが、またすぐに夜空を見上げる。地球の端っこ。天に近いこの場所で幻想的な景色を楽しんだ鬼柳は、誇らしい気持ちになれた。


 日本に帰ってきて、九十九部長のデスクの上にはこのオーロラツアーの大量の領収証の山に鬼柳とトラブルになるという未来は見えなかった世界に満たされていた。


 お金というものが、かからなかったら、きっと平和だったかもしれない。


 迅は鼻歌を歌いながら、まだ出勤せずに自宅でのんびりゲームを楽しんでいた。


「土御門~~~!!!」


 後ろからレスリングのように九十九部長に捕まっている鬼柳は大声で叫んだ。その声が何度も空へこだましていく。当然、本人には聞こえていない。

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