ーーー坂上郷子の要望ーーー
会社の会議室。濱田課長と郷子は、終業後の会議を終えたあと、2人きりになった。いつも会うのは郷子の自宅。待ち合わせも人目に触れないように別々に帰宅して、濱田課長は変装してから会う。うしろめたいことがたくさんあるからか。もう1人りっちゃんと呼ばれているお局さんとも噂されていたが、ただ一方的に片思いされていただけようだ。一緒にいる場面が多くて、勘違いされていたようだ。
「課長、いつになったら落ち着くんですか。律子さんとの関係も知りたいんですけど」
「あ、ああ。そのうちな。今日の夜、お前の家に行くからよろしくな」
背中をポンとたたかれて、会議室を出ていく。いつもはぐらかせて真髄は聞けない。郷子はため息をついてこの関係性をやめたい気持ちが出て来た。やめたいとつぶやくと濱田課長は激怒する。欲求が通らないと不機嫌になる子どものようだった。不倫はいつも二番手だと知っていたが、なかなか抜け出せない。そんな不安定な心で過ごしていた。雲外鏡は自分と同じでかわいそうな人間を見つけると取り込みたくなる性質がある。女子トイレの鏡の中、郷子の腕は雲外鏡の強い力にひっぱられて、もげてしまう。次々と体は切り刻まれて、食べられていく。形はもう残っていなかった。床には細かい肉片と血液が散らばっていた。
◇◇◇
「お父さん!! 早くゲーム一緒にするよ」
「私もやる!!」
男の子と女の子を挟んでリビングのソファに3人座っていた。仕事をしていないくつろぎの時間、不本意にゲームに誘われている。課長の
「ちょっと、あなた! 遊んでばかり言わないで、家のこと手伝ってよ。庭の手入れとかゴミの整理とかあるでしょう」
「今、こどもたちの相手してるだろう」
「そんなの子どもだけでも大丈夫だから! 早く! ほら」
鬼の形相で指示を出す。和利の妻
「まったく、家のこと全然できないのなら、役立たずだから!! 仕事ができたからって意味ないし。そういう人は死んでも誰も必要とされないのよ!!」
更年期障害も重なっているせいか、和利の風当たりが物凄く強い。別れたい気持ちが出るのも分かる気がした。郷子は居心地が悪かった。本当に家族なのか。イライラしていて楽しそうではない。子どもも両親もストレスを抱えていて幸せそうではない。自分自身に逃げたいと気持ちになるのも無理もないなと、聞くまでもないなと感じた郷子は外で待つ迅の元へ戻った。
「どうでしたか?」
「家族って現実は幸せってわけでもないんだね。お金だけじゃない。笑顔でいられない毎日を過ごす旦那様ははみ出したくなるのもわかる気がするわ」
「……ふ、深いですね」
「そう? そう思っただけ。そろそろ行くね。ありがとう。刑事さん。現実見れてよかったわ」
現代の夫婦の在り方は人それぞれ違うが、収入があってもお互いに尊重できなけれえば継続するのもはみ出さないとできない人もいる。二番手も大変だが、多少生きていく手助けしていたと思うと少しは自己肯定感が上がる。
「いえ、どういたしまして」
空にふわりと浮かんで消えた郷子を見送った。
「世の中、いろんな人が悩み抱えてんだなぁ」
「お前はまだ幸せな方だ」
「た、確かに……」
烏兎翔は、迅の肩に乗り、鼻息を荒くしてつぶやいた。
今日もいい仕事したなと家路をのんびりと歩いて帰った。