都内某会社の中は騒然としていた。
妖怪雲外鏡により殺人事件が発生して、あちらこちらに警察や鑑識がざわざわと行きかっている。救急隊員が倒れた人の息の根を確かめるが、被害者は既に息絶えていた。
「被害者はこの会社に事務員としてお勤めの
警視庁捜査一課の
「結構な傷ねぇ……今回の敵は強いか?」
「あとは専門家にお任せします」
深くお辞儀する木下藍之介だ。妖怪や幽霊、鬼などはすべて警視庁の詛呪対策本部に仕事が回って来る。
「へいへい、優秀な土御門さんにお任せですねぇ」
仕事を怠けたくなってきた鬼柳は渡された写真などの資料ファイルを受け取り、壁に背中をつけ顎に手をつけて考える迅にぽんっと頭にファイルを置いた。
「ほら、仕事……」
「悠長にそんなことしてられないっすよ。先輩」
「え?」
声を発した瞬間、灰色の念がうじゃうじゃと舞い始めた。給湯室の隣のトイレの鏡から灰色の念が伸びている。迅のこめかみが痛くなる。
「来る!!」
ざわざわと現場はたくさんの警察や鑑識の人間でいっぱいの中、念力が強い迅の元に細く白い手が長く伸びて来た。頭痛が激しくなる。その場からジャンプして、祖父からもらった札を指2本でつかんだ。
『
迅の念に反応して烏兎翔が現れた。女子トイレの鏡に向かって、緑色の念が灰色の念を包み込む。伸びて来た白い腕が戻っていく。鏡にうつる自分の顔がゆがんでいく。
「近くに行くぞ」
鬼柳も札と式神の烏を出して、先に進んだ。迅は、白い腕をつかんで念を唱えようと思った矢先に強い力で鏡の中の白い腕に迅の右腕を引っ張られた。離せないくらい強い。鬼柳も近づいて、中に取り込まれないように迅の腕を引っ張ったが、無理だった。想像以上に力が強い。鏡が水面のように動き出す。迅は、中へと引き込まれていった。
「ちくしょ!! 土御門、外に出さないと……どうする?!」
鬼柳は独り言のように叫ぶ。式神の烏は不機嫌そうだ。トイレの外壁からじっと見つめて腕を組んで様子を伺っていたのは白狐の仮面に束ねた長い髪を揺らした
「お、お前、何だよ。倒しに来たのか? 雲外鏡を」
「そんなもの
そう言い捨てて、白狐兎は迅が入ったとされる鏡の中に吸い込まれるように入って行った。鬼柳はそんな簡単に中に入れるとは知らず、後から続けて中に入って行った。
◇◇◇
真っ白い壁真っ白い床の上に水たまりがたくさんあった。
迅は、横になったまま、鏡から伸びた白い手に首を両手を締められていた。
必死で迅は両手で雲外鏡の手を抜こうとしたが、力が強かった。とてつもない。苦しくなって、口からよだれが出る。息が続かない。やばい。死を考えてしまう。迅は諦めそうな気持ちを持ちこたえ、両足で雲外鏡の体を蹴飛ばした。長い黒い髪に白装束の恰好で、頭が鋭い角が生え、手には細く長い爪が生えていた。牙も相当鋭い。目が丸く猫の目のようだった。蹴飛ばされた雲外鏡は、床に投げ出された。
「まだまだ生きるっつーの」
手の甲でじゅるっと唾液を拭いた。札を2本の指で挟み、唱えた。
地面に魔法陣が表示される。
『臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前』
雲外鏡はまた迅に襲いかかろうとしていた。疾風が強く吹き荒れた。まだ迅の力では弱い。青白い滅矢が足元に飛んでくる。白狐兎の放った矢だった。あいかわず、狐の面をかぶっていた。
「お前!? 永遠ライバルって言うやつだ」
「うっさい。来るぞ」
白狐兎の前に鏡が映し出される。何度もめくっても狐、兎、狐、兎の順番で出て来る。誰も素顔を見せない。雲外鏡が持つ手鏡を白狐兎に見せると、仮面前の真実の姿を見ることができた。ごくごく普通の銀髪のイケメン男子だった。迅は自分よりもかっこいいことに悔しい気持ちになった。
「ちっ、隠せなかったか……」
「ずるいぞ。かっこいいくせに隠すなんて!!」
「今はそんな話してる暇ない」
「あ、手鏡と言えば、じいちゃんの手鏡があった」
迅は、祖父から預かっていた小さな手鏡を出してみた。
「技を出せ」
「へいへい、わかってますよぉだ」
迅は、白狐兎にひどく嫉妬する。
『急急如律令』と叫ぶと持っていた手鏡が眩しくなり、光で大きく包まれていく。
「ぐわぁあぁああーー」
さすがは祖父の念がこめられた手鏡は効果てきめんのようだ。
雲外鏡は一瞬にして砂のように消えていく。
パワーが弱まる術師の前では本領発揮できなかったようだ。
白狐兎は舌打ちをして忍者のように姿を消した。
開けていないトイレの蛇口から急に水が飛び出していた。
辺りは水で浄化されていく。
迅は鏡の中から外に飛び出して、ため息をついた。
「これで完了!」
「土御門、大丈夫か?」
「先輩、助けに来ないって薄情ですね」
「いやいや、行きたかったけども」
「いいっすよ。別に。俺、強いっすから」
「……はいはい。結局は白狐兎くんに力借りてたろ?」
「そうとも言う」
「いや、そうしか言わない」
「ひどいや、先輩」
「………生きてるでしょ」
「そうですね。じいちゃんの手鏡が役に立ちました」
ポケットから取り出した古めかしい手鏡を見せた。鬼柳は強烈な念を感じとる。
「おじいちゃん様様やね」
「……おじいちゃんラブですから、俺」
「そんな話聞いてないから」
2人は、一仕事やり終えると、満足げに外に出て行った。
もう犠牲者は出ないことを祈るばかりだ。