すじ雲が浮かぶ青空の下、赤い鳥居の上に烏兎翔が乗っていた。
ここは迅の実家でもある晴明神社だ。鳥居の横が左右に雌雄一対の狛犬が睨みをきかせている。参道を抜けると、手水舎の水がちょろちょろと流れている。社務所では神職や巫女が控えていた。
厄払いの儀式の声が外にまで漏れていた。
迅の祖父
参拝客が立ち去った後、嘉将は、大きな声で迅を呼んだ。
「迅!! 終わったぞ」
「あ、はい!!」
「札が切れたってもっと無くなる前に連絡をよこしなさいよ」
「す、すいません」
「こっちは儀式の合間に描かないといけないから。暇そうにして、結構忙しいだぞ。今じゃ、御朱印帳ブームで人気でさ。もう、ラッシュだわ」
「……何か嬉しそうっすね」
「ほれ、100枚あればいいだろ」
「めっちゃ、早!?」
「ストックあるんだわ。お前がすぐに欲しがるからちょこちょこ貯金のように描いてたわ」
「ありがとうございます」
「おう、100万円な」
「高いッ。1枚1万かよ」
「冗談だけどな。それくらい念を込めてるわ」
「最近の妖怪や鬼は、念が強まってるから。じいちゃんの札じゃないと倒せないわ。俺の描いたへろへろの札は浮遊霊くらいしか……」
「当たり前だ。修行の差だ」
立ち上がり狩衣のすそをこすりながら移動する。迅は追いかけながら話す。
「じいちゃん、父さんとの確執はどうなったんだ?」
「…………私に聞くな。お前がどうにかしろ」
「えーー、親子の問題だろ? なんで孫がしゃしゃり出なくちゃいけないんだよ」
「ふん、そんなの知ったこっちゃない。あいつが悪い。私が気に食わないとか。ありえないし。出てって便りがないなら元気な証拠だろ」
「あー……いつまで経っても2人は大人になりきれないのか」
「お前も大人になれてないからな!」
嘉将はふくれっ面で話していた。ご機嫌斜めだ。ふと、スマホの着信が鳴る。
「はい、こちら土御門。え? わかりました。すぐ向かいます」
迅は、珍しく仕事に真面目だ。嘉将は感心する。こめかみが痛み始めた。
「出たのか?」
「ああ、今度のは結構厄介な感じがする。念が強い」
「確かに。気をつけろ。女の怨念は強いんだ」
「じいちゃん、わかるのか」
「遠いけどな。今の電話から伝わって来る。
「雲外鏡?」
「これを持っていけ」
嘉将はタンスの引き出しから取り出した。古めかしい手鏡だ。
「古い鏡だな」
「役に立つはずだ」
「ああ、わかった。んじゃ、行ってくる」
「鬼柳さんにはよろしく頼むぞ」
「わかったよ」
手をパタパタと振って立ち去った。外に出ると鳥居で羽を休めていた烏兎翔が迅の肩に乗る。
「気をつけろ。既に人間が2体やられている」
「何だって、やばいな。急がないと……烏兎翔、飛べ」
「言われんでも飛ぶわ」
「俺を置いていくなって」
烏兎翔が飛び立とうとすると手を伸ばす迅を忘れていた。
「世話が焼けるやつだ」
「お前もな……」
「……」
迅は、静かに烏兎翔の足をつかみ、そのまま空中を飛んで殺人現場に向かった。 神社の周りの数羽のカラスが鳴いた。
『
100年を経た鏡が妖怪と化した