街の喧騒が耳ざわりだった。
それは真夜中の夜でも同じで、煌びやかなネオンが輝くお店でも騒がしい。
ざわざわと賑わうお店の中。
ここは歌舞伎町のキャバクラ。今日もNo1をかけてキャバ嬢が客に媚びを売っている。何が楽しくて愛想を振りまいているのかわからない。すべては富や名声、生きていくための意味を探すためなのか。ホールスタッフがあちこちにグラスやボトルを運ぶので忙しくしていた。
「いらっしゃいませ。はじめましてですよね。 わたし、ここに入ったばかりの新人ホステスの『えみり』です。よろしくお願いします」
キラキラ光るペンや樹脂ペンでデコった名刺を小太りですでに酔いがまわっている50代半ばの男性に渡した。でれでれでどんな女性の太ももを触るらしい。すぐご指名チェンジをする面倒な客だ。頬もぷくぷく、スーツもぷくぷく、ワイシャツもはみ出しそうだ。身なりは気にしないんだろう。丸々眼鏡が不気味に光る。
「えー、えみりちゃんって言うの。かあわいいねぇ。どれどれ」
すぐに手をのばして、ちらっとスカートから見えた太ももを触った。本当はセクハラで訴えてもいいところだが、このくらいは許容範囲としていた。
「どーですか? えみりの足ぃ。綺麗でしょう。もう、足なんて良いからお酒飲んじゃってくださいよぉ。注ぎますね」
えみりは開いてるグラスにビール瓶から片手にタオルを持ちながら丁寧に注いだ。新人と言えども、ほかの店でだいぶ働いたことのあるベテランだ。年齢は不詳。
「商売上手だねぇ。んじゃ、ボトル入れちゃおっかぁ。おーい」
パンパンと手をたたいてホールのアキラを呼んだ。床に膝をついて注文を受ける。
「お呼びでしょうか」
「この子のために、一番高いお酒のボトル1本お願いできる? シャンパンタワーでみんなに配ってもいいよぉー……ヒック」
すでに出来上がっている。新人として働き始めてまだ1週間も経ってない。初めての高級ロマネコンティを出した。先輩キャバ嬢はもちろんいい顔をしていなかった。嫉妬心の表れだ。現在No1のしょうこはトップだけあってえみりは眼中にもない。その様子にえみりは影で舌打ちをする。
えみりの客がシャンパンタワーに夢中になる。ほかの客にも目立つように盛大な音楽も鳴る。お金もじゃんじゃん入る。お店の売り上げもあがる。えみりは順風満帆かに思われた。
◇◇◇
街中にパトカーと救急車のサイレンが鳴りひびく。
とあるホテルの一室に50代の男性が何者かにより刺殺され遺体で発見された。その死に方は異常そのものだった。ナイフは胸に突き刺さっていた。だが、腹部付近に手術された跡があり、腹の中にはたくさんの油揚げがしきつめられていた。さらに奥から大量の蟻が湧き出て来るという奇妙な死に方をしていた。明らかに人間技ではないとまた警視庁の詛呪対策本部通達が入った。
「また今回も気持ち悪いっすね」
迅は白い手袋をはめて合掌する。隣には鬼柳が捜査一課の刑事に事件の概要を聞いていた。
「お疲れ様です。黒沢です! この方は都内に住む会社経営者の阪本康二郎氏ですね。昨晩、キャバクラ『butterfly J』の常連客のようです。まぁ、アフターでそこにいる女性と一緒だったらしいですが、ちょっと目を離した時にはこのありさまだったらしいですね」
警察手帳に書かれたメモを読みながら説明する。端っこで何も言えなくなったえみりがガタガタと震えてうごけなくなっている。
「彼女は犯人を見ているんですか?」
「いや、見ていないらしいです。ちょっとコンビニに出かけて20分くらいだったって言ってますね」
「短時間でこんなに素早くできるもんですか?」
「まぁ、女性の話も真実かどうか怪しいですね。第一発見者ですし」
迅はこめかみをおさえた。また念を感じて頭痛がする。鬼柳はそっとえみりに話しかけるがもう意気消沈していて話す気力も失っている。
「病院連れてった方いいですね」
「は!」
巡査が慌てて指示に従った。鬼柳は顎髭を触って窓の外を見つめ、考える。
(人間の嫉妬心もあるんじゃないか……。いや、妖怪か)
「来る!? いや……違う人間の気だ」
ホテルの真下の遊歩道にキャバクラ『butterfly J』でNo1のしょうこがハイヒールの音を鳴らして、堂々と歩いていた。お尻には霊力のある人しか見えない9本の
尻尾が揺れ動いていた。迅と鬼柳はそれに気づいていない。事件解決には難航しそうだ。
車のクラクションが交差点で鳴り響いた。