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第16話 不吉な予感 参

鬼柳は、端麗で妖怪とも思えない河童にずるずると川の中にひきずりこまれていた。誘惑に誘われて、現実を理解できてないようだ。

ぶくぶくと息が出ていく。だんだん苦しくなってきた。河童は水の中でも歌を歌い続け、琴を水中に離し、自動演奏に切り替えた。両腕は鬼柳の腕をしっかりつかんでいた。かなり激しく口から空気が漏れていく。絶体絶命のピンチにさしかかる。



「なぁ、何してるの?」


 突然、川岸に現れた白狐兎がしゃがんで、ぶくぶくと空気が上にあがってるのを指さした。迅はㇵッと気づいて、近づいた。


「あ!? お前、なんでここに。何って、先輩が外に出て来るの待ってるんだよ」

「死ぬよ?」

「え?!」


 迅は、行かなくてもいいって言った烏兎翔を睨みつけた。烏兎翔は、口笛を吹くようにごまかした。白狐兎は呆れた顔で見ていた。


「やばくね?!」

「行けよ」

「あ。ああ!! 行くに決まってるんだろ」


 迅は、慌てて、着ていたジャケットと靴を脱いで、真下にジャパーンと飛び込んだ。あたりに水しぶきが飛ぶ。


「行くんだ。間に合わないだろって」


 白狐兎は、手のひらから術を使って白い大きな弓矢を水の中に狙った。河童の体に狙い定めて、打ち込んだ。迅の横を弓矢が通り過ぎる。鬼柳をつかんでいた河童の腕に命中し、うめき声をあげた。やっと解き放たれた鬼柳は水面に浮かぶ。迅も続けて、浮かんだ。


「それじゃぁ、無理だよ」


 外に出ると、1人の男子小学生の霊がぼそっと言う。


「ぶはぁ! 死ぬかと思った!!」

「ほぼ死んでました。意識がもう取り込まれてます」

「へ? お前いたのか」


 鬼柳は白狐兎の姿を見て、驚いていた。隣にぼんやり出て来た男子小学生の霊に気づいていない。


「……ぶく…ぶわ……たすけ……」


 鬼柳が助かったと思ったら、今度は迅の方が引きずり込まれている。もがいてももがいても河童の爪が腕の肉片にまで食い込んで離さない。それでもなお、歌い続け、琴の音色が響く。迅は、戦意を失う。誘惑の歌と音色に負けている。


 鬼柳が白狐兎と話している間に迅が命を奪われそうになっている。


「刑事さん!! 死んじゃうよ!!」


 男子小学生が大声で叫んだ。ㇵッと、2人はその声に気づいて振り向くと、迅がぶくぶくと中に入っているのを見た。


「やばいやばい!!」

 鬼柳は、駆け出して、札を2本指でつかみ、顔の前に出した。周りに青白いモヤが集まり始める。


『青龍・壱!!』


 瞳や体はすべて青色で、体には鱗で覆われている。青龍は陰陽道では木の属性を持つ。川の水の底の底、周辺の木々たちの根っこが伸びてきている。刃物のように尖った枝が迫って来る。迅がぶくぶくと息を吐いていると、河童の腕に枝が針山のようにぐさぐさと刺さった。川の水の上に持ち上げられ、河童の体はすべてたくさんの枝に突き刺さっている。血だらけに口から吐き出した。青龍はやることはやったと空中をぐるぐるとまわっては消えていった。


「ぐわぁーーーー!!」


 河童は、砂のように消えていく。迅は、河童の消えるその横で眺めていた。


「危なかったぁ。死ぬかと思ったぜ」


 ざばぁーとびしょぬれになった服をぎゅっと絞った。


「ふぅ……まぁ、何とかなってよかったな」

「今回は助けられたっす!」

「…………」


 白狐兎は何も言わずに式神を連れてパッと瞬間移動して消えていった。迅は、疑問符を浮かべた。


「あいつ、何しに来たんだ」

「一応は助けに来たんじゃないか。俺、助かったわけだし」

 霊力を使って疲れていた鬼柳は、立ち上がって、服を整えた。


「……あの」

「……ん? 先輩。その子って?」

「あ、あれ? さっきのご遺体の霊じゃないのか?」

「ああー。あの子か」


 木の近くでぼんやりと浮かぶ男子小学生の霊に迅は、そっと近づいて、話を聞いた。


「僕、本当は自分で水の中入ったんだ」

「……ふーん」

「だから、河童のせいじゃなかった……」

「違うだろ。お前、いじめられたんだろ」

「……?! 違う、僕は何もされてない。僕自身が押してって言ったんだ」

「誰を何をかばってるんだ。もうお前は死んだんだぞ。もう、正直になれって。だから成仏できないんだろ」

「……刑事さんは何でも読めてしまうの?」

「まぁ、何となく。俺の勘だ。でも、いじめるやつにはきっと天罰来るから。因果応報ってやつが絶対来るから安心しろ。予測はできる。むしろ、お前が出ればいいじゃん。怖がらせてさ」

「え?」

「ちょうど、施設の泊まる部屋に幽霊が出るって噂のところあるだろ。俺も小学生の時、ここ泊ったことあるからさ。『シラサギの間』にお前が出てみれば? 音出してみたりしてさ。ただそれだけでも十分だろ」

「でもそこにいじめるやつが泊まるとは限らないじゃないの?」

「意外とそういうのってツキがまわるってやつじゃね?」

「??」


 男子小学生の霊は、言われるがまま、宿泊施設の心霊スポット『シラサギの間』に移動して、みんなが寝静まったところにそっと壁を3回たたいてみた。ちょうどよくいじめのトップに立つクラスメイトの泰幸の寝床の近くだった。敏感に反応する泰幸は1人何も言わずふとんを濡らした。恐怖のあまりに失神している。


「刑事さん、すっきりしたよ。ありがとう」

 迅はいいねと親指を立てて、男子小学生の成仏して行く姿を手を振って見送った。



 山の中を走るパトカーの中、鬼柳の運転で迅は助手席で鼻歌を歌った。


「それにしても、あの河童ちゃんは美人でグラマーだったなぁ」

「何思い出してるんですか。そういうこと考えるから死にそうになるんですよ」

「うっせーよ」


 飛行機が雲を作らずにまっすぐに飛んでいる。青空が清々しかった。 

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