早朝の警視庁の詛呪対策本部にて
「うわぁ!?」
大津智司は今までに出したことのない声を出した。後ずさりして、持っていたバックを床に落とすくらいだ。部屋の中は物々しいくらいにドロドロと気が暗くてお化け屋敷にも入ったようだった。大津の席の左隣に朝に来たことがない土御門迅が顔をデスクにつけて、だらんと死にそうな顔でちらりとこちらを見る。顔が痩せこけて、ミイラにでもだってしまったような顔をしている。
「あ、おはよー。大津くん」
ここに入社して一度も朝に出勤したことがない迅がデスクに座っている。具合わるそうにいかにも死にそうな格好だ。話を聞いたらきっと長くなることを察した大津は、自分のデスクにバックを置いて、何事もなかったようにいつも通りに朝の準備をした。迅に挨拶もしていない。話したら最後、話を聞いてあげないといけないんだろうと頭の中で考えた。
掃除ロッカーからほうきを取ろうした真後ろに迅は肩に触れた。これは、後ろを振り向くべきではない。背後霊になったみたいだ。大津は、ほうきを持ったまま、横にかにのように歩いた。迅も同じように横歩きでついて来る。それが何度も続き、端の壁にまで到達した。
「……大津くん、逃げ場はないよぉ?」
まるで迅が妖怪や幽霊になったように大津の肩にしがみつく。
「ひいいいい」
お化けより、幽霊より生きてる人間の方が断然怖いと大津は心底思った。
迅のためにお茶を用意して、デスクに座って、諦めて話を聞くことにした。どんだけ友人や家族は迅に相手しないのだろうと同情をする。
「緑茶、いれました。どうぞ」
大津は丁寧に湯呑に注ぎ、迅の前に受け皿とともに置いた。
「あーーなんと癒しのお茶だー」
「……それで何があったんですか」
「……え? え?? 聞いてくれるの?!」
〈さっきから話を聞いてくれオーラ出しまくってる人が良く言うよ〉
心の中でため息をつきながら大津はうんうんうなずきながら真剣に聞き入った。
「それでね、大津くん。俺、負けたわけよ、昨日。3万も賭けたわけ、ガチャガチャでねキラキラしたところ」
〈なんでこの人、隠語を使おうとするんだ。もうばれてるだろ。パチンコって……〉
「はぁ、そうなんですね。それでどうしたんですか?」
「……金貸して?」
「…………」
大津はその言葉を発したとたんにデスクの方に戻って、パソコンの電源をつけて、カタカタと仕事をし始めた。無言のまま、時間が過ぎる。迅は、がっくりとうなだれて、出勤したメンバー全員に金貸してと言いまくっていた。
「俺もさぁ、全財産を競馬につぎ込んだことあるけどさ。あの時はしこたま嫁さんに叱られたけど、なんだかんだ言って助けてくれたからね。何とかなったのよ。お金が無くても繋がる愛もあるのよねぇ……ふふふ」
「ちょっとそれには語弊がありますよね、鬼柳さん。その後にポラリスホテルの社長に謝礼もらってませんでした?」
「……え、なんの話でした?」
「夫婦仲アピールするほど、仲良くないですよね?」
九十九部長がずばずばと鬼柳に詰め寄る。
「ぎくぅ! 九十九部長、なんでそんなに家のこと知ってるの?」
「鬼柳さんの奥様とお会いした時にたっぷりお話聞きましたら、安心してください!」
「いや、パンツ履いてますから安心してくださいとかじゃないですよ。どうして、うちの嫁と……ぐすん」
〈九十九部長と仲良しになったら嘘つけないじゃない、俺〉
いじいじといじけし始めた鬼柳がいた。
「えーーーー、先輩のアドバイスに信憑性に欠けますね」
デスクに腕を伸ばして、顔を腕に乗せた。九十九部長は迅のそばによる。
「土御門、出勤時間、間違えてない?」
「え?!」
「あ、そういや、そうだ。迅、なんで、今ここにいるんだよ。寝坊はどうした?」
「え?!!」
「土御門さん、そこ私の席です」
大春日舞子は迅にはっきりモノ申した。どさくさまぎれた。
「え、俺、今ここにいちゃだめなの?」
「いつもいないだろ。こんな早い時間に……」
「え?」
迅は、壁掛け時計の針を確認した。一瞬固まった。
「お呼びでない……帰ります」
「……土御門、どこへ行く?」
九十九部長は、帰ろうとする迅の首根っこをつかむ。猫のような格好になる迅はなすがままに連れていかれる。そのまま、鬼柳のもとに移動した。
「はい、お預かりぃ」
「……ちっ」
「なんと、ヤンキーな猫だな」
鬼柳は猫のようにまるまった迅をかついで、部屋を出た。廊下に出ると、人間に戻る。
「……今度はどこですか?」
「急に冷静か? 小学校の合宿で沢登りしていたんだと……予想できるか?」
鬼柳は、スマホに送信された仕事依頼のデータを確認した。
「……天狗かなぁ?」
「ぶー。残念。きゅうりが好きなやつね」
「あー、ぺんぎん?」
「小さい子が好きな可愛いキャラクターじゃねえよ? 緑できゅうり好きだけど」
「先輩も見てますね。キャラクター……」
「行ってみてからのお楽しみな」
「……雑魚だな」
「ビックマウス言うね。進化してるかもだろ」
迅は、口笛を吹いて、歩きながら、警視庁を出た。駐車場にとまっていたパトカーのエンジンをつける。鬼柳はため息をついて、ジャケットを整えた。
街の喧騒がここまで聞こえる。救急車のサイレンが聞こえて来た。