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第13話 陸上部の男子高校生 参

 うめき声をあげて、てけてけの体に弓矢が刺さっていた。その弓矢は迅にとってのライバル白狐兎が放った青白く光る弓矢だった。力不足だったのか。迅と鬼柳と

てけてけの相性やタイミングが合わなかったんだろう。白狐兎の放った矢が的中したのは、目くらましで迅と鬼柳が相手してる間に隙間ができて避けきれなかったんだろう。そう思いたい迅だった。何よりも間近にいるのに攻撃できなかったことに悔しかった。


 白狐兎は、仰向けに倒れる迅の上に自分の顔を見せつけた。迅は手を伸ばして、白狐兎のお面をはがした。はがすたびに、白い狐が出て来る。何枚顔につけているんだとイライラとしていると、パッと今度は白い可愛い兎が出て来た。


「マジか。急に可愛い系かよ!!」


 寝ながら、白狐兎のお面をはがしたが、無反応であることにさらにつまらなさを感じる。


「それで満足か」


 白狐兎がそう言い放つと後ろからまだ瀕死状態で生きていたてけてけが襲いかかろうとした。左手を後ろに向けて、白狐兎気を送る。目をつぶりたくなるような青白い光が放たれた。強烈で目が痛くなる。迅と鬼柳はそばにいて、腕で目を隠した。


「ぐわあああああ!」


 てけてけは一瞬にして、うめき声の中、光に包まれながら消えていく。


 白狐兎は想像を絶する力を持っているようだ。迅は自身の腕と腕の隙間から覗いて、白狐兎を見た。何事もなかったように革靴を地面に打ち付けながら立ち去っていく。足元に気が溢れている。放っているつもりのない力が漏れていた。強さを見せつけられた。息をのんでいなくなるのを待った。攻撃を受けたくなかったのだ。気づかないうちに白狐兎の姿は消えていた。


 踏切の音が静かに響き続けた。うつ伏せになって、西の空を見た。

 青紫の色が晩陽を際立させていた。



 ◇◇◇


 大正時代、まだ日本は貧しかった。

明日生きていくための食事を確保するのも大変な人もいた。

若いうちから出稼ぎにいかないといけなくなった。義務教育を卒業した12歳の男児も上京すると自転車に乗って、最寄りの駅に行こうとした。

坂本貫太郎さかもとかんろうはぼろぼろの自転車を押し進めながら、蒸気機関車に乗るため、最寄り駅に向かっていた。砂利道ででこぼこしていた。白いワイシャツに大きめの丸めがねにサスペンダーをつけていた。


「かんちゃん!」


 貫太郎の3歳年上の幼馴染の谷崎きよは、赤い着物と紺色のもんぺを羽織っていた。生きていた頃のてけてけだ。


「きよ、危ないから!」


遮断機のない線路を渡ろうとするが、貫太郎は自転車を押す。隙間にタイヤがひっかかって動けない。心配するきよが駆け出した。少し離れたところから蒸気機関の音が近づいている。


「かんちゃん!! 危ない!!」


 きよは、慌てて、貫太郎と自転車を押した。


「きよ!!!!」


 貫太郎は線路の下にまで自転車とともに投げ出された。きよは助け出したかった。迫り狂う黒い姿をした蒸気機関車から貫太郎を救いたかった。その犠牲はとてつもない。車両に全身をうちつけて、全身打撲により粉砕骨折や内臓破裂、脳挫傷、肉片の飛び散り、バラバラになる。これがてけてけ人間時の死の全貌だった。

婚姻を約束をした幼馴染、出稼ぎに行く貫太郎を送り出す際に不運に見舞われた。成仏しきれず、幽霊になって、この世をさまよっているのは、貫太郎と一緒に道連れできなかったことを悔いていた。一緒に死にたかった思いが強く出て、イケメンばかりを狙って、命を奪っていた。本来ならば、貫太郎本人に会いたかっただろうに。迅は、てけてけが発生した線路に向けて、合掌した。


◇◇◇


 成仏した先では、笑顔で貫太郎に会えていることを祈りたい。

 女性の想いや念と言うものは後世までつながってしまうのかと学んだ出来事だった。早い段階で気づいてあげられれば、被害者も少なかっただろうかと迅は悔いた。


 すると、線路に合掌していると背中がゾクゾクと寒気がした。風邪でもひいたかなと両腕をなでた。


『僕のこと見えますよね?』


「……寒いなぁ。夏なのにエアコンの温度下げすぎて寝てたのかな」


 迅は、ぶつぶつと言いながら、タバコをふかす鬼柳の横で線路から立ち去ろうとすると、大きな声がした。


『おーーーーい!!』                                      


 体中肉片が粉々になり、目玉だけが線路をころころとビー玉のように転がっている。              


「き、きも?! 何これ、例のあれ? お父さん?」


『違います。僕です。陸上部の大会優勝候補の高校生は僕のことです』


「君もよく言うねぇ。目玉だけでどこから声が出てるん?」

「……そこにも成仏しきれないやつがいるみたいだな」


 鬼柳がため息とともにタバコの煙を吐いた。迅はかがんで、じっと目玉を見つめる。焦点が合わない。どこを見てるのか。


「疲れ目にはこの目薬が効くぞ。あとドライアイにも効果ありだ」

『充血してるからって目薬いりませんから。むしろ霊体なんで、目薬できませんよ』


「悪い悪い。んで? お前は何に悔いが残るんだ」


『陸上大会の出場が間近だったんです。参加できないことが悔いが残ります。僕の代わりに出場してくれませんか? 一般参加が可能な大会です』


「……まさか、その大会って?!」

 迅は立ち上がって逃げ出そうとした。鬼柳は迅の首根っこをつかんでつかまえた。


「土御門ー? これは仕事だぞ。給料発生中だからなぁ」

「ひぃーーーー」


 目玉くんは、少し喜んでジャンプしていた。べちゃとつぶれた。自業自得だ。


『いたたた……。楽しみにしてますね。』


 目玉焼きになりきれなかった卵のようになっていた。



 翌日、本格的にハーフパンツと汗をかいてもよいスポーツウェアに着替えた土御門迅と鬼柳平吉は、準備運動をして、スタートラインに立っていた。くるくると手をもんだり、屈伸をしたりした。


「土御門には負けてらんねぇな。本気でやるぞ」

「先輩には勝つの当たり前なんで!」


 バチバチと目が血走っていた。市内で有名なマラソン大会だった。中学生から一般参加可能なものだった。目玉くんは、生きていた頃、高校生としてこれに参加したくて仕方なかった。毎年1位を取るくらい本気だった。


『絶対、優勝ですよ!』


 目玉くんは、迅のズボンのポケットに入って、大会を味わった。まるで自分が走っているかのようだった。気分爽快となる。もう心は満足していた。土御門迅が1位、鬼柳兵吉は2位となっていた。途中、ずるをして足が速くなる術を使ったことは他の皆には内緒だ。42.195キロを完走した。ゴールではピストルが放たれた。


 拍手喝采で、首には金メダルを掛けられた。


「よっしゃーーーーー!!」


 目玉くんも心洗われたが、迅も鬼柳に勝てて達成感を味わった。


 飛行機が低空飛行をして飛び立っていった。

 平和が日常が戻っていった。


 てけてけが出現した踏切では遮断機が正常におりていた。

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