踏切の警告音が響きわたる。
閑静な住宅街の近くで踏切の遮断機がおりた。
1人の男子高校生が腰が抜けて、しりもちをついて、後退する。
乗っていた自転車が大きな音を立てて、倒れている。
「う、うわぁぁあああーーーー」
大きな声を出して、無我夢中で駆け出した。男子高校生の見ていた先にズルズルともう一人の男子高校生が、体をひきずられている。黒髪の長い白い服を着た女性なのだろうか。前髪が長すぎて顔が見えない。これから電車が来るはずなのに線路の上をずんずん進む。ひきずられながら、次々と骨が折れ、胴体の肉をひきちぎれていく。女性の力ではかなりの怪力だ。両足が黒くて見えない。足が無い。幽霊なのか。ひずられた男子高校生は、すでに顔は肉が剥がれ落ちて、頭蓋骨が見える。人間としての姿ではなかった。近くを通り過ぎた犬の散歩をしていた主婦のおばさんが悲鳴を上げた。女性の声が苦手だった幽霊は、パッと消えてしまう。線路の上にのこされた男子高校生はクラクションを鳴らした電車に轢かれてあちこちに体がバラバラに散らばった。血だらけの踏切に大きな柴犬がくんくん匂いを嗅いでいた。
◇◇◇
「おはようございまーす」
土御門迅は、あくびをして、肩に荷物を持ちながら、警視庁の詛呪対策本部の扉を開けた。
デスクではハッカー専門の大津智司と大春日舞子は眼鏡を光らせて、ずっとパソコンと向き合っている。じっと迅が画面を見つめると、大津には式神のハシビロコウがポリゴンで表示され、大春日舞子にはsIrOという可愛い犬の平面式神イラストが表示されていることに興奮を覚えた。その式神がアバターのように扱うゲーム画面みたいで仕事じゃないと不満を漏らす。
「なぁ、なぁ。先輩、これ、ゲームじゃないですか。仕事じゃないっすよ。ずるい。俺もこっちやりたいっす!!」
迅は、鬼柳にアピールして、パソコン画面を指をさす。大津智司は額に筋を出して怒りを示す。大春日舞子は、騒がしいのを気にもせず、ワイヤレスイヤホンをつけて好きな音楽を聴きながら、仕事に熱中する。
「土御門ぉ、それも術使って犯人捜ししてるんだぞ。ただ、ぽちぽちキーボード触ってるだけじゃねぇっつぅーの。お前はあきらめて、現実見つめろ。珍しく、11時に出勤してるんだから、な?」
「……あぇ?」
「ほら、見ろよ。時計。11時。本来ならば、大遅刻。給料減るね、残念でした」
鬼柳は、迅の肩をぽんぽんとたたいた。 迅は慌てて、タイムカードを切る。どんなに頑張っても時計は戻れない。
「後ろのスイッチで時計を戻したら、詐欺罪だぞ?」
「……ちくしょ!!」
だんっと時計をたたくとベルが一回だけ鳴る。
不意に九十九部長が迅の後ろに静かに立った。
「うわぁ!!!」
迅は、驚きすぎて、腰を抜かす。気配を感じなかったらしい。にやにやと九十九部長は、笑う。
「な? 九十九部長! 心臓に悪いっす」
「相変わらず、君は遅いね。好きだねぇ、遅刻」
「てへぺろ!」
九十九部長は迅のみぞおちをパンチした。壁に思いっきり体が当たる。ぎりぎり壁は壊れない程度の強さだった。仕事をなめている迅を許せなかった。
「くぅ……九十九部長、能力者じゃないですよね。力強……」
「これでも手加減してるわよ? 最近、ボクシングジム通い始めたのよ。ダイエットがてらね。いやぁ、女もなめられたら終わりだからね」
「……すっげぇ。向上心ありますね」
「土御門くん、この対策室にはパワハラってないから。ね? 部長」
「ええ、セクハラは禁止ですけどね」
「……? ええ、まぁ。そうですね」
「別に上司を訴えるほどひよってませんから大丈夫っす。一種のトレーニングって思っておきますよ。俺は今レベルアップしました!」
「……今日、近所の踏切で事件が起きたんだが、早速事件解決に駆けつけてほしいという依頼があった。状況は、犯人に体をひきずられて、両足もぎとられるらしいのよね。……行ける?」
突然、真剣に聞き入る迅は頬杖ついて聞く。
「それって、犯人って言ってますけど、人間なんですか?」
「人間の姿であるらしいんだが、この世のものかは怪しいらしい。だからここに依頼なんだろうけども」
「いつも以上にグロイ話ですね……鬼ちゃんも怖くて行けないかも」
かわい子ぶりっこする鬼柳を睨みつける迅は、出かける準備をした。仕事をしたくない病が鬼柳に発病されたようだが、いつもと立場逆転で迅は鬼柳の耳を引っ張った。
「いてててて……だって足取られるだぞ。怖くて行きたくないわ」
「妖怪たくさん見てきて今更でしょう。どーせ、術式で治療できるんだからつべこべ言わない!!」
「えーーー」
ずるずると鬼柳をひきずりながら、行こうとする迅に大津智司が立ち上がった。
「ちょっと待ってください」
珍しく声をかけられてうれしくなる迅は、大津のそばに急いで駆け寄った。
「いや、パーソナルスペース、マジ近すぎなんですけど……」
「いいから、何を言おうとしたんだよ」
「え、さっきの事件ニュースがネット上でたくさん上がっていたので報告しようと思ったんですよ、ほら」
「……なになに、珍しいじゃん。うれしいね。どれどれ」
仲間だと認めてくれたのかと迅はうれしくなった。パソコン画面を直視する。
鬼柳は、自分のデスクに向かって、スタンド鏡を見ながら髪を整えていた。