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第8話 声を失った少女 弍

暗雲が広がると、迅の体に鋭いものが突き刺さる。

逃げきれなかった。みぞおちに牛鬼の細い爪がぐいっと食い込んだ。

スタミナ不足か俊敏に動けなかった迅は、腹を手でおさえて、地面に膝をつく。

鬼柳の体は、牛鬼の手により、公園の針葉林につるされて、身動きが取れない状態になり、絶体絶命になる。小学生の鷲尾凪煌わしおなき葵沙きさは、恐怖のあまりその場にうずまっていた。誰も彼女たちを助けられる人はいない。じりじりと牛鬼は迫っていく。


「きゃーーー」


 葵沙の悲鳴が響くと、青白い大きな矢が牛鬼の体を突き破った。うめき声とともに牛鬼の体は砂のように消えていった。


「誰の術だ?!」


 傷ついた体をおさえて、誰が放った滅矢なのかを確かめた。鬼柳がつるされたさらに上の針葉林に白狐の仮面に束ねた長い髪を揺らした男がいた。霊術の滅矢をかまえていたが、戦いを終えると、両手をおろした。仮面の隙間から殺気立つ視線を感じる。ジャンプをして、迅に近づいてきた。


「た、助かったが……お前は誰だ。敵か味方か?!」

「……土御門迅。覚えておけ。俺はお前の永遠の宿敵ライバルだ」


 迅は、名前もならないやつに腹を立て、かぶっていた白狐の仮面を無理やり外した。素顔が見れると思ったが、今度は白兎の仮面が出る。


「な、なに?!」


 迅は繰り返し、仮面を外す。白狐、白兎の仮面の順番になり、素顔を見ることができなかった。痛む腹を抱えていた迅に蹴りが入る。猛烈に痛かった。また膝をついて苦しんだ。


「くっ……」

「我が名は『白狐兎びゃっこぼう。助けたわけじゃない。牛鬼を倒したまでだ」

 そう言い残して、姿を消した。牛鬼が消えた今、迅は心の底から安堵した。蹴られた腹を抱えて、鷲尾姉妹に駆け寄る。もう安全だということを伝えた。未だ声を出せぬままの凪煌のことを心配になった。


「おーい、誰か忘れてないか? じーん。じーん。迅君! 先輩ここにいるぞぉ」


 なぜか牛鬼に逆さまにつるされた鬼柳は、誰にも気づかれず一夜を過ごした。

 式神の烏たちも気にせずに飛んで行ってしまった。


「みんな薄情すぎるんだよぉおおおおーーーー!!」


 閑静な公園で鬼柳の声がこだまする。



◇◇◇◇



 病院のベッドの上、凪煌は食事も喉を通らず、ずっと点滴で過ごしていた。迅が仕事の合間をぬって、お見舞いに病室へと入った。引き戸をノックする。


「……」


 無表情のまま迅を見つめる。


「こんにちは。俺のことは覚えているかな」


 目線を合わせて話すが何も表情は変わらない。


「……」


 迅の後ろに凪煌の亡くなった両親の霊が現れた。


『刑事さん、凪煌。ショックで何も話せなくなってるみたいなんです。

 何か元気づけられたらいいんですけど』

「目の前で両親が亡くなったら声も出なくなるよな……。当たり前だよ」


 迅は、凪煌の母親の霊をすり抜けて、窓の外を見る。


「凪煌ちゃんだっけ。お父さんお母さんはさ、君のことずっと見守っているって。大丈夫だよ。元気で過ごすことが一番の親孝行だから。声が出なくても、とにかく笑って過ごせ。死ぬほど喜ぶぞ!」

 迅の言葉に凪煌はなぜかおかしくなって笑いがとまらなくなった。口に手を抑えて笑い続ける。


「お? いいね。笑ってるじゃん。その調子だ」

「土御門! ナンパしてるんじゃないよなぁ?」


 鬼柳が病室に入ってきた。迅は頬を膨らませて怒っている。


「鷲尾凪煌さんですよね。ご両親の大事なスマートフォンをお渡しします。鑑識から許可をおりました。きっと大切な思い出の写真入ってますから見てください」


 凪煌は、鬼柳から2台のスマホを受け取って、パスコードを解いた。それぞれのパスワードは、子供たちの誕生月を組み合わせたものだった。写真アルバムを開くと、生まれた瞬間の写真から歩き始めたばかりの写真、小学一年生のランドセルを背負った写真。たくさんの思い出が詰め込まれていた。家族4人で出かけた動物園の写真もある。懐かしんでいくうちに凪煌は目から大量の涙を流した。一気に浄化されて、凪煌の背中に取りついていた良くない霊気がだんだんと消えていった。


「鬼柳さん、良い事しますねぇ」

「俺はいつも良い事すんだよ! ちゃんと見て置けって」

「はーい」


 病院の駐車場で歩きながら、警視庁の対策室に向かう。鬼柳のスマホが鳴った。また事件が起きたらしい。


「土御門! 次は東方面のサッカースタジアムだ」

「マジっすか。今日は休憩時間ないんですね」

「そういうことだ」


 鬼柳は走り出し、ジャンプして現場に向かう。肩に式神の烏を出した。迅は、のんびりと、マイペースに進むが、鬼柳の視線に殺されそうになり、急いで進むことにした。烏兎翔を出して、足につかんで移動する。


 術式で負傷した体の治癒は済んでいたが、空腹には勝てない。迅の腹が大きな音を立てていた。


「腹減った!!」

「……まだ仕事あるから終わったらな」

「鬼~~~!」

「鬼柳ですが、何か」

「…………」

 迅は不機嫌な顔で現場に向かった。広がった青空には筋雲が連なっていた。

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