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第6話 大事な指輪 弍

 夜空に暗雲が立ち込める。

迅は左手にお札を指2本で挟み、ビルを駆け上がった。

窓ガラスにしがみつき、じわじわとこちらに近づいている。


臨・兵・闘・者・階・陣・列・在・前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん


 じわじわと地面から沸きおこる疾風が迅の体に巻き付きながら、渦を作り、黒く大きな蜘蛛蜘蛛包み込んだ。みるみるうちに灰色に覆われた月も星もない空に飛んで行った。迅は、勢いよくジャンプして、鬼蜘蛛を追いかける。 


 手のひらから青白い霊長い霊剣を取り出した。頭の上から剣から振り上げて、鬼蜘蛛の脳天をたたき割った。


『ぐわぁぁぁあああ』


鬼蜘蛛の体は、ばらばらと散らばって、砂のように消えていった。


迅はビルの上から地面へと飛び降りて、地面に左手をついた。霊剣を消して、鬼柳と桐島の様態を確かめに行く。


 宝石店の前には人だかりができていた。見物人が救急車を呼んでくれたようだ。救急隊がストレッチャーを運び込んで慌ただしかった。


「すいません! 警察です」


 血だらけになった服のまま、警察手帳を見せた。


「ご苦労様です。えーさきほど、運転免許証を確認しまして、都内にお住まいの桐島理玖さんとわかりました。すでに心臓はとまっていました。念のため、心肺蘇生を試みております。あと、もう一人の方はまだ意識がはっきりしておりました。警察の方ですね」


「そうです。ありがとうございます。桐島の付き添いとして着いていきます。そっちの人はお任せです」


「いや、その。土御門さん。ご家族の方、つい先ほど、駆けつけましたので、鬼柳さんの付き添いいいですか」


 救急隊の人は、もう1台の救急車に乗るよう促した。家族として駆けつけたのはお昼の番組に出ていた芙谷モナコ本人だった。生で見ると、やはりグラマーでスタイル抜群。テレビで見るより細かった。カメラ越しでは体格も違うのか。


「芙谷モナコ?!」


 ミーハーなファンのように迅は一緒の救急車に乗ろうとしたが、マスコミが近づいてきたため、救急隊にとめられて、ドアを閉められた。仕方なく、鬼柳の乗る救急車に乗った。


「ち、ちくしょ……何が悲しくて『鬼』の隣にいなくちゃいけないんだよ」

「おい、丸聞こえだぞ」

「……あれ。先輩、夢でも見てるんじゃないですか。ゆっくり休んでください」


 腹のケガに包帯を巻かれた以外は健康優良の鬼柳に酸素マスクをつけた。


「俺は瀕死じゃねぇって!?」


 酸素マスクを外した。救急隊は、迅に勝手にいじるなと注意する。


「ちっ……」


 救急車のサイレンが鳴り響いた。近場の病院に行こうということになり、迅はふくれっ面の顔を頬杖ついて車内を見つめていた。鬼柳は、目をつぶりおとなしくしていた。


「ケガ、されてますね。包帯しますか?」


 迅の左肘から出血していた。てきぱきと応急処置をしてもらってほっこりする。


「ありがとうございます」


 少しご機嫌になり、頬を緩ませていた。


 ◇◇◇



 病院の安置室にて、白い布をかぶせられた。 享年35歳の桐島理玖。芙谷モナコの婚約者だった。これから式場の予約をしようと言う時、不慮の事故に巻き込まれた。心臓も息もしていない桐島の体にしがみつき、声を殺して涙を流す。扉のすぐ近くで迅は静かに見つめていた。なんとも言えない脱力感が生まれる。どうして、救えなかったのかと無念であった。迅の隣では桐島の亡霊がぼんやりと浮かんでいた。


『本当は予約していた指輪をモナコに渡そうと思っていたんだ。2人で一緒に選んで結婚式の予約しようって言ってたのに……刑事さん。俺、死んだんだよな。何もできないって分かるから。頼む。新しい恋人探してやってくれ。むしろ、刑事さんがモナコの相手をしてくれてもいい。あいつを1人にしないでくれ。寂しがり屋で仕事をするのにも誰かの支えがないとダメな奴なんだよ……』


 零体のまま、迅の体にしがみつこうとするがつかめない。迅は、桐島の想いが深く感じられた。指輪を婚約者に渡すというのはどれだけの幸せを味わおうとしていたのかと思うと涙がとまらなかった。もう、この世に存在することはできない。


「桐島さん、それはあなただからできたんだよ。婚約者のあなただからあの人を支えられたんだ」


『刑事さん……』


 迅はお金持ちの人と結婚したら楽しそうだなと思ったが、現実を見ると重圧に耐えられないなと諦めた。同じ飲食店経営の社長だから分かり合えたんだ。たかだかまともに刑事もしてない無能な陰陽師が支えられるわけがない。


『刑事さんなら、きっとかっこいいし、モナコも気に入るよ。一人にさせたくないんだ。頼む。お願いだから』


「え、マジで。俺いける?」

「調子乗るんじゃない」


 鬼柳が後ろから声をかける。けがしていたのが嘘のようだ。


「先輩、ケガどうしたんですか。まだ寝ててよかったのに……今から芙谷社長をくどく予定で……」

「回復術で治した。何とかなるよ。このくらい。くどく? そんな若造、社長が惚れるわけないだろ。俺が夫になるんだよ」

「あああ!! 既婚者のくせに。やっぱり、金持ちに目がないんじゃないか!!」


 鬼柳のシャツを引っ張って食い止める。しばし2人社長取り合い攻防戦が続いた。

 桐島は、どうにか芙谷を見守ってくれる人がそばにいるようで安心した。いつの間にか成仏している。



○○○〇


 テレビでは、またお昼のバラエティ番組の『ぴかぴか』がやっていた。煌びやかな衣装のポラリスホテルの芙谷モナコ社長のご自宅拝見コーナーだった。


「あ、芙谷社長だ。やっぱ綺麗ですね」


 迅は、昼休憩にビックサイズのシーフードカップ麺をすすっていた。鬼柳は鼻歌を歌いながら、愛妻弁当を食べている。


「ずいぶん、ご機嫌ですね」

「当たり前だろ、お礼に芙谷社長からご褒美もらったんだから」

「え、そうなんですか。いつの間に。俺ももらったんすよ。いくらですか」

「えーー、秘密に決まってるだろ。しかもそのお金で買った馬券が大当たり。奥さんも俺にしがみついて家庭円満よ。幸せオーラの芙谷ちゃん。また会いたいなぁ」


 苦虫をつぶした顔をする迅。刑事さんたちへのお礼に社長はお金を配っていた。


「ずるいな。先輩、人の金をそうやって無駄にするのよくないっすよ」

「無駄じゃないよ。丁寧に使わせてもらったってことよ。……というか、お前さ。鬼蜘蛛の時、ずいぶん来るの早かったんじゃないか? 30分休憩はどうしたんだよ」


「それ言わなくちゃだめっすか?」

「ああ」

「パチ行ってましたよ。刑事になったら、あんパンと牛乳とパチに行くのが基本でしょう」

「んなわけあるかよ」

「でも、連チャン出てたのに右打ちが!! あの烏兎翔が店のガラス割って俺の背中のシャツくわえて連れてったんす。ずっと打ち続けてたら当たって儲かりまくってたのに……本当にあの時間返せって思います。俺のジョーが。連れてってくれるはずだったのに……あ、でも芙谷社長のご褒美でチャラですね。結果オーライですけど。しばらく財布はほくほく!」

「どんだけ、腐ってるんだよ。お前。ギャンブルにはまって仕事さぼるって……」

「む? 先輩に言われたく無いっす。むっかー、先輩だって競馬してるじゃないですか」

「俺は、休憩時間にしかしてません」


 バタンとドアが開いた。九十九部長が入って来る。


「芙谷社長、しばらく表舞台から姿消すってなってるわ。あなたたち、社長からお金なんていただいてないでしょうね」


 2人は、目を見合わせた。九十九部長は首を振ってアピールする。


「受け取ったら単純賄賂罪だから気をつけなさいよ。でも、本当、すぐ彼氏が見つかってよかったわね」


「「え?? 誰が彼氏って?」」


「病院のお医者様って週刊誌に載ってるけど?」


 がっくりとうなだれる2人だった。


(金持ちは金持ちしか興味ないんだな。しかも婚約者亡くなって切り替え早すぎ……)


 迅はデスクの上、頭の揺れるぱんだの置物を見ながら知恵の輪を解いていた。


【事件発生!!】


 警視庁内のアナウンスで騒がしくなっていた。


「行きますか」

「おう」


 迅と鬼柳は事件を追いかけに外に出た。

 式神の烏がそれぞれの肩に乗った。


 街ではパトカーのサイレンが響いていた。

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