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第2話 たこ焼きの記憶

「きゃーーー」


 『鬼』上司にドアを壊されながら、外に出された。耳を引っ張られて出ると、迅は自分の体を見つめた。服を着ていないことを思い出す。紺色のボクサーパンツ一つで裸に近い。アパート隣の白井未華子しらいみかこさんという綺麗な女性が目の前を通りすぎようとしていたが、迅の裸に近い姿に悲鳴を上げた。『鬼』上司は、パッと迅の耳を離した。


「公然わいせつで逮捕する!」

「誰がじゃ!? 未華子さんすいません。気を付けますね」

「……」


 見ちゃいけない姿を見てしまった未華子はハイヒールの音を鳴らして、逃げて行った。


「先輩!! 余計なことしてもらわないでくれませんかね」

「……良いから、早く着替えろよ。待ってるから」

「ちくしょ!」


 言葉を吐き捨てて、クローゼットの中から服を取り出して、濃いめの色のデニムのダメージジーンズに足を通した。

 これから家の中でまったり1日ゲーム三昧する予定だったが、『鬼』上司に呼び出しされて、やりたいことができなくなった。仕事のことなど一切気にしていない。8時出勤しなければならないところで電話で呼び出しで10時出勤になる。何とも自由な仕事のやり方だ。無能な陰陽師で名が通っている。だれも迅に期待していないからそうなのか。それはわかんない。


 やっと、迅は服に着替えて、壊れたドアを適当に直して気休みにカギを閉める。


「先輩!! このドア弁償してくださいね。俺直しませんよ」


「……わかったよ、後でな。今はとにかく仕事しろ、仕事。ただでさえ、無能なんだから」


「無能無能ってうっさいすよ」


 外に出て、すぐに道路の端端にチョコチョコと発生する小さな浮遊霊を指をパチンパチンとはじきながら、自然流れに除霊する。


『鬼』上司はその迅の行動に気づかずに現場に向かう。


 褒められることが苦手な迅は、ばれないように除霊し続ける。


 霊力の弱い霊たちのため、お札を使わずとも除霊できる。


 小さい霊も横断歩道にいれば、おばあちゃんや小さなこどもたちが突然車に轢かれてしまうこともある。この世界では悪霊の力で死を引き寄せてしまうのだ。


 迅は、毎日を必死で生きている人たちを助けるために外に出れば除霊をする。ただ、外に出ないとできない作業。多少たりとも体力を消耗するため、仕事じゃないときは極力家の中で過ごすことが多い。心と体の休息だ。無能と言われているのは、回復するまで時間がかかるためだ。

 今日は割と霊力の強いものが出てきているようだ。ピリピリと気圧のように感じる気がある。


「今日はどの辺ですか?」

「渋谷の路地裏だ。」

「あんな人がたくさんいるところに?」

「あいつらはところ構わずだろ」


 『鬼』上司は、迅の前を走り続けて、ポケットからお札を取り出した。


「お前も準備しておけよ」

「……そんなの分かってますよ」


 『鬼』上司の札を掲げると天からの何かが飛んでくる。黒い何かが、『鬼』上司の肩に飛んできた。


 漆黒の烏だ。『鬼』上司の陰陽師の式神は小さな手乗り烏だ。迅も続けて、ズボンのポケットに忍ばせておいたお札を取り出し、目をつぶり、パンと手をたたいた。2本の指をそろえて念じた。空から勢いよく大きな烏が現れて、迅の肩に乗った。


「重っ! 俺の肩に乗るんじゃない」


 文句を言いながらブンブン手で追い払うと、殺気立った目で睨まれる。迅の烏の名前は『烏兎翔おうと』メスだ。扱いが非常に難しい。言うことを聞かない。ご褒美さえも効果がない。烏兎翔のご機嫌で悪霊を退治するときもあればスルーされる時もある。とても怠慢だ。ペットも飼い主に似るというのだから、きっと式神も一緒だ。


 霊力を使って、いつも以上のスピードで高くジャンプしながら街中を走り回る。式神の烏と並走しながら進む。

パトカーに乗っていたらサイレンを鳴らすだろうが、2人は生身の体、もう、行き交う人に見られていたとしても気にしないことにした。


高いところから降り立った革靴の音が地面に響く。



物々しい空気が漂う渋谷の商店街脇の通路。ドロドロとスライムのような黒い物体が流れている。ただでさえ、街の通路から外れていて、暗い。さらに真っ暗な雰囲気になっていた。


「これだな……。気をつけろ! 油断するとやられるぞ」


『鬼』上司は、迫りくる何者かわからない物体から高くジャンプした。迅は、怖がりもせずにじりじりとそばによる。



シャキンという高音を鳴らして、ドロドロなものから鋭利な刃物へと自由自在に変化して、迅の頬を切った。


 頬が切れてつぅーと

 流れ出てくる血をぺろりとなめた。


「面白くなってきたーーー!! 

 今度は俺のターーーーンだな!」


 後ろにジャンプして、近くに飛ぶ烏兎翔は目を光らせた。

 迅は、お札を取り出し、身構える。


「今朝の事件の犯人はお前だな!」


 2本の指を顔の前に出して念じた。烏兎翔は、いつもより調子が良く、言う通りに行動している。羽根をバサバサと動かして、猛烈に強い風を起こした。ベタベタとする何者かわからないやつはだんだんと体を海のようになった場所から実体化させた。


 ビルを覆い尽くすような真っ黒い大きなタコが足をにょろにょろさせていた。


 迅は、念じながらパンっと叩くと、手のひらから長い霊剣を取り出して両手で持つ。


 ビルをかけあがり、力一杯振り上げた。くねくねと足にあたりながら、なかなか急所をつけない。


「ここだな!!」


 タコの攻撃を避けながら,頭めがけて、剣を振り回した。ぐあーと叫び声をあげて縮んでいく。消えていくかと思いきや、ぐるぐると動いてるタコの足が迅の頭に当たる。


真っ逆様に体が地面に叩きつけられた。


迅はその影響で、肋骨を負傷した。



いつの間にか、足がウヨウヨと動いていた黒いタコはすっと消えていた。


「いたたたた……

 タコを倒した代償は大きいな」


「今日の夕飯はたこ焼きだな」


「うっせーよ! 

 ちっ……先輩何もしてないくせに」


 迅は舌打ちをしながら、『鬼』上司の肩を借りた。タクシーを呼んで病院に向かう。


ラジオが流れるタクシーの中、

「先輩、なんであそこにタコなんか出たんですか」


「調べてたんだけどよ、あそこの雑居ビルの中にたこ焼き屋あったんだけど、潰れたんだとさ。理由はスタッフの売上金の横領によりお店畳まないといけなくなったらしいよ。たぶん、店長の怨念が大きくなったんだろうな。昨年、その店長死んだって言うから生き霊からタコって言う霊体に変わったのかもしれないな」


「あー。そういうことっすか。俺,あそこのたこ焼き好きだったんですけどね。潰れてたんだ」



 2人が乗るタクシーが通り過ぎた後には、まだ片付けてられていないたこ焼きやの看板が寂しくガクンと壊れた。



「俺,今日の夕飯、追悼の意味も込めてたこ焼きにします! もちろん、先輩のおごりですよね」


「は? マジで言ってんの?

 俺もそれ、食おうと思ってた!」


 顔を見合わせてお互いに指をさし合う。



 雑居ビルの上、『鬼』上司と迅の式神の烏2羽が静かに飛び立ち、パッと姿を消した。



 街中の車のクラクションが鳴り響いている。

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