一斉に焚かれるフラッシュに少し目が眩んだ。頭がクラクラして上手く回らない。この分だと、呂律も回らないのでは、とコップに入れられた水を飲むと乾いた唇を潤す。
「──そうした観点から、問題を起こした人物については今後『ウィスパーボイス』及び齋藤美歌の、ライブ、握手会その他全てのイベントにおいて参加を禁止することを決定しました──」
客観的な事実と決定事項のみが、事務所の社長の口から数十人のマスコミに向けて告げられる。この日美歌は、ネットやワイドショーを賑わせていた握手会での『事件』について記者会見を行うことを決めた。
ダンジョンにいた時間が長かったせいか、遠い昔の記憶として刻まれたものが現実世界ではいまだにホットなニュースとして扱われていたためだ。
「──今後は十分安全に配慮した上で延期になっていたイベントを順次開催していく予定です。つきましては──」
予定されていたイベントは全部延期。ファンからの心配の声も毎日のように途切れることなく寄せられていた。
(それに……声を上げることで届くものもきっとある……)
「美歌」
肩を小突かれてハッと顔を上げる。マスコミ全員の追及するような目が自分に注がれていることを知って、慌てて卓上マイクに顔を近づける。
「す、すみませ──」
キーンと耳が痛くなるハウリングが部屋中に広がった。耳を押さえながら、マネージャーに手渡されたマイクを手に取る。離れる前に耳元で囁かれた「大丈夫」という言葉にいくらか緊張が和らいでいく気がした。
「マイクの不備がありまして、申し訳ありません。それでは、改めて齋藤美歌からみなさんにお話があります」
葵の朗らかな声に後押しされて、美歌は恐る恐るマイクに声を乗せた。
「すみません、あの……よろしくお願いします」
喋り始めると同時にまた一斉に光が舞う。シャッターを切る音に喉から心臓が飛び出そうなほどに、心音が高まる。
「あの日──あの日……」
マイクを握る手に力が入っていた。どこを見たらいいのかわからずに目を瞑る。嫌な記憶が駆け巡っていった。
(でも……言うって決めたんだから。私が言うって決めたんだから)
唇をきゅっと噛み締めて。口から溢れそうになる悲しみを喉奥へと流し込む。1秒、2秒と時間を数えて、美歌は目を開いた。
「あの日。私は、暴力を受けました。車椅子が傾き、顔が床に直撃しました。止めようとしてくれたスタッフの方、ファンの方の制止を振り切って、暴力を振るった男性はこう言いました。お前ら全員死ね。自分で起き上がれないやつが、アイドル気取ってんじゃねえよ……と」
必死に堪えているのに涙が出そうになる。繰り返されるフラッシュの明滅が滲んでいく。
「そのときは何も考えられなかった。頭が真っ白になってどうすればいいのかわからなかったんです。だけど、たくさんの方からいろんな言葉を掛けられて、同じように……暴力を受けた方の話も聞いて、やっとハッキリと気持ちがわかりました」
泣くまいと目に力を込める。手の震えを止めるためにマイクを両手で握り締める。
「悔しかった……とにかく悔しかった。私は、確かに自分の力だけでは起き上がれないかもしれない。アイドルとしても人としても半人前です。だけど……アイドルを気取っているわけじゃないんです。私だけじゃないです。どんなアイドルの方だって、ステージに上がるために一生懸命努力してるんです。頑張ってるんですよ! それを暴力や暴言で簡単に否定する。それは絶対に、間違っています」
一呼吸置く。大勢いる記者の中で何人かが手を止めて顔を上げていた。
「もっと悔しかったことが一つあります。それは、その男性が突き飛ばしたファンの方のこと。車椅子の女性でした。きっと、会場まで来ることも大変だったと思います。列を並ぶのも……なのにせっかく手を差し伸べてくれた手を握ることができなかった」
その女性がどうなったのか。スタッフに助けられてその後のことは、美歌がマネージャーに聞いても誰に聞いてもわからないままだった。連絡が来るかもと思って毎日チェックしていたメッセージにもそれらしき人物からの連絡は届いていない。
「事件で一番傷ついたのは、あの女性の方。そして、近くにいたファンの方々も事件を知った方々の中にも傷ついた人がいるかもしれない。だから、私は待っています。トーク会でライブ会場で。たくさんお話してください。たくさん笑顔を見せてください」
美歌は笑った。無理矢理じゃないとは言い切れない。喉元にはまだ感情のしこりが残っている。油断をすればすぐにでもまた、涙が溢れ出てきてしまうだろう。だからこそ美歌は笑顔をつくった。
「そして、声を聴かせてください。ウィスパーボイス。どんな小さな声だって絶対届くんです」