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第70話 マジカルファイター

「メイ……!」


 パートナーが戦闘不能に陥ったことで、剣戟が鳴り止んだ。美歌のギターだけが次の魔法を発動させようと、間隙なく音を揺らす。


「もう、降参したらどうだい? あんたはセンスもいいし強いが、さすがに3対1では勝ち目はないだろう」


 ブルーに波打つ刀を下ろすと、月守は屈託のない笑顔を向ける。


「…………ダメ……」


 色素の薄い瞳が見返してくる。手に持ったダガーが赤色に染まった。


「今度は火属性魔法かい? 風に雷に火──【マジカルファイター】か、あるいは【マジカルエージェント】か、器用だね」


「……違う……5属性……ファジュロ!」


 そう呟くと炎を纏ったダガーが直線上に投げられた。狙いは正確でスピードもある。魔法に小刀スキル、どちらも中途半端な熟練度ではここまでの攻撃はできない。燃えるナイフのその後ろに、強い思いが窺えた。


「そんなに力まないでくれ」


 今一度柄を握り締め、刀を振り上げる。月守にとっては単純な対処に過ぎなかった。どんなに速い攻撃だろうと、どんな属性の魔法だろうと、次々と連鎖的に繰り出されるダガーを弾けばそれで済む。焦っているほど、感情的になっているほど、筋は読みやすい。


 自身の手足同様に、滑らかにかつ正確に刀を振るう。蝶のようなその舞が矢のように飛びすさぶダガーを落としていく。


「もう、諦めたらどうだい? わかっているだろ?」


 魔法で作られた武器とは違い、武器に魔法を付与するエンチャント系の攻撃。魔法回数の上限に達するよりも先に、手持ちの武器が尽きてしまう。このまま赤い小刀を叩き落としていくだけで、いずれ勝負は着くが。


「いろいろ聞きたいこともあるから、終わらせてもらうよ!」


 刀でダガーを弾いた瞬間。月守は身を翻してレザーコートから敵と同じく小刀を投げた。


『スローイング・ナイフ』


 ほのかなピンク色を帯びた小さな刀は、投げられたダガーの真下を通って標的へと向かっていく。


「……!!!!」


 戦いの拍子を崩された体は咄嗟に動くことが叶わず、どうしても判断が鈍ってしまう。対処する術も時間も与えずに、鋭利な刃は顔色の悪いその頬をかすめた。


「これで、終わり」


「…………」


 喉元に突きつけられた刀に抗う術はもう残っていないのだろう。西條凛は肩を落とした。


「美歌、音楽を止めて…………美歌!!」


 突然の大声が美歌の音を中断させる。周囲を漂っていた熱分子が急速に冷えていく。


「もう、戦いは終わりだよ。私まで巻き込むつもりかい?」


 呆れたような微笑みに「ごめんなさい」と返すと、美歌は弦から指を離した。手が、驚くくらいに熱を帯びている。


(この手で……今、何をしようと──?)


「大丈夫だ」


 後ろから声がささやいた。落ち着いた柔らかな声が。その声の主を振り返ることなくうなずくと、美歌は背を押されて月守の横に並んだ。


「さて、時間がないから単刀直入に聞かせてもらうよ。あんたたちはなんだい?」


「…………」


 リンは、時が止まったようにうつむいたまま口を開こうとはしなかった。


「ま、黙ってるよねぇ。私でもそうする。でも、気絶しているあんたのパートナーに傷をつけることになるが?」


 無表情の中に微かな動揺が生まれたことを月守の切れ長の目は見逃さなかった。畳みかけるように、残酷な言葉を続ける。


「ダンジョンでは何をしても死なない。今さっきウチの直人に斬られた本人自身が同じようなことを言っていた。そうだろう? 首をはねたって。そんなことまでする必要があったのかい?」


 相手を負かすだけならやりようはいくらでもあるはず。極度な痛みを与えることなく負けを認めさせることは、今まさに月守が実践して示した。それ以上の苦痛を与えることは、あえて意図的に愉しんでいたぶる行為にしかなりえない。


「同じことをしようじゃないか。死なないのだから何をしたっていいのだろう? パートナーの首が飛ぶ瞬間なんてほとんどの人間が見ることのできない貴重な映像だ。その目に焼き付けておくといい!」


 首に突きつけた刃を引くと、月守は一足飛びに飛び上がった。あまりにも自然に、当然のように、垂直に立てられた刀が煉瓦の上に倒れたままの少女の首に振り下ろされる――。


「やめて!!!!」


 と、叫んだのは美歌だった。波間のような鮮やかな青色がピタリと止まり、恐怖のあまりに引き攣った少女の顔が美歌に当てられる。


「……どうして?」


 かすれた声が空気を撫でる。


「だって、嫌だから。そんな、ゲームだからって、誰かが死ぬ瞬間なんて見たくないよ」


 腰を抜かしたように西條の小さな体が崩れ落ちた。そして、大きな安堵の息が地に向かって吐き出される。


「……よかった……」


「さあ、もう話す気になっただろう?」


 優しい音色で問うたのは月守だ。刀をレザーコートの下に眠る鞘に収めると、ふわりと跳んで少女の肩に手を触れる。


「あんたが生半可な気持ちで戦ってきたわけじゃないことは攻撃を見ればわかる。どうしてこんな、誰かの世界を踏みにじるようなやり方をするんだ」


「…………それしか……知らないから」


 返ってきたのは予想外の言葉。驚いて問い質したくなった口を結ぶと、美歌は相槌を打つことで先を促した。


「……戦い方なんて知らない……教えてくれたのは……全部……メイ。メイがいないと……メイが……」


 瞳が色濃くなる。美歌の方を向いてはいるが、見ている景色は別のところにあるのは誰の目にも明らかだった。月守が肩に触れたままの手を何度かポンポンと叩く。


「わかった。質問を変える。あんたの後ろで引いているあの『糸』は、なんだ? いや、何者なんだい?」


 たっぷりと沈黙を保ったあとに、華奢な少女は細い声を引いた。


「……拾ってくれた……メイと私……二人ぼっちだった私とメイ……………………世界を越えて繋げてくれた……糸……赤い赤い──」


「そこまでだ。西條凛」

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