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第69話 ずっと憎んでいた音

 石畳の上を複数の硬質な足音が踏み鳴らす。まるでステップを踏んでいるようにリズミカルに、ときおり静寂も交えながら。


「どうしたのかな? 動きは速いけどさ、減速させればどうってことないよね?」


 振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げる。一撃でも決まれば即座にノックダウンできるほどの重量の剣撃が、直人の刀から繰り出される。が、命中した、と思ったそのときに魔法が掛けられ牙から逃れられてしまう。


 「マルラピダ」の魔法だ。そのくせ、十分に間合いを取ったあとにはからかっているのか加速の魔法をかけて、元のスピードに戻す。


「侍気取りなのかな? 刀以外の他のスキルはないの? 今どき刀一本で戦おうなんてプレイヤーはほとんどいないよ!」


「……嫌いなんだよ、ベラベラと喋るのが。魔法は、詠唱しなきゃいけないからな」


「へ~じゃあ、ボクとは相性最悪だね! ん? でも、リンもあまりしゃべらないから、相性がいいのかな? まっ、どっちでもいいか」


 猫のような細目が開かれる。口元は相変わらず笑みをたたえていたが、瞳は笑っていなかった。


「君もボクに斬られるんだからね。君の仲間の松嶋すずみたいに」


 細身のレイピアが地面と水平に構えられる。その切っ先が眩い光を受けてキラリと反射した。


「……殺ったのか? あいつを」


「バカじゃない? 死なないんだよ、ダンジョンでは。たとえ首を跳ねたってね! どこで知ったのかしらないけど、ボクらのボスの名前を連呼して泣き喚いてたから、しゃべれないようにしてやったんだ。最後に叫んでたけどさ、首を跳ねた瞬間音が消えたんだ。あの静けさはなかなか味わえるものじゃないね」


「…………」


「怒ったの? 怒ってるよね! 雪みたいに真っ白な顔が赤くなってるよ! あははははは!」


 白い息が吐き出され、すぐに空気に溶けていった。美歌の突き刺すような怒りのメロディが、直人の腕を動かす。


「何の真似? 鞘に戻して『居合い抜き』を発動させるつもり? まだわからないかなぁ、君の攻撃は遅くなるんだよ。ボクには当たらないの!」


「…………黙れ」


 刀を用いた刀技には袈裟斬り、逆袈裟、居合い抜きと3種の技がある。3つ目の技、居合い抜きは、その名の通り、鞘に収めた状態の刀を一気に抜き放つ技。熟練度が高くなればなるほど、放つ一撃のスピードは増していき、他の2種の刀技の繰り出すスピードを優に超えるが、減速の魔法を使われれば、速度も極端に落ちてしまう。また、刀を収めている以上、攻撃のタイミングも読まれやすく、現状では圧倒的に直人の方が不利だった。


「勝ち目はないんだよ。絶対に、ね」


 耳障りな猫の声をあえて無視すると、目を瞑って集中力を高める。研ぎ澄まされた聴覚は、美歌のギターの音以外にも、近くで衝突を繰り返す月守の戦いの音、風や雪や街の呼吸音とも言えるざわめき、高い空から降り注ぐ太陽光まで、今なら全ての音を均等に捉えることができた。


「どうしたの? 早くしなよ! どうせ当たりはしないけどさ!」


 焦らずともそのとき・・・・は自ずと訪れる。判断するのは脳ではない。かつて憎しみのままに美歌を斬ろうと体に叩き込んだ脊髄反射だ。


 冷えた空気を伝い、耳奥に忍び込むようにひっそりとその音は飛び込んできた。考えるよりも速く、感じるよりも先に右手が刀を引き抜いた。


 見開いた瞳は正確に獲物を捕まえた。


『居合い抜き』


「マルラピダ!」


 舞い上がった粉雪がスローモーションで移り行く。雷のように迸った斬撃はしかし、文字通り獲物の目と鼻の先をすり抜けていった。


「あはは、残念! おおかた、齋藤美歌の魔法に合わせてタイミングを図ってたんだろうけど、全然外れだよ!」


フレッシュ刺突


 細身の剣が躊躇うことなく突き進み、肩口を貫いた。


「これで、終わり!」


 引き抜いたレイピアがそのままの勢いに乗って首元へと飛んでいく。


リポスト切り返し


 特定の動作を認識し、技が発動する。鋭利な刃が直人の首の皮に食い込む。


『逆袈裟』


 直人の技が発動したのは、まさにそのときだった。刃と刃がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。


「なっ! どうして!? 攻撃が外れたのに!」


 対象にした相手に攻撃がかわされた場合、攻撃動作の終了後、もう一度モーションを組み立てなければ技は発動しないはずだった。減速していたために、居合い抜きのモーションはまだ終わっていなかった。


「! まさか! 対象ターゲットが違う!」


 対象は、人であるとは限らない。刀で斬れるものであれば、ダンジョンにある全ての物が対象となり得る。直人が斬ったのは、舞い散る粉雪だ。


「でも、まだマルラピダは持続してる! もう一回!!」


 刀を弾くと、笑顔の消えた猫は上空高くへ舞い上がった。渾身の一撃を叩き込もうと、柄を両手で握り締め──。


「!!!!」


 見上げた空は、真黒に塗り潰されていた。ギターの弦が満身の怒りを込めたようにもう一度掻き鳴らされる。


「くぉ!? ししししし痺れるぅぅぅぅぅ!!」


「お、わ、り、だ」


 落ちたばかりの雷の背後から、貫くような黒い瞳が現れた。


『秘技・虎爪』


 振り上げた刀がレイピアを破壊し、獲物を引き裂く。


「な、なんで! こんなタイミングよく……」


「ずっと憎んでいた音だ。発動するタイミングがわからないわけないだろう」


 刀を鞘に収めると同時に、メイの身体は崩れ落ちた。 

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