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第68話 飛び出したすず

 ダンジョンから帰還した美歌は、ご機嫌で鼻歌を歌う瑠那に押されてダンジョンの入口付近で待っていた有門へと近づいていく。


 新たに仲間を迎えたこと、リーダーになってくれたこと、これからのことをどういう順番で話そうか頭を巡らせていると、こちらに気づいた有門が血相を変えて走り寄ってくる。


 その様子にただ事じゃない何かを感じ取った美歌は、こんがらがっていた考えごとを吹っ飛ばして疑問を口にした。


「どうしたんですか!?」


「すずが、フォースダンジョンへ向かった!」


「どういうこと? いったいなんで!? フォースダンジョンには糸のプレイヤーが潜んでいるんじゃないの?」


「そうだ。だからこそ」


 一旦言葉を止めて、有門は大きな手の中にあったエレクトフォンの画面を3人に見えるように開いた。


 そこにはフォースダンジョンのマップとともに、一人の人物の名前が表示されている。


「お前たちが行ったあと、すずが思いついたんだ。マッピングアプリを使えば、糸のプレイヤーの名前がわかるんじゃないかって。ドンピシャだった。だが、出てきた名前を目にした瞬間にすずはダンジョンへ走っていったんだ」


「──やれやれ。初対面なのに、慌ただしいことだな」


 後ろを振り向けば細身の女性が腰に手を当てて立っていた。明る目のシルバーアッシュが目に飛び込んでくる。


「なんだあんたは?」


「月守睦月。これからあんたらのリーダーとやらを務めることになった。よろしくな。……で、その画面に映っている名前がくだんのプレイヤーかい?」


「あ、ああ……」


 表示された名前がよく見えるようにと、有門の腕が上がる。そこに映し出された名前は──「山本やまもとなぎさ」。


「山本渚って誰よ!」


「俺が知るか!」


「というか、だいたいあんたがいるのにどうしてすずちゃん一人で行かせたの!?」


「うるせーな! 突然だったんだからしょうがねぇだろ!!」


「二人とも口論している暇はないみたいだよ。美歌と直人がダンジョンへ戻ろうとしている」





 フォースダンジョン。ヨーロッパの街並みを再現したような広大なダンジョンの中を5人は加速の魔法を駆けて走っていた。


 体感的にもうすぐダンジョンの時間が終わってしまう。それよりも、早くしないとすずの身がまた危険に曝されてしまう。ゲームとはいえ、痛みは衝撃は、そして不快な感情は記憶としてこびりつくのだ。


「直人くん、電話は!?」


「──ダメだ。何度かけても応答がない」


 とにかくスピードを優先するために、瑠那と有門は先頭をひた走っていた。その後ろに美歌と直人が並走。月守が美歌の車椅子を押していた。


「美歌、大丈夫かい?」


「大丈夫、です。気にしないでください! 早くしないと、すずちゃんが!」


「ああ、そうだな」


「待って!」


 さらに加速しようとした月守の動きを瑠那が止める。


「美歌ちゃん、無理しちゃダメ! ずっとダンジョンにいるんだから、疲れてるんじゃ──」


「早く行って下さい」


「えっ?」


「早く行って下さい!!!」


 声を荒げてしまった。瑠那は何も悪くないとわかっていても、時間のないなかですら自分を心配することが、心配されることでいら立ちを留めておくことができなかった。


「時間がないんですよ、瑠那さん! 早く行って下さい!! 私は、大丈夫ですから!!!」


 違う。こんな怒ったみたいな冷たい言い方をしたいわけじゃないのに。だけど。


「そうだね……わかった!!」


 振り返る直前に見せた瑠那の笑顔は、とても哀しげだった。


 美歌の肩に皮張りのグローブがはめられた手が置かれる。力強さを感じるその手は、月守の手だ。


「……まずは、急ぐよ!」


「……うん」


(そうだ。まずはすずちゃんを救って、それから瑠那さんに謝ろう)


 キッと目を見開くように前を向く。煉瓦で造られた家々が猛スピードで視界から抜けていった。


 マッピングアプリによって、フォースダンジョンの舞台であるエーレンフェスト市街地のゴールが、町の中心に位置する広場にあることはわかっていた。すずと入った世界は違うが、ゴールへと向かえばおそらく前回と同様「糸」が進行を止めるために現れる。それが、時間が迫るなか立てた作戦だった。


 有門と瑠那は、襲いかかってくる狼の群れを最小限の攻撃で切り抜けながら、どんどん先へと進んでいった。


 美歌もいつでも戦闘できるように、落とさないよう抱き締めていたギターを構えた。糸が発動すれば、前みたいに突然敵のプレイヤーが目の前に現れる。ただでさえ魔法の発動までに時間がかかるのだから、すぐに演奏できるようにしておかなければいけない。


「美歌、教えてくれるかい? 全くわからないんだけど、敵は何人くらいいるんだ?」


「わかりません。私が戦ったのは二人組だったけど、まだたくさんいそうだったし」


「うーん、わからないか、引き受けたときから思ってたけど、これは厄介な戦いになりそうだねぇ」


 月守睦月は謎の人だった。電話で話した最初からつかみどころのない人だと感じてはいたが、実際に会ってみるとその印象は強くなるばかり。


 よくよく知らないはずのプレイヤーと詳細もわからないままダンジョンに潜るなんて普通ならきっとしないはずなのに。


「相手陣営の人数も力量もわからない。肝心の糸のスキルも正確なところはわからない。わからなすぎてどうしたもんか。まあ、とりあえずはすずちゃんとやらを救出するついでに、情報を集められたらいいか……っと!?」


 ぶつぶつ一人言を言っているかと思ったら急に月守の動きが止まる。


「どうしたんですか?」


「あっと、二人の動きが止まったんだよね」 


「敵、か」


 一際高い教会の上に二人組の敵影を認めた直人は、腰に帯びた鞘から得物を引き抜くと、美歌の斜め前に立つ。


 守るにしろ攻めるにしろ、最適な距離がその位置だった。美歌も今度こそは遅れをとるまいと、いくつかの楽曲の候補を頭に並べてピックで弦を叩く。


「ちょっと待った方がいい。様子が何か、変だ」


 詠唱が起こらない。それだけではなく、有門の技が発動する様子もない。敵は二人の距離からは間近だというのに、まるで反応がないような。


「動きを止められた?」


「……いや、違うんじゃないかな……なにかもっと……!!」


 目を疑うような展開に息を呑む。それは瞬時の出来事だった。きらめくような2本の赤い糸がピンと垂直に張ったと思ったら、二人の体が持ち上げられ、上空高くへ放り投げられた。


「瑠那さん!!」


 見上げた先には雲一つない青空以外に何も浮かんではいなかった。何が起こったのか。言葉では上手く説明できないが、直観として把握することはできる。


 すなわち。


「2人は別プレイヤーの空間へ強制転送させてもらったよ! やあやあ、また会えたね! 齋藤美歌!!」


 愉しそうな声が耳につく。糸の力を使ったのか、こちらも一瞬の内に移動し地面へと降り立っていた。


 美歌には声でわかっていたが、物部芽依と西條凛の「リンメイ」の二人組がはっきりと姿を現した。


「やっぱり糸の仕業。直人くん、月守さん、気をつけて」


 演奏を始動させる。建物に挟まれたこの場所では戦いづらいが、今の気持ちに相応しい一曲をセレクトした。


『音楽魔法雷属性中級スキル。ヴィオレンタメンテ』


 「激しく、荒々しく」という意味を込めた曲名通り、内に溜めた怒りを放出するかのごとく、美歌は体を折るように力を込めてギターを掻き鳴らした。


「おお! 前聞いた曲だね! あれは痺れた! 心も体も痺れさせるなんて最高だよね!」


 特徴的な音のラインを聞いたメイの方が、ライブにでも来ているようにはしゃぐ。呆れたように溜め息を吐いた片割れは、ぼそぼそと口を動かす。


「……また、おしゃべり……ダメ」


「いいじゃん! 結局勝つのはこっちなんだからさ! せっかくまた、アイドルに会えたんだから、楽しんでかないと!」


 美歌のギターの音がうねる。明らかにふざけた二人に対して怒りを込めていた。その音に耳を傾けながら、美歌の後ろについていた月守が突き動かされるように動く。


「隙だらけだけど、なんなんだあの2人は?」


 問われた直人は白銀しろがねに輝く刀の柄を握りしめた。


「さあな。ひとまず敵であることには間違いない」


「じゃあ、やるかい? 糸の力とやらの秘密も詳しく知りたいところではあるし。君はあっちのうるさい子を。私は、覇気のなさそうなあの子をやろう」


「……いいのか? あんたは対人戦は嫌いだろう」


「ああ、いいさ。直人は、私の理想のリーダー像は何か知ってるかい? 普段は後ろを見守り、有事の際は矢面に立つ。それがリーダーってもんだよ」


 光沢のあるレザーコートを翻して、月守も己の刀を引き抜いた。シルバーブルーに染め上げられた一種幻想的な刀を挑発するように水平に伸ばす。


「おーなにあのカッコいい刀! めちゃくちゃ映えるじゃん!!」


「……それより……戦い……」


「あーそうだね! 正直めんどくさいけど、ちゃちゃっと終わらせちゃいますか!」


 リンメイもダガーにレイピアとそれぞれの武器を手にする。


「行くぞ」


「しょうがない!」


 強い芯のある音が、敵と味方の間を割るように響き渡った。それを合図に戦闘が開始される。

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