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第66話 追ってダンジョンへ

 交渉は成立した。無事に、と言ってしまっていいのかどうかは、個々人の考え方によって違ってくるのだろうが、少なくとも最終的にお金の責任を追う瑠那にとっては、少年が提示した月々の支払いは大した額ではなかったし、美歌にとってもアプリを使えてなおかつ少年と繋がっていられるために問題はなかった。有門やすずは、あり得ないとばかりに大口を開けていたが。


 ともかくも今、瑠那チーム5人は赤い糸を辿る一本の道筋を築きつつあった。


「その彼女がファーストダンジョンにいることは間違いないのね?」


 瑠那が隣にいる有門の手元をのぞき込み、エレクトフォンの画面に現れたマップに目をやった。


 有門が開いているのはマッピングシステムだが、これまでのものとは違い、マップの階層ごとに黒い丸円が散らばっており、拡大すればプレイヤーの名前が表示されるようになっていた。


 開発者の佐久間が言うには、マッピングシステムを改良・拡張した「マッピングアプリ」らしい。


「間違いないな……現在地は、塔の三階層だ。車田が言うように──今は一人でいるらしい」


 画面をスライドすると、同時間帯に出現しているマップごとの画面表示に切り替わり、指定したプレイヤーが何人でダンジョンに潜っているのかも容易に把握することができる。


 有門の太い指がさした月守睦月の黒丸が表示されたマップには、現在のところ一人しか表示されていない。つまり月守一人しかいないようだ。


「じゃあ、あとはその月守とかいうプレイヤーに会って説得するだけですね」


 アイドルスマイルを浮かべながら意味もなく一回転して直人、美歌、有門、そして瑠那の表情を確認すると、すずはポケットの中からエレクトフォンを取り出した。


「名前が表示されるだけじゃなく、同じダンジョン内にいればメッセージも送れるし通話もできる。便利なアプリですよね、高すぎるけど……」


「すずちゃん、それだけの価値はあるわ。敵は境界を超えて攻撃してくる。それに対抗するには、こっちもダンジョンの境を超えるくらいやらなきゃ! ってわけで誰が説得に行く?」


「……みんなで行くのはダメなんですか?」


 当たり前のようにチームを分けようとする瑠那の提案に、美歌は小首を傾げた。直人を迎えにいったときもそうだったが、分ける意味は何かあるのだろうか。


「向こうはギルドをつくって行動している。つまり、所属するメンバーがみんなそれぞれいろんな役割で動いているってこと。浦高だってそうでしょ? バラエティにモデルにドラマ──みんなそれぞれいろんな活動をしている。私たちも、まだギルドはできていないけど、もうここに5人もいる。誰かが説得してる間に、誰かがさらに情報を集めたり、スキルや装備を整えたり、場合によってはダンジョンに潜ってたっていいし、その方がギルド全体も大きくなれる!」


 確かに浦高はそうだった。みんながみんなすずや瑠那のようにセンターを張れるわけではない。でも、一人一人個性や特技、趣味を活かして個人の活動の幅を広げ、それがそのまま浦高の名前も高めてきた。


「一人一人が自分の役割を発揮して全体を大きくする──それがギルドの戦い方、っていうことですか?」


「そういうこと、じゃないかなって。じゃあ、時間もないし決めよう! 美歌ちゃんはもちろん行くとして──」


(……決定なんだ)


 すずからも直人からも美歌なら説得できると言われてしまっていたから、あえて口に出すことはしなかった。不服そうに気づかれない程度に唇を尖らせてみせたが。


「──あとは、車田──」


(……!!) 


 その名前が出ただけで心音がアレグロになる。見ていることがバレないようにそっと視線を上げれば、直人はいつもの調子で無愛想に首を縦に振り、小さな声で返事をしていた。


「──あとは、私が行こうかな?」


 瑠那は美歌の後ろへと回ると、美歌の両肩に手を置いてふふっと悪戯っぽく微笑んでみせた。笑顔がとても近い。


「やっぱり、美歌ちゃんの隣は私だから」


「ひぁっ!!」


 耳元で囁かれて、今度は心音がアレグロ・アッサイ並みに跳ねた。顔が赤くなっていないか、両手で顔を覆ってしまった。


「あ、ちょ、瑠那さん! 私情は挟んじゃダメです!」


「ちゃんと理由はあるわ。もし、今回みたいにお金の話になってしまったら、私がいないと話が進まないじゃない? だから今回は私と美歌ちゃん。すずちゃんは、有門と一緒ね」


「え、嫌です」


 研ぎ澄まされた直剣のように正直すぎる感想が吐き出され、全員が全員沈黙した。冷たくあしらわれた当の本人の表情は、固く引き締まる。


「何話していいかわからないし、むさ苦しいし、いくら真冬とは言っても──」


「すずちゃん! いくら有門と言っても言いすぎだよ!」


 フォローしてるつもりなのだろうが、瑠那の言葉は有門の顔をさらに強張らせてしまっていた。太い眉毛がつながるんじゃないかと思うほどに寄せられる。


「瑠那さん。逆に傷ついてますよ、そこの筋肉ダルマが」


「って誰が筋肉ダルマだよ!!」


 ついには我慢の限界を迎えたのか、有門の悲壮な声がダンジョンに入ろうとする周りのプレイヤーがびっくりするくらいには大きな声で弾けた。


「だってそうじゃないですか、見るからにファイターな筋肉マッチョで。見た目そのままを正しく形容すると筋肉ダルマと──」


「あ、あの!!」


 これ以上続けるとまた険悪なムードになってしまうと考えていた美歌は、二人の会話に割って入ろうと手を上げた。


「えっと。どうするんですか、その、ダンジョンに入るのは、私と瑠那さんと直人くんと3人でいいのかどうか」


「それはいいんだけど、筋肉ダルマと一緒にっていうのがちょっと……かなり……」


「何度も言うな! それに、車田だけで大丈夫なのか? ダンジョンに入るってことは、当然モンスターだって出てくる。2人の盾とすれば、フェンサーよりもファイターの方が」


 フェンサーは剣士。ファイターは戦士。刀と剣の違いはあれど、どちらも広義の剣を扱うクラスではある。ただ、イメージ的には「速さ」のフェンサー、「力」のファイターと微妙な差異はあり、確かに盾と考えたときにはファイターの方に軍配が上がる。


「ああ、それは大丈夫。短時間で済ませるから」


 からかうように有門の挙動を眺めていた瑠那は、美歌の体から離れると車田へと瑠璃色の目を向ける。


「それに車田は、この中で唯一これから説得する人物に会ってるでしょ? 知り合いがいるのといないのとでは、全然違うよ」


「……それも、そうか。仕方ねぇ。今回はここで待っててやるよ」


「うん、待ってて! それじゃあ行こう!」


 瑠那が美歌の後ろに回ると、ふわっとローズの香りが舞った。


 久し振りの瑠那の香りに少しだけ浸りながら、美歌はダンジョンの入口へと向かって、その門をくぐっていった。


 その姿を見届けた二人のどちらともなくため息が吐き出される。


「……ヤバイですよ、美歌ちゃん」


「あぁ? 何がだよ?」


「あれはきっと──車田直人のことが気になってるんじゃないかな?」

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