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第65話 マシーナリー

「なんだ子どもか。けど、今あっちの世界だと深夜0時。夜更かしし過ぎなんじゃない?」


「眠ったままでも転送されるんだよ。お団子みたいな髪したお姉さん」


「な……。ただ、忘れてただけ──」


「バカだよね。そんなんだからわからないんだよ。この世界では人探しなんて簡単なんだ、松嶋・・すず・・さん」


 ミディアムロングほどの長さで切り揃えられた髪の毛は、染めたのかもともと色素が薄いのかほんのりと茶色がかっていた。


 声の調子から男の子と思えるが、パッチリとした瞳に長いまつ毛。中性的な顔立ちは女の子のように見えなくもない。年は10歳くらいだろう。にもかかわらず、非常に大人びた薄ら笑いを浮かべて、名も知らぬ少年は馬鹿にしたようにすずの名前を言い当てた。


「松嶋さんは、弓使いだよね。クラスは【ボウ】。でも、マルチソーサリーの金木瑠那に振り向いてほしくて、火属性魔法上級のファジュログローブを覚えたんだ。そして、二つ名【ソーサリーファイター】を貰って弓に魔法を付与することができるようになった。【詠唱ループ】スキルで事前に矢に魔法を貯めておいて、連続でレーザーみたいな火の矢を放つ戦闘スタイル。火にこだわるのは、瑠那さんへの対抗意識だけじゃなくて、もともと赤色が好きだからだよね。その耳につけたピアスのように」


「なっ……」


 怒りよりも驚きが上回ったのか、すずは口を開いたものの言葉を出すことができずに目を丸くして少年を見つめることしかできなかった。


「それから。そこの長身のお兄さんは車田直人。【フェンサー】だ。個人的な逆恨みから歌姫・美歌を傷つけようと刀を握った。良くも悪くも他のスキルは持たずに刀一本でここまで来た。一緒にいるところを見ると、互いの利害が一致したのかな?」


 ベラベラと一息で言い切ると、今度は少年は美歌の方を真っ直ぐに見据えた。


「齋藤美歌さんは、もうダンジョンでも現実世界でも有名人だよね。数多あまたいるギフテッドのうちで、ほぼ一人のバード。スキル一つ一つが高額で高い熟練度も必要とされる音楽魔法スキルだけを扱うその戦闘スタイルから、歌姫と呼ばれる。注目のプレイヤーだ」


 自信満々にニッと口を横に広げると、少年は濃いブルージーンズのポケットからシルバーに輝くエレクトフォンを取り出した。


「僕の名前は佐久間さくましょう。クラスは上級職の【マシーナリー】。エレクトフォンのアプリ開発に特化したスキルを持ち合わせているんだ。僕の開発したアプリを使えば、すぐに探し人は見つかるよ」


 3人は顔を見合わせた。視線の交差だけで3人ともがなんとなく理解したのか、ものの数秒で打ち合わせは終わり、視線が再び佐久間翔と名乗る少年へ注がれた。


「……あなたは、何者なんですか?」


 質問したのは美歌だった。自分と同じくらいの背丈の少年が、ダンジョンの中とはいえ一人でいるのは不自然だった。それに言葉の選択や言い回し、雰囲気がどうも同年齢の少年の印象にはそぐわない。


「だから、自己紹介したよね。佐久間翔。マシーナリーで、アプリ開発をしている。人を探してるんでしょ? 僕が力を貸してあげてもいいよって」


「条件は?」


 直人が密かに腰に差した柄へと手を伸ばす。対人戦禁止などもう意味はない。場合によってはいつでも斬り込めるように。


「随分と怖い顔するお兄さんだね。人を信じようっていう気はないの?」


「あいにく人に裏切られ続ける人生だったからな」


「あっそう。ま、条件は簡単だよ。僕は様々なアプリを開発しているんだ。最初はオリジナルのアプリをつくっているだけでよかったんだけど。ふと、思ってさ。他の非戦闘系のプレイヤーがやっているように僕のアプリを買ってもらってお金儲けができるんじゃないかって。つまり、僕の持ってるアプリから気に入ったアプリがあれば売ってあげるってこと」


「あのね──」


 片耳につけた赤いピアスが揺れる。誰からも愛される笑顔を潜ませたすずが、美歌の横へと並ぶ。


「現実の法則から外れたダンジョンとはいえ、子どもが商売をしているのは了承できない。翔くん。君のアプリを今まで買った人はいないんじゃない?」


 すずの指摘に佐久間は挑発的な笑顔を見せてすずの元へと一、二歩近付くとエレクトフォンの画面を見せた。そこに載っているのは、個人名が並んだリストだ。


「顧客名簿の一部だよ。お姉さんたちも思っているだろうけど、このダンジョンのシステムはお粗末なんだ。足りない部分、必要なシステムを僕たちがアプリとして追加できるようにしている。便利だし、他のプレイヤーを出し抜けるから買い手は多いよ? ここは僕らのいる世界とは違うんだ。子どもが大人顔向けの商売をしたっておとがめなしさ」


「そうだな。では、そのアプリとやら見せてもらおうか」


「! ちょっと、待って!!」


 すずは組んでいた腕を解き、手を広げて不当性を説く。


「そんな簡単に認めていいの!? 子どもだよ! ダンジョンだからってこんな商売させてたら危険だとは思わないの? 車田!」


「……思わない。本人がしたいと思ってるならいいんじゃないのか。そのためのスキルも頭も口も持ってるようだ。危ない橋があっても上手く切り抜ける自信を持ってるんだろ? それよりこっちは至急見つけなきゃいけないプレイヤーがいる。手段を選んでられる余裕はないんじゃないのか?」


「それは、そうだけど、でも!!」


 2人の口論に呆れたのか、大人びた少年から大げさなため息が漏れ出た。


「いつまでも平行線で推移しそうだね。早く決めてくれないかな? ダンジョンの時間に限りはあるのは知ってるだろ? ずっと黙ってるけど、お姉さんはどう思ってるの? 歌姫・美歌さん?」


「私は──」


 美歌は、下を向いてずっと考えていた。すずの気持ちも直人の気持ちもどちらもわかる、と。


 不思議な少年だった。幼く見えるのに口を開けば自分よりも数段しっかりしているように見える。


 だけど、いや、だからこそ、なぜか危うくも思える。なにも素性を知らないから、ほとんど直感みたいなものではあるけれども。


「私は、ごめんなさい。どうしたらいいか、よくわからない」


「わからないって……一番無責任な言葉だよね。はぁ……それなら僕はもう行こうかな? ここにいる価値はあまりなさそうだし」


「待って、違うの」


 踵を返そうとした少年を呼び止め、車椅子を前に進める。


「君が、佐久間くんがつくったっていうアプリは必要。これから先、みんなで楽しく冒険するためにも、どうしても探さなきゃいけない人がいるから。だけどね。『アプリを買って、はいおしまい』っていう風にもしたくないって……」


「どういうこと? ハッキリ言ってくれないかな?」


「だからどうしたらいいのかって悩んでる。すずちゃんの言うことも直人くんの言うことも、どっちも正しく聞こえるから……。どうしたらいいと思う?」


 少年は目を覆うように額に手を当てると、また大仰に息を吐き出した。


「ちょっと優柔不断すぎるんじゃない? 僕はさぁ、お姉さんたちの仲間でもなんでもないんだよ? じゃあ、なに、現実世界でも買い物に悩んだらどうしたらいいかって店員に聞くの? 不必要な高額なものが買わされちゃうかもしれないじゃない」


「それとは、違うよ。何を買いたいかで悩んでるわけじゃないから」


「じゃあ、何で悩んでるっていうのさ」


 問われて美歌は沈黙してしまう。すずと直人は固唾を飲んで2人のやり取りを静観していた。


「……お節介なのかもしれないけど、すずちゃんと同じで君のことを心配している自分がいる。……心配している? 違うな、気にしているって言った方が……」


 美歌の顔が上がる。その顔には、言葉とは違って明確な意志が宿っていた。


「とにかく、佐久間くん。君は私にとってただの店員じゃないってこと。アプリを買って終わりっていうふうにはしたくない。だから……そうだ!」


 何かいいアイディアが浮かんだのか、美歌の顔が子どもみたいに綻んだ。


「仲間になってくれないかな? 今、ギルドをつくろうとしてるんだけど、その一人に!」


「えっ……」


「…………」


 戸惑う後ろの2人と違って、少年は我慢できなくなったのかプッと吹き出し、弾けた笑い声を上げた。お腹を抱えて笑っているあたり、本当におかしいのだろう。


「あはははははは!!! なんだよ、その提案! 僕が、仲間に? はははは!!」


「ちょっ! 私は真剣なんだけど」


 慌てて肩を叩いて止めに入ったのはすずだ。


「いやいや美歌ちゃん! 急に仲間になんて! 瑠那さんも有門さんもいないんだよ? もしOKって言われてもさ──」


「大丈夫。その心配は要らないよ。僕は仲間になるつもりはないから。お姉さんたちだけじゃなくて誰とだってさ。だって、ギルドに入っちゃったら儲からないもん。一人でやってるから儲けは全部僕のものになるわけで、ギルドはそうもいかないでしょ? 仲間になるメリットってなんにもないんだよね」


「あるよ! 楽しく冒険できる!」


「いや、だからさ、楽しいとかどうでもよくて、儲かるかどうかが問題なんだよ。痛い思いして戦うより、気楽にアプリ売ってた方が儲かるしいいだろ? だからこうやってプレイしてるわけ」


「う~ん……」


「美歌」


 悩む美歌の横に静かに立つと、直人はぼそっとその名を呼ぶ。


「仲間に引き入れるのは無理だ。こいつはこいつで今のやり方を楽しんでいるんだろうし、無理強いはできない」


「そうそう、無愛想なお兄さんの言うとおり!」


「だが、契約を結ぶことはできるんじゃないか? 俺たちのギルドと無期限の長期契約を結ぶんだ。お前の言い値でいい。お前が開発している全てのアプリをギルドとして購入する。その代わり、お前はアップデートも含めて最新アプリも全てギルドに提供する。こうしたやり方ならば、ギルドとしてもお前と繋がっておけるし、お前はお前で安定的な儲けを得られるはずだ」


「へ~ようは、サブスクってことか。頭いいね!」


「な、なるほど……そんな手が」


「ああ。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


 佐久間は少し考え込む素振りを見せたが、心のうちではすでに決定していたのだろう。すぐに「うん、いいよ!」と即決した。


「じゃあ、契約の話しよ。どうせ金木瑠那がいないと決められないんでしょ?」


「ああ」


「うん、そうだね!」


 当たり前のように酒場の中へ入っていく3人の後ろ姿を見送りながら、すずは頭を抱えた。


「あっ──ちょ、もう……勝手に……決めないでよぉ!!」

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