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第64話 混沌たる市場

 お店が建ち並ぶその通りも、ダンジョン前と同じように、いやそれ以上に人で溢れて活気があった。


 プレイヤー以外にも「悪くない」モンスターの姿をした者たちが、それぞれの店の前に出て呼び込みをしている。が、それよりも見立つのは声を大にして道行く人を勧誘しているプレイヤーの姿だった。


「オリジナルの剣作ります! 刀も小刀も!!」「魔具いりませんか? 格安!」「冒険にもオシャレ! ダンジョンにもオシャレ! 自分らしい服装、楽しみましょう!!」


「……ここはいつ来ても落ち着かないな」


「そうなん……ですか? 私、ここまで中に入るの初めてで。外れのリーマンさんの楽器店とかフェリーさんの衣料品店とかしか行ったことなくて」


 人込みから守ってくれるように横を歩く車田の顔を見上げる。近距離で見る端正な横顔に新鮮さを感じる。


「あの、車田さん」


「『さん』付けはいい。俺も美歌のこと名前で呼んでいるからな。それから敬語もやめてくれ」


「あっ、はい。じゃあ、車田! ……は変か。直人……くん?」


「なんだ?」


「プレイヤーのみなさんも宣伝してるけど、もしかしてお店を持つこともスキルでできるの?」


 人の波をかき分けて進むなかでも威勢のいい声が静まることはなかった。


 声のする方へ首を振ると、煉瓦だけじゃなく雰囲気のある木造のお店やガラス張りのショップなど様々個性が現れたお店が並んでいる。


 中には敷物や御座の上で客待ちをしているプレイヤーの姿もあるが。


「ショップはお金をかけて造ったんだろう。ダンジョンここでは大抵のものは自作できるらしい。【製造】、【製作】スキルと呼ばれるスキルがあれば、材料を揃えてオリジナルの武具や魔具、アイテムなど自作することができるんだ。面白いものだと、ほら、あそこのように【レシピ】を売っているお店もある」


 二人の視線に気がついたのか、もじゃもじゃの髭を生やした中年の男性が声をかけてきた。


「いらっしゃい。何か探してるのかい? ここは、まあ【レシピ屋】だ。剣に弓に杖に盾、各種アイテムにその他雑多に取り扱ってるよ。そこらにあるのは、全部自作したものだ」


「弓か。ちょっと見てみたいかも」


 美歌の背を押していたすずが御座に置かれていた弓を手に取り、弦や弓を撫で感触を確かめる。不思議なのは、本来竹でできている弓が半透明の碧色の素材でできていること。


「それは、ディラック氷河のジャック・フロストが落とす氷柱ツララと、同じくディラック氷河のイシムの片割れの焔を材料にしてつくった弓だよ。氷自体は硬い材質だけど、イシムの炎を合わせることによって、しなやかに曲がる氷の弓になる。綺麗だろ?」


「氷の矢もあるんですか? 弓だと見た目が変わるだけで、あまり弓の性質は変わらなそうですが、矢なら効果も変わってくるかなって」


「おーなるほど! 氷の矢ね! 考えたこともなかったな。あんた弓使いかい? さすが、現場でバトルするプレイヤーは見るところが違うね! そっちのあんたは、見たところフェンサーってところか、そしてあんたは……ってあんた! 歌姫・美歌じゃないか!!」


 急に声が大きくなったために美歌の肩がビクッと震えた。


「さすが美歌ちゃん。こんなおじさんにも名前を知られて──」


「なんて感想を漏らしている場合じゃない。人が集まってきた」


「えっ?」


 直人の言うとおりだった。レシピ屋のひげもじゃの店主が美歌の名を叫んでしまったせいで、近くにいた商人のプレイヤーたちがおすすめの商品を片手に美歌へと群がってくる。


「え、なんで?」


「なんでって、それはさ」


「歌姫・美歌は、アイドル。イコール金持ちだからだ!」


「わっ、ちょ!」


 すずは即座に美歌の背を押して、直人は両手を振り回しながら人込みをかき分けて、その場から逃げ出した。


 酒場の辺りまで来ると、ようやく美歌と自慢の商品の名前を連呼する声が薄れて聞こえなくなっていた。


「──いや、まさか。美歌ちゃんの名前がこんなに注目されているなんて」


「全くだ。これは早くギルドを作らなければ大変な騒ぎになるぞ」


 全力で駆けてきたためか、すずも直人も息を切らしながらもみくちゃにされた不満を口にする。


「ごめんね……私のせいで」


「いや、違う。むしろ美歌のために護衛が必要なんだ。あそこに金木瑠那と二人だけで入り込んでいたら、今ごろ何を買わされているか」


「瑠那さんといたら、もっと騒ぎになってるよ。瑠那さん底無しのお金持ちだからね」


 確かに。と、美歌はその光景を想像した。見知らぬプレイヤーが遠慮なく迫ってくる。


 車椅子の周りを囲まれて、身動きが取れなくなって、欲求が剥き出にされた声が四方八方から押し寄せる──想像するだけでも身震いがするようだった。


「でも、結局わかんなかったじゃん。糸みたいにプレイヤーを特定できるスキルがあるのかないのか」


「──お姉さんたち、誰かを探しているの?」


 急に現れた声にぎょっとして振り返ると、そこには美歌よりも背の低いだろうと思われる子どもが立っていた。

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