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第63話 非戦闘系プレイヤー

「はぁ? 引き受けてくれない人を推薦してどうすんのよ!」


「お、落ち着いて、すずちゃん!」


 言葉遣いがアイドルのそれとは思えないくらいに荒々しくなってしまったパーフェクトアイドルをなだめる。なんとか収まったのか、引きつった笑顔に戻ったすずに追い打ちをかけるように、車田は憮然と口を開いた。


「引き受けるかどうかはそっちが動いて決めてもらうことだろ。だいたい、急にメッセージが来たと思ったらリーダーになれる人はいないかどうかって、こっちは名前までだして提案しているんだ。声を荒げられる筋合いはないと思うが」


 それは言い過ぎじゃと思ったときにはもう遅かった。すずの腕が視認できるほどにぷるぷると震えている。これは──。


 反射的に耳を塞ぐ。耐えられないほどの不協和音から大事な耳を守るために素早く両手が両耳を覆う。


「この、久しぶりに会ったと思ったら! なんなのその態度は! イメチェンして爽やかになったかと思ったら中身は全然変わってない! 超絶根暗男といい! あのフードの陰険男といい! ○△#%※*@&#!!!!!」


 最後の言葉は耳を強く押さえて排除した。おそらくは、聞いちゃいけない言葉だったように思うから。


「ダメ、すずちゃん! 配信してるんじゃないの? みんな見てるよ!!」


 美歌の一言が急所に当たったのか、時が止まったかのように数秒間すずは車田を罵ったその表情のままに静止していた。


 こんなに怒った顔でも可愛い人は可愛いんだな、と妙に感心しながら美歌は耳から手を離す。


「ヤ、ヤバい!!」


 すずはエレクトフォンの配信画面をチェックする。流れてくるチャットの勢いが増していた。


 だが、反応の大半は「ギャップすごw」「怒った顔もかわいすぎる!」「美歌ちゃんとペアは和むね」など好意的なものだった。一部、驚いたようなコメントもあったが。


「あの、二人とも落ち着いて話そう。車田さんだって喧嘩しに来たわけじゃないですよね?」


 美歌が話し始めたことで周りで傍観していたプレイヤーの足も動き始めた。すずもまた何事もなかったかのように、画面に向けてパーフェクトスマイルを振りまいている。


「ああ、もちろんだ」


 不意に車田が笑った。不器用な笑顔だが、風が薫るような優しげな微笑みが。


 和らいだ目元に目が行き、美歌の呼吸が確かに一度止まる。視線が外れるその時間まで。逸れた視線がすずへと向かうと、美歌は頭を振って与えられた任務に集中することにした。


「月守睦月はソロプレイヤーだけあって、誰かと群れるのを嫌っている。だが、言ったように面倒見がいいんだ。本人は一人でいるのを好むのに、困ったプレイヤーがいると放っておけず気がつけば手を貸してしまうらしい」


「なん、だか、ややこしいな……。でも、一人でいたいならギルドのリーダーなんて絶対やりたくないと思うんだけど」


「そうとも言えない。不思議な人なんだ。誰とでもフラットに接することができるというか……だから、美歌から直接会って話をしてもらえたら、力を貸してくれるかもしれない」


「えっ、私?」


 射抜くような視線に当てられて、また息が止まりそうになった。


「あー美歌ちゃんならね」


「そう、美歌ならきっと説得できるはず」


「ええっ!? 私、そんな話上手じゃないですよ! むしろ下手な方で、絶対すずさんとか瑠那さんの方が!!」


「話が上手いとか交渉上手とか、そういうことじゃないんだ」


 軽やかに足音が近づき、ふわりと視線が注がれる。ただ見られているだけなのに、あのざわざわとした感じが胸いっぱいに広がっていく。どこを見たらいいのか、わからなかった。


「真っ直ぐに進む美歌の言葉なら、きっと相手にも届くんじゃないか」


「う、うん……」


 そんな台詞が車田の口から出てくるとは思ってもみなかった美歌は、ただただうなずくことしかできなかった。


 思い出すだけでまだチクリと針を刺されたように痛む、あの戦いからまだ数ヶ月。こんなにも鮮やかに人は変われるものなのか。


「美歌ちゃん、チャットのみんなも応援してくれてるよ」


 すずがエレクトフォンの画面を美歌に見せる。


<美歌ちゃんなら余裕でしょ>

<美歌の頼み断れる人いないってww>

<よくわかんないけど頑張れ~>

<ってか、ギルドつくるん? ワンチャン入りたいかも……>


「みんな! ありがとうございます! ……で、でも、どうやってそのプレイヤーに会うの? 連絡できないならここでずっと待ってるとか」


「そこだよね。糸みたいにそのプレイヤーのダンジョンに侵入できれば、見つけるのは簡単かもしれないけど、そんな能力はないし。何か考えがあるわけ──ないか」


「残念だが」


 さも当然というように車田は目を軽く瞑った。


「待って、糸みたいな能力、か」


「何か思い付いたの? すずちゃん!」


「そうじゃないけど、これだけスキルがあるんだから、上手いこと組み合わせればなんとかできるんじゃないかって。なにか、私たちが持っていないスキルで」


「……非戦闘系のスキルはどうなんだ?」


 細いあごに手を当てて考え込んでいた車田の薄いまぶたが上がった。


「非戦闘系?」


「戦闘に直接関係しないようなスキルだ。俺たちは全員ダンジョンに潜るプレイヤーとして、戦闘に特化したスキルを買ってきただろ? 自分が好きな戦い方でより有利に戦うためにスキルを買い求めてきた。だが、プレイヤーの中には戦闘を望まず、サポートや商売なんかを楽しむプレイヤーもいる。案外そうしたスキルの中に答えが埋まっているかもしれない」


「非戦闘系のプレイヤーなら、酒場かもしくは──」


 すずは後ろを振り向いた。多種多様なショップが連綿とも思えるほどにつらなる。


「市場になら話ができるプレイヤーがいるかも。行ってみよっか? 美歌ちゃん」


「……うん。そうだね! 行こう!」

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