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第62話 再びの接触

 ダンジョンの前は相変わらず行き交うプレイヤーでごった返していた。


 なにも、全員が全員最先端のフォースダンジョンを攻略しているわけではない。


 確かにある程度調べられた過去のダンジョンよりも、新しいダンジョンの方が何が起きるかわからない新たな冒険に、ダンジョンをクリアすることでもらえる報酬と栄光を手に入れることができるかもしれない。


 だが、プレイヤーの中にはじっくりと腰を据えて手垢のついたダンジョンへ潜り探索を続けるものや安全圏でバトルを続けてお金を貯めるものなど、一人ひとり違うプレイスタイルでダンジョンに挑んでいた。


 美歌が雑踏のなかで待つプレイヤーもその一人だ。もっとも、が過去のダンジョンに潜り続けているのは、なるべく瑠那チームとの接点から避けようとしているから、ではないかと思ってもいたのだが。


「本当に、来てくれるのかな?」


 後ろで待つすずへと少し不安気な顔を向けると、美歌はか細く声を震わせた。周りの音に掻き消されそうなほどの小さな声。すずはパーフェクトスマイルをつくると、「大丈夫だよ」と答えた。


「返信はなかったけど、来るよ。難しい顔しながら。あの眉を潜ませて不幸オーラ全開の顔でさ」


「不幸オーラって……」


 そのオーラの一因を作ったのが自分でもあるのだから、美歌の中に妙な罪悪感がまた一つ募る。きちんと話し合って解決はしたと思うのだが、あれから連絡も取っていないし、話してもいない。そもそも向こうはもう会わないと言っていたし、連絡を取ろうにも取れないのだが。


「すずちゃんは連絡取り合ってたの?」


「取るわけないじゃん。もうチームは自然消滅したからそのあとは。個人的な接点はないし、特に用もないし、まあ、噂でね。さっき話したみたいにソロプレイヤーやってるみたいだけど」


 ソロプレイヤーは、一人でダンジョンを探索するものの意、というのを酒場での会話で知った。


 ギルドをあるいはチームを組むのが主流となっている現状で、あえて一人でダンジョンに臨む者も少ないながら一定数いる。


 美歌たちが勝手に待ち合わせをしている彼の場合は、きっと行き場もなくそうならざるを得ない状況もあったのだろうが。


 なにせ、ダンジョンに来る意志がなくても勝手に転送させられてしまうのがマネーダンジョンだからだ。


 すずから目線を外すと、美歌はまた鉄の扉へと向き合いにらめっこを始める。そんな二人の様子をジロジロと見ていく集団の姿を何度となく見送ったあと、耐え切れなくなった美歌がまた吐息をこぼした。


「あの、すずちゃん」


「ん?」


「もし来たとしたら、どんな顔したらいいかな?」


「へ?」


「あっ、ううん。来てほしくないわけじゃなくて、来てほしいんだけど、その、なんか、ほら、久しぶりだし前とは関係性が違うし、どんな表情が正解なんだろうって……笑顔も変だし、真顔も怖いし、えっと、その……」


 自分自身でも何が言いたいのかわからなかった。すずと再び対面したときとは別の意味でざわざわと心が落ち着かない。


(私なんでこんなに戸惑ってるの……?)


「まあ、ちょっと複雑だよね。もともと敵対してたのに今度は仲間に迎え入れようという立場になるわけでしょ?」


「あーそっか!」


 すずの言葉がすとんと胸に落ちてざわめきが落ち着く。


「そっか、そっか、いや、そうだよね!」


「……って、私は思ったんだけど、違うの?」


「いや、違わない。あんまりこういう経験ないから戸惑っただけだと思う」


 安心したように笑顔を広げる美歌の様子を見て、すずの目が面白いものを見つけたように細まる。


「ふーん。まっ、美歌ちゃんにとっては他の人よりもある意味特別だしね。気にすることないよ、あんな不幸オーラ全開の超絶根暗男のことなんて」


「……誰が超絶根暗男だって?」


 舞い降りた声に驚いて顔を上げた。


 目が見えないほどに長かった髪の毛がすっきりと切り揃えられてキリッとした一重の細い黒目が露になっていた。


 通った鼻筋に口元は相変わらず真一文字に結ばれていたが、以前抱いた印象とは全く違い、少し柔らかな印象の青年が面白くなさそうな顔をして佇んでいた。


「誰!?」


「誰って……仮にも一度はチームを組んだ相手だろ。車田だよ、車田直人」


「車田!? あの!? もう、別人じゃん! ねえ、美歌ちゃん!」


 問い掛けられて美歌はやっと驚きのあまりに自分の口が開け放たれたままだということに気がついた。


 慌てて口を閉じると、軽くうなずき、またまじまじと車田を眺めた。車田の方はちらりと美歌の顔を一瞥しただけですぐにすずへと向き直り、呼び出された要件を窺う。


「それでメッセージ見たが、俺がリーダーをやれると本当に思ってるのか?」


「思ってるわけないでしょ。だけど、当てがあるからここに来てるんじゃないの? 根暗だけどバカではないから。ソロプレイヤーくらいしか、もう仲間に引き入れられるような人はいないからさ」


「見た目と違って相変わらずな毒舌ぶりだな。確かに当てはある。俺と同じソロプレイヤーの月守つきもり睦月むつき。面倒見がよくて、何度かお世話になった。リーダーの資質はあると思う。だが――」


「なに? ハッキリ言って!」


 すずの言い方にムッとしたのか、車田は舌打ちをすると短く切りそろえられた前髪を掻き上げた。


「問題が二つだ。一つは連絡手段がない、もう一つはたぶん引き受けてくれない」

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