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第61話 ギルド

(すずちゃん……?)


 どこか尖ったような口調のすずの様子に疑問を抱いている間にも、話題は「糸」への対策に移り、話を蒸し返すような雰囲気ではなくなってしまう。


「呪術スキルの中に、【異界】と【転法】と呼ばれる2つのスキルがあるんだけど、たぶんこれが世界に干渉できるスキルだと思う。異界スキルは、ダンジョンの中にオリジナルな空間をつくりだすスキルで、転法スキルは、その対象の場所へと転移するスキル」


「あの二人組、同時間帯にフォースダンジョンに潜っていたプレイヤーを倒しまくってたから、転法スキルで移動した可能性があるな」


「でも、どうやって、ですか? 移動するにしてもプレイヤーの位置が把握できないと移動なんてできないですよね……」


 三人ともに顔を見合わせて「うーん」と唸る。導入されたマッピングシステムでも、各プレイヤーのダンジョン攻略進捗状況しかわからない。あの広大な街のどこにプレイヤーがいるかなんて、現状では把握することはできないはずだった。


「……糸……」


 美歌は不意に頭に浮かんだ光景を思い出して単語を口から出した。あの巨体なイエティを操るような糸は、どうやって紡がれたのだろう。


「糸、そうか、糸!」


 パチンと指を鳴らすと、答えを導き出した瑠那が身を乗り出した。


「美歌ちゃんの見た糸が、壁を突き抜けられるのだとしたら! たとえば異界スキルを組み合わせて空間と空間を結びつけて別のプレイヤーのダンジョンへと侵入できるとするなら、散りばませた糸が、触角のようにプレイヤーを認識するかもしれない! あのイエティが急に操られたように!!」


「……待ってください。じゃあ、糸は対象を操る力もあるということですか? なおさらやっかいじゃないですか。壁を突き抜けられる糸に、操る糸――あれだけいたプレイヤーが一気にやられてしまったのですから、こちらもそれ相応の作戦が必要です。たとえば、同一ダンジョン内に大勢のプレイヤーを配置するとか」


「だが、そんなことどうやってできるんだ? 今ここには4人しかいない。他にお前に仲間がいるとか――」


「そんな仲間、いませんよ。それに今となっては少人数プレイヤーは珍しい存在になりました。みんな何らかのギルドに所属して、行動しています。ダンジョン前に大勢いますよね」


 今日、ダンジョンに入る前にプレイヤーがグループをつくっていた光景が思い出される。白い羽根の刺繍をつけたグループや同じイヤリングを身につけたグループがダンジョンの入り口にたむろしていた。


「私たちもギルドをつくれば――ということ?」


「一つの手ではあるよね。美歌ちゃんや瑠那さんがどう思うかわからないけど」


 全員の視線が瑠那に注がれる。瑠那はコーヒーを一口飲むと、首を横に振った。


「私は反対。ギルドをつくって仲間を募集したところで、力の差も考え方だって全然違う人たちばかり集まるかもしれないでしょう? それに、私たちはアイドル。よからぬ考えで近づいてくる危険性だってある。ダンジョンに向かうだけで注目されるんだから」


「たしかに、考えてみりゃここにいるのオレ以外全員アイドルじゃねぇか」


「変な気おこさないでよ」


 頬を緩めた有門に、瑠那が手厳しい突っ込みを入れた。


「だけど、この4人のままじゃ勝ち目は薄いですよ? あの二人組のセリフから予想されるように、敵だって糸使いとあの二人組だけではないでしょうし、組織的に動いている辺り、向こうもギルドを形成しているはずです」


 すずの提案に難しい顔をしたまま瑠那は、腕組みをして考え込んでしまった。刻一刻と時間が過ぎていく中、ついには目を閉じてしまう。


 瑠那が反対する理由もわからなくはなかった。プレイヤーみんなが良い人たちというわけではないことは、この間のダンジョンでの出来事を通して美歌にも痛いほどよくわかっている。


 有門は、同じ目的を持っている者同士でギルドをつくると言っていたが、何を目的とするのか、ギルドをつくったとしてもどんな形がいいのか、全くイメージが沸かない。


 あれこれ考えを膨らませていくうちに、すっと瑠那の目が開いた。その空の色にも似た瞳は穏やかに美歌を見つめる。


「美歌ちゃんはどう思う?」


「わ、私ですか? 全然、ギルドのイメージも沸かないし、どう思うと言われても――」


「直感でいいの。ギルドをつくるか、つくらないか。思ったままに教えてほしい」


 真剣な目が見つめる。その目は後輩でも年下でもなく、隣にいるパートナーとして自分を見てくれているような気がした。その視線に応えるために、美歌もまっすぐに瑠那の目を見返すと、大きく息を吸った。


「――私は、つくった方がいいと思います。すずちゃんが言うように私たち4人では勝てないかもしれないけど、もっと大勢の仲間がいれば勝てるかもしれない。それに――」


「それに?」


「それに、ずっとは無理かもしれないけど、ほんの少し、一瞬なら、みんなの声を、思いを一つに重ねることはできると思うんです。コンサートとかライブってそうじゃないかなって。私、何よりも一番うれしくて楽しいのは、みんなの声が重なるあの瞬間だから。きっとできるんじゃないかなって、思います」


 途中から自分が何を言っているのかわからなくなってしまっていた。自分の声よりも心音がバクバクとうるさく、鼓動に邪魔されてまるで思考がまとまらない。言いたかったことが上手く伝わっているのかわからなかったが。


「なるほどね」


 瑠那は微笑みをこぼすと、腕組みを解いた。


「いいよ。ギルドつくろう! だけど、条件があるの」


「条件だって?」


「ええ。誰かギルドをまとめられるリーダーを見つけること。私たち以外のね」

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